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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
序章    厳しい現実と小さな一歩

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12話  凄いぞシュワシュワ石 ~まさかの漬け置き洗剤~


 翌朝、今日はお金を要求してきた商人に会う日だ。


 休日のはずのお父さんは、二の鐘が鳴る前に「準備があるんでな」と、ノックスが待つお店に向かい、お母さんも朝食後は工房へ向かった。


 留守番はわたしとエステラだ。


 アイナの件は気になるが、お金も用意できたし、お父さんとノックスに任せよう。きっと大丈夫。


 昨夜は体をしっかり綺麗にしたせいか、気持ち良く眠れた気がする。

 あれだけ綺麗になるなら毎日使いたいと思ったが、毎日となると拭く布も大量になり、結果、洗濯物も大量になる。


 ……やっぱり洗濯の効率が悪いよね。


 昨晩使った布が入っている桶の中に目を向ける。


 ……わたしの体、結構汚れてるんだなぁ。塵や埃も多いし、しょうがないか。


 まだ湿り気のある汚れた布を広げながら、そう思う。

 体を拭いただけにしては、随分と汚れている。

 ここまで汚れているなら、部屋の塵や埃も多そうだ。


 ……部屋の掃除もしたいなぁ。掃除をするとなると、雑巾やブラシも必要になるよね。結局、洗濯物が増える……。


 大量の雑巾が桶の中に入る様子を想像すると、頭を抱えたくなる。

 わたしはげんなりしながら、広げた布を桶に戻そうと、ふと桶の中を見る。


 ……昨日はこんなに布を使ったっけ? でもこれ、体を拭く布じゃなくて、床とか拭く雑巾の方だよね?


 疑問に思い雑巾を手に取ると、片面だけが少し湿り、汚れが目立たない状態だった。

 そこそこ綺麗な面が上で、裏側はかなり汚れている。


 ……これは大発見かも?


 昨夜使った布にぬか石鹸が残っていたからだろうか? その面に触れていた箇所だけ、汚れが落ちている。

 もしそうなら、水に混ぜて浸けているだけで汚れが落ちるかもしれない。

 洗濯という、重労働からの解放に大きく前進するはずだ。


「おおぉっ!」


 ……凄いぞ、シュワシュワ石! お前は洗剤にもなれるのかっ! 鉱石ってどの神様に感謝すればいいんだろう? これは土の神様に感謝なのか? わからないから、もう全ての神様に感謝だっ!


 難敵である洗濯の重労働から解放されるかもという思いから、それはもう、小躍りするぐらい感謝した。

 

 というか小躍りしていた……。


「ルル、大きな声出してどうしたの? それにその変な踊りは何? 可愛いけどさぁ……」


 ……そういえば、お姉ちゃんがいたんだった。これは恥ずかし過ぎる。


「えっと……雑巾の汚れが綺麗に落ちてたのにびっくりしちゃって」

「汚れが落ちてるって、どういうこと?」


 恥ずかしさを愛想笑いで誤魔化しつつ、雑巾を見せながら説明する。


「ほんとだ!! 落ちてる……」


 エステラは綺麗な面と汚れた面を交互に見ながら、目をパチクリさせて驚いていた。

 生地の傷み具合は、体に使えるぐらいだから少ないだろう。

 体を拭く用と掃除用の雑巾なので、多少傷んでも平気なはずだ。これは嬉しい大発見だ。


 ……ちょいと試すか。


 エステラが森に行くための道具の点検をしている横で、わたしは桶に汲んできてもらった水を張り、余ったぬか石鹸を混ぜて汚れた雑巾たちを浸け込んでみた。

 あとは時間が経ったら、様子を見ればいいだろう。

 

 昼食の準備のために帰宅したお母さんにも、ぬか石鹸の説明をし、現在実験中だと告げると、キョトンと目を丸くして驚かれた。

 

 こんなお母さんの顔は珍しい。

 溜息混じりの息を吐いて、「ノックスに似てきたわね」と言われてしまった。


 ……今のわたしって、説明してる時のお兄ちゃんみたいな感じなの? ちょっとそれは勘弁して。



 ◇ ◆ ◇



 カーン、カーンと三の鐘の音がする。


 ドアの開く音がして、お父さんとノックスが帰ってきた。


「もう大丈夫だ」と言って、お父さんがグッと親指を立てた。

「やったねっ!」と、わたしも親指を立てて喜ぶ。


 ……よかった。


 昼食を食べながら事の次第を聞く。


「あのクソ商人、やっぱり手続完了の書類も持たねぇで来やがったんだ」と、お父さんは怒りを滲ませていた。


 期日前ということもあり、だたの期限の先延ばしや値段交渉だろうと思っていたのか、あるいは商人は平民や孤児がポンッと払える金額ではないとわかっていたようで、書類の用意すらしていなかったらしい。


 しかし、事前に役所の信頼できる人に立会人をお願いしていたらしく、その場で役人が作成した書類に商人はしぶしぶ署名したそうだ。


 ……ナイスっ! お父さん。朝に言ってた準備って、これのことだったんだね。



 気分良く昼食を済ませると、お父さんとエステラは森へ薪拾いに出かけ、ノックスは商会へ、わたしはお母さんと留守番だ。


 ……さてさて、浸けておいた雑巾は、どうなったかなぁ~。


 それなりに時間も経過したところで雑巾を手に取り確認してみると、かなり汚れが落ちていた。


 これはすごい。

 桶に張った水も、汚れでだいぶ濁っている。


「お母さん見てっ!」


 わたしは雑巾をパシッと両手で広げて見せた。


「すごいわね、実験は成功ってことでいいのかしら?」

「うん。これなら十分すぎるくらい使えそうだよね」


 ぬか石鹸の効果も確認し終わり、気分良く夕食の準備をしていると、大きな箱を抱えたノックスが帰宅した。


「いや~ごめん。ルル」


 そう言ってノックスは大きな箱を床に置くと、ぬか石鹸の販売許可が降りなかった事を話してくれた。

 

 どうも効果が強すぎて、飛ぶように売れるだろうと商会は予想してはいるが、同じくらい市場の混乱も予想されるそうだ。

 原材料の不足も原因の一つで、レオンティカで採れるシュワシュワ石はまだ採掘量も多くなく、ぬかは買い過ぎると家畜の餌が不足すると考えたみたい。


 ……なんでも上手くは、いかないかぁ。



 そして一番の原因は貴族の目。


 流行り物というのは、まずは貴族が使用し徐々に平民へ流通していくという流れがないと厳しいようだ。

 貴族のメンツというものらしい。


「うちの商会は貴族との繋がりも薄いしね。貴族への紹介状があれば商品を貴族に持ち込めるけれど、新商品の場合、紹介状自体レシピの公開を交換条件にされるだろうし、貴族専属の商人に原材料買い占められちゃったら……ねぇ。うちの商会の痛い悩みだよねぇ」


 ノックスは、頭を掻きながら苦笑いだ。


 ……お貴族様って、本当に面倒ですなぁ~。とりあえず、ぬか石鹸の件は保留かぁ。


「というわけで、今回、作っちゃって余ってる分は持ってきちゃったよ」


 入り口付近に置いた箱を指を差して「どれくらい室内で保存できるかも知りたいしね」と言いながらホクホク顔だ。


 お母さんも顔には出さないが、きっと狙っているだろう。目がギラギラしている。

 

 ……箱いっぱいにあるから、当分の間は困らなそうだね。


 五の鐘が鳴り少したった頃、二つの声と同時に玄関の扉が開いた。

 顔を見ればわかる。こちらも成果は上々のようだ。


「ただいま。戻ったぞ」

「ただいま~」


 孤児院の薪も、余程吹雪かなければ、大丈夫な量が集まったそうだ。

 これでひとまず孤児院の件は安心できる。一時はどうなるかと思ったが、本当に良かった。


 薪拾いの成果報告や夕食の後片付けも終わり、体を拭いてベッドに入った。

 顔だけを動かし横を見れば、薪拾いで疲れたのか、既にエステラはぐっすり眠っている。


 ……お姉ちゃん、お疲れ様。わたしも春になったら森へ行けるのかな? というか、たしか、お手伝いで行くんだよね?


 間違っても戦士や狩人の真似事をさせるのだけは勘弁願いたい。

 わたしは心をこめて、手を合わせた。


 ……どうせなら、何か新しいアイデアに使えるような物でも見つかるといいなぁ~。シュワシュワ石みたいな、トンデモ材料なんかも見つかったら、面白いよね。


 狩りをするにはまだ体も小さいし、絶対無理だろう。

 キノコも危ないと教わった。だが、奥に行けば魔法の果実みたいな物はないのだろうか。

 そう簡単に見つからないと思いつつ、でも、ちょっとワクワクしてきた。


 わたしがまだ知らないだけかもしれないが、この世界には娯楽が少ない。

 楽しみも確保しないと、色々とメンタル面で苦労しそうだ。


 ……娯楽……う~ん、娯楽かぁ。その前に、洗濯板か?


 その日の夜。


 わたしは夢の中で、神棚にシュワシュワ石を祀って、神楽舞に見えなくもない舞を、一心不乱に踊っていた。













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