14話 お兄ちゃんは想う ~妹たちが最優先~
ノックスが仕事部屋の戸締まりを終え、帰り支度をしていると、金属製のガシャガシャという音が部屋の前で止まる。
音に気付いたノックスが入り口の方を振り返る。
コン、コンというドアをノックする音と同時に「仕事は終わったか?」と、ライアットが入ってきた。
「父さん、こんな時間にどうしたの?」
「明日の件でちょっとな」
「明日の? あぁ、商人との……」
アイナに貸す資金は用意できた。今度はライアットやノックスも一緒に行くことになっている。
特に問題はなさそうだが、ライアットには、何かまだ心配事がありそうな様子だ。
「明日は朝一番で役所へ行って、役人を一緒に連れてきてくれ」
「役人を?」
「そうだ。話は通してあるから、俺からの使いと言えば大丈夫だ」
「わかったよ父さん。でも、なぜ役人を?」
ライアットは腕を組んで、少し厳しい表情をする。
「お前も推測してる通り、相手はおそらく元奴隷商だ。はい、わかりましたと、引く相手じゃないだろう」
「そうだけど、書類に署名すれば大丈夫なんじゃ?」
公式な書類ではなくとも、両者合意の署名があれば交渉は成立するはずだが、ライアットはそれでは足りないと思っているようだ。
「善良な商人ならそれでいいだろう。相手は奴隷商だ。しかも悪辣な手法をとる相手だぞ? 警戒するに越したことはない。署名したとしても、それ自体を無効にする方法だってあるんだ。例えば、アイナが一人の時を狙って、書類を破棄させる強引な手段だってあるんだぞ?」
ノックスも言われてみればと、眉を寄せた。
最悪の場合、暴力で迫ることもできるとライアットは言っているのだ。
頭を振り、らしくないとノックスは額に手を当てた。
アイナは孤児院に所属してるとはいえ、親や後見人もいない孤児だ。
守る大人がいなければ容易いだろう。
ノックスならば、少し考えればわかることだった。
……資金の準備を終え、僕はこの件を早く終わらせようと焦っていた? 急いでいたとはいえ、こんなことを見落とすなんて……相手はそこまで馬鹿なことはしないだろうと、勝手に思い込んでいたんじゃないのか? 最悪の事態を想定すれば、簡単なことじゃないか。まだまだ、経験が足りない証拠だ。僕は未熟だな……。
少々気落ちしているノックスの肩に手を置き、励ますようにライアットが続ける。
「まぁ、今のは極端な例だ。他にも偽装書類を向こうが持って来ることもあるだろう。だから、第三者である役人に立会人をしてもらう。役人が用意した正式な書類にサインをしてもらえば、不正はできないさ」
そう言うと、ライアットは口の端をニィッとあげた。
「それで役人を……でも、役人もグルだったら?」
ノックスは、すぐに思い浮かんだ疑問をぶつけてみたが、ライアットは首を緩く横に振った。
「今回に限ってそれはない。信頼できる役人に頼んだからな。大丈夫だ」
きっと、ライアットの友人か知り合いなのだろう。ライアットの顔から自信がうかがえる。
「それと、今回は俺が交渉する。お前は相手をよく観察しておくといい。良い経験になるだろう」
……力不足だから、これはしょうがない。ここは父さんの言う通りにしよう。
「先に帰っててくれ。まだ行く場所があるんでな」
ノックスの肩をポンポンっと叩いて、広場の方へ歩いて行くライアットを見送る。
……さてと、僕もしっかりしなきゃ。
ノックスは気持ちを切り替え、検査の魔道具を役所へ返却すべく、仕事場をあとにした。
◇ ◆ ◇
役所では、バタバタと後片付けや書類整理をしている役人があちこち見られる。
この時期は暗くなる前に帰り支度を始めるので、この時間帯はどこの部署も慌ただしい。
「レント商会です。魔道具の返却に来ました」
ノックスは挨拶をして、受付で署名を済ませる。
確認した受付の女性から「どうぞ~」と、保管室に続く奥の通路に通された。
かつて、レント会長から魔道具を借りる際に聞いた話を、ノックスは思い出しながら通路を歩く。
会長の話から、最も気を付けるのは貴族の存在。その貴族が役所の所長だと聞いていた。
平民とのやりとりを嫌うのが、一般的な貴族である。
そこで、等級の低い下級貴族が所長に任命されるわけだが、わざわざ平民相手に会うことはしないので、代理の一等平民に任せきりだそうだ。
正式な行事でもない限り会うことはないだろうと。
しかし、下級とはいえ貴族は貴族。
役所内では出会うことも視野に入れ、振る舞いには気を付けるようにと念を押されている。
ノックスは保管室の前に立ち姿勢を正すと、ドアの向こうから物音がすることに気付いた。
……まだ誰かいるみたいだ。担当の役人かな?
ドアをノックし「レント商会の者です。魔道具の返却に来ました」と、失礼が無いように声をかける。
少し間があり、やや低い声で「入ってかまわん」と、反応が返ってきた。
……声からして朝とは違う人だ。
少々、緊張した面持ちのノックスが中へ入ると、二人の男性が作業をしていた。
プラチナブロンドの長髪を後ろで結ってまとめている男性は、机に向かい、山になった書類を確認しながら、何やら書き込んでいる。
もう一人は短髪で赤毛、がっしりとした体格の男性だ。こちらは棚と箱の中身を入れ替えながら、なにやらメモに書き込んでいる。
どうやら、道具の整理中のようだ。
「まだ成人前のようだが、君が魔道具を借りた者か? ……それとも、ただの返却の使いか?」
長髪の男はノックスに一瞥もせず、鈴の音のような美しい声で尋ねる。
だが、どこか冷たさを感じる。
「商人見習いです。レオンティカで採れた鉱石の毒性検査のため、自分が借りました」
「何かわかったことはあるか? 商売上の機密なら、話さずともよい」
……あの鉱石に興味でもあるのだろうか? どちらにせよ、毒性の有無しかわからないので、問題ないはずだ。
質問の意図は把握できないが嘘をつく必要はないと、ノックスは判断した。
「鉱石を粉末状にし、様々な物と混ぜ合わせた後、時間経過による毒性、反応後の毒性、加熱後、冷却後の毒性、唾液や肌に触れた後の毒性なども調べましが、特に人体に危険な毒性は確認されませんでした」
長髪の男は書く手を止めず、「よく調べたな」と呟いた。
「随分と時間を要したのではないか?」
「約一日程です」
「そうか、工程が多いからな……」
「工程が多い? ……ですか?」
……聞き返してみたけれど、この程度なら大丈夫だろう。
ノックスは相手が貴族だった場合を考え、慎重に失礼のない程度に抑える。
「あぁ……この魔道具は、調べる対象の状態を変化させると結果も変わる。時間と労力が必要だ」
……性能に不満が? それとも、何かと比べて? ……だとすると。
仕事モードのノックスは、非常に頭の回転が早い。
妹たちが絡まない問題ならば、まさしく神童と呼ばれる少年である。
「魔法であれば、様々な毒性を同時に把握できるのでしょうか?」
ノックスの言葉に、赤毛の男が整理の手を止め振り返った。
……っ! 踏み込み過ぎた!?
赤毛の男は、質問は許可していないと、まるで先程の発言を咎めるような険しい表情で睨んだが、長髪の男は「よい」とだけ言って続けた。
「言葉が足りなかったようだ。毒性の話ではない。貴族は完成された物しか手に取らない。それを魔法で調べればよいだけだ。しかし、物作りとは、それを構成している材料の詳細まで、把握せねばなるまい。その工程の多さが、平民の苦労を表していると言ったのだ」
ノックスは言葉の意味を考える。
もしも、完成品で毒性が発見された場合、材料の確認を怠れば、どこが原因なのか把握しきれなくなる。
材料の状態変化による毒性検査を、一からやり直しだろう。
例えば、貴族は出されたお茶だけを魔法で見ればいい。
しかし、平民はそのお茶を構成する水や茶葉についてまで、様々な状態変化による毒性検査を、行わなければならない……。
……物作りの大変さ……平民の努力を理解している?
「……名は何と言う?」
長髪の男はそう言うと、ようやく書類から視線を上げ、透き通った紫色の瞳でノックスを見た。
「レント商会の商人見習い、ノックスです」
「ノックスか……そうか」
入室した時と違い、少し冷たさが和らいだ声で長髪の男は告げた。
長髪の男は、話は終わりだとでもいうように書類へ再び視線を戻すと、それを見ていた赤毛の男が、ノックスに下がれと手で合図した。
ノックスは魔道具を棚に戻し「それでは、失礼します」と、頭を下げ部屋を出る。
ノックスは役所をあとにすると、家路に続く大通りを歩きながら、先程の二人組のことを考えていた。
……やっぱり貴族なのか? 服装や所作が綺麗だった。平民ならあそこまで綺麗な所作はできない。それに魔法について知っていた。魔法を貴族に、魔道具を平民に置き換えて話していたようだった……貴族特有の言い回しなのか?
ふと、所長なのかと思ったが、代理に任せっきりで姿は見ないと聞いていた。
もしかしたら、調べ物で派遣された別の貴族かもしれない。
だが、どちらにせよノックスには情報が足りなかった。
……それにしても、あの赤毛の男の反応はどうしてだ?
最初の質問は言葉を返しただけのものだが、二つ目は自分から投げたものだ。
それが不味かったのだろうかと、ノックスは眉を寄せる。
……貴族の作法に疎い自分では、わからないな。
ノックスは調べ物か何かだったのだろうと、あの二人のことはこれ以上、極力考えないようにした。
貴族だった場合、下手に関わると危険だからだ。
……今はそれよりも、これだな……二人とも、びっくりするかなぁ。
ノックスは妹たちの反応が見たくて、今日は全力で検査をしたのだ。
こんなにも早く、ぬか石鹸の検査が終わるとは、妹たちも思っていないだろう。
鞄の中のぬか石鹸が入った瓶を確認すると、ワクワクが止まらない様子で、家のドアを開いて妹たちのもとに向かった。
「ぬか石鹸に毒性がないことがわかった。二人も使ってみてくれ」
ノックスは、安全確認が終わった事を妹たちに伝えたところ「夕食後に使ってみる」と、二人から笑顔で良い返事をもらうことに成功した。
この笑顔を見ただけで、ノックスの今日の苦労は報われたのだ。
……妹たちよ……さらに可愛くなってくれ。
ノックスは綺麗になっていく妹たちの姿を想像しつつ、上機嫌で自室へと戻って行く。
その姿は、どこからどう見ても、普通の十二歳の少年そのものだった。
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