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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
序章    厳しい現実と小さな一歩

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10話  孤児院のアイナ ~繋げた想いの形~


 三の鐘が鳴る前には帰宅し、昼食を済ませたわたしたちは、裏手にある井戸へ洗濯をするために向かった。

 冬の時期は日が落ちるが早いので、昼食後に洗濯する場合は服などは洗濯せず、雑巾や前掛けなど、掃除や作業時に使う物を洗うことが多い。


 ……ぐぅ……きつい、つめた~い……。せめて洗濯板があれば、効率が今よりは良くなると思うけど……。これ毎回やってる、お姉ちゃんはすごいよ。


 灰色の雲が覆う冬空の下、白い息を吐きながら桶に張った水の中でバシャバシャと音を立てて、布同士を手で擦り合わせて汚れを落としていく。


 わたしの隣では「つめたぁー」と叫びながら、エステラが雑巾を素足で踏んで汚れを落としている。


「ねえ、お姉ちゃん。木工関係の職人さんって、誰か知らない?」


 足踏みのリズムを崩さず、エステラが「う~ん……」と考え込む。


「木工ねぇ……わたしの知り合いだとポールぐらいかな」

「えっ、ポールって職人なの?」


 ……え~っと、目つきが悪いラウル、太ってるマルコ、ポールはたしか、あのちょっと背の高い子だよね。


「ポールの父さんって大工なの。ポールも見習いだし、できるんじゃない? 何か作るの?」

「うん……洗濯がもう少し楽にならないかなぁ……って思って」

「いいねっ! 洗濯が楽になるのは大歓迎!」


 ……ポールかぁ……大工の息子だったんだ。頼んだらやってくれるかなぁ。いや、やっぱり何か作る時は、お父さんかお兄ちゃんに聞いてからにした方がいいよね。


 洗濯も終わり、冷たくなった手足をエステラと一緒に小さな暖炉の前で温めていると、ノックスが帰って来た。


 ノックスが早足で暖炉前のわたしたちの元へ来ると「見てくれ」と興奮気味に言って、仕事着の袖をまくってみせる。


 ……うわっ! なにこれ……ツルツルスベスベ!


「お兄ちゃん、これってまさか……」

「……凄い! スベスベしてるっ。兄さん、これってあの石鹸の効果?」


 ノックスが大きく頷いた。

 エステラはノックスの腕をあっちこっち触りながら、ぬか石鹸の効果に驚きの声を上げる。


 一方でわたしは予想以上の効果に困惑しつつ、ノックスに違和感はないか聞いてみた。


「特に違和感はないけど、もう少し様子を見ようと思う。効果に関しては満点以上だよ。これは凄いぞ」


 ……予想以上だよ……あの石が凄いのかな?


 もしかすると、重曹じゃなくもっと別の何か。

 これは迂闊に混ぜると、危険かもしれない。予想外の効果があった場合が怖い。


 改良はやっぱりノックスに任せたほうが、良さそうだ。


 興奮しっぱなしのノックスが落ち着いたのを見計らって、香り付けの改良案はどうなったのかを尋ねた。


 とりあえずということで、大銀貨八枚になったそうだ。

 そして、貴族や一等平民に売れる成果が出れば、更に金貨十枚。

 商会もノックスの改良案に「これならいける」と太鼓判を押したらしい。


 ……は? 金貨十枚!? それってすごいのでは? お家建つんじゃない? それ。


「じゃあ、アイナは……」

「ああ、もう大丈夫だよ。ルル」

「やったね、ルル。アイナにも知らせなくちゃっ!」


 わたしとエステラが、互いに見合い微笑む。


「期日より早いけど、父さんの休みが明後日だから、その日に僕とアイナを連れて商人の所へ行く予定だよ。ステラ、二の鐘が鳴ったら相手の所に行く予定だから、森へ行くのは昼食後だね。」


 エステラが、ガタリと椅子から立ち上がった。


「わかった。ちょっと孤児院に行ってくる!」


 そう言うと、エステラは厚手の上着を着て、勢いよく扉を開け出て行った。

 すぐにでもアイナを安心させたかったのだろう。


 昨日は「最悪何とかする」と、お父さんは言っていた。

 けれど、わたしは家族から期待されて何もできなかったらどうしようと、内心は不安だった。


 しかし、こうして早い段階で良い結果が出たことに、ほっと安堵の息をついた。


 ……本当に良かった。



 ◇ ◆ ◇



 洗濯が終われば、夕食までの時間は自由時間だ。


 本来ならばエステラと一緒にいる時間だが、エステラは孤児院へ知らせに行ってしまった。


 お母さんも工房へ顔を出している。

 わたしの洗礼後、服飾と彫金の仕事に復帰するためで、勘を取り戻すのが大変なのだそうだ。


 一人で外出することは出来ないので、わたしはノックスの邪魔にならないように、お留守番である。


 早速だが、わたしは邪魔をするのは悪いかなと思いつつも、先程の話の中で出た一等平民について、ノックスに聞いてみることにした。


 平民の常識に階級のようなものがあるなら、知らないと何があるかわからない。

 決して、暇だったからではない。


「お兄ちゃん。さっきの話の一等平民って何?」

「うん? 平民の等級なんだけど……そうか、よしっ! 説明しよう!」


 腕の様子を確認しては何かを紙に書いていたノックスが手を止め、一般的な等級の仕組みを、嬉しそうな顔で教えてくれた。


 やっぱり、説明するのが好きなようだ。



 一等は領主が運営する施設の責任者や街のギルド長、教会の司祭、貴族の専属商人や専属職人等。


 二等は市民権を持ち、店や工房の主、領主が運営する施設で働く者や、教会の者。


 三等は市民権を持ち、仕事に従事し給金を得ている者。


 ……お父さんとお兄ちゃんは、三等か。


 四等は市民権を持つが、仕事に従事しておらず、給金を得ていない者。


 ……これは、お母さんとお姉ちゃん。


 五等は親、又は後見人が市民であり、洗礼前の市民権のない子供。


 六等は、市民でない者。孤児や他の街でも市民権を取得していない者。


 ……なるほど~。わたしは五等平民ね。


 補足として、孤児は孤児院に所属している場合のみ、後見人がいれば六歳で、それ以外は成人後に市民権が与えられる。


 一等平民のみ、他の街でも一等平民として扱われる。

 二等平民は、他の街では三等平民として扱われる。

 三等平民以下は、他の街でもそのままの等級で扱われる。


 説明を終えたノックスは「ふぅ、簡単に説明するとこんなところかな」と、満足顔。



「ねえ、お兄ちゃん。領主が運営する施設って?」

「えっ……とね、わかりやすいのは役所かな。他にも街の衛兵の詰所とか……」


 ……公的機関みたいな感じかぁ。


「平民に等級はあるけれど、注意すべきは貴族と関わっているかどうか、市民権が有るか無いか程度だから、ルルも難しく考えないでいいと思うよ」

「うん。わかった。ありがとう、お兄ちゃん」

「他にも何かあるかい?」


 ついでに、貴族にも等級があるのか聞いてみたが、ノックスでも詳しい事はわからなかった。

 等級のようなものがあるらしいが、魔力が関係しているため、平民とはまるで違うらしい。

 貴族社会に平民が関わる事は滅多にないので、知らなくても大丈夫だそうだ。



 話し込んでいると玄関の扉が開く音がする。誰かが帰って来たようだ。

 夕食の時間が近い、きっと、お母さんだろう。


 わたしは、準備の手伝いをするために台所へ向かうと、やはり、帰って来たのは脇に荷物を抱えたお母さんだった。


「おかえり、お母さん。それは?」


 お母さんは「ただいま、ルルーナ。これは……秘密よ」と抱えていた荷物を片付けて、ふふっと笑った。


 ……えぇ~。秘密って言われると、すっごい気になるんだけど。


 夕食を準備をしていると、エステラと一緒にお父さんも帰って来た。

 エステラの表情が明るいことから、アイナも元気を取り戻したに違いない。


 お父さんには、アイナやラウルたちも森へ連れて行く件を知らせたのだろう。

 孤児院の薪が足りないと、言っていたから丁度いいと思う。

 アイナのために街を走り回っていたラウルたちも、頑張ってくれるはずだ。


 夕食を済ませ子供部屋に戻ると、エステラが満面の笑みで「ルルのおかげ。ありがとうね」と、お礼を言われた。


「倉庫を見れる許可を取ったのは、お母さん。責任を持ってくれたのは、お父さん。材料があったのも運が良かったんだよ。それに、シュワシュワ石を見つけたのは、お姉ちゃんだし、交渉してお金にしたのはお兄ちゃんだよ」


 エステラが首を緩く横に振った。


「そうだけど、あの石鹸を作ったのはルルだよ」

「あの石鹸は様子を見ないといけないし、その時に香り付けを思いついただけ。本当に偶然だったの」


 エステラが、ぎゅ~っと抱き着いて頬ずりしてくる。

 こんなに喜んでるのも珍しい。


「それでも……偶然でも、ルルがいたからだよ」


 こんなにも感謝されることに慣れないわたしは、なんだか気恥ずかしい。

 しかし、弾けんばかりの笑顔で喜んでいるエステラの顔を見ると、わたしまで嬉しくなり笑顔になる。


 ……ふふっ。今日は、良い夢が見れそうだよ








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