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ふさわしい者

作者: 雉白書屋

 ある日の博士の研究所は、いつもとは明らかに違う熱気に包まれていた。人々のざわめき、ひっきりなしに焚かれるカメラのフラッシュ、記者たちの声が飛び交う。

 博士の長年の研究がついに完成したとの噂を聞きつけ、大勢のマスコミが押し寄せていたのだ。その研究内容とは――


「博士! 本当に、不老不死の薬が完成したんですか!?」


 記者の問いに、博士はひと呼吸置くと、にっこり笑って頷いた。

 博士が稀代の天才科学者であることは、誰もが認める事実。数々の常識破りの発明で特許を取得し、称賛を浴びてきた。しかし、不老不死となると話は別だ。にわかには信じがたい。

 記者たちも半信半疑だった。いや、ほとんどが信じていなかった。万が一事実だった場合、他社に後れを取るわけにはいかないといった考えで集まったのであり、カメラやマイクを構えるその表情はどこか緩い。

 だが、博士が透明なケースを取り出し、その中の一匹のネズミの尻尾を鋏で切り落とした瞬間、場の空気は一変した。


「尻尾が……みるみるうちに治っていく……!」


 さざ波のようなざわめきが室内を満たした。見間違いなどではない。ちぎれた部分から、うねるように再び形成され、やがて元通りになったのだ。

 博士は続けてネズミの前足を切断した。ネズミは短く鳴いたが、すぐに足元から新しい肉が伸び、わずか十数秒で完全に元に戻った。


「博士……まさか、そのネズミは不老不死、あっ!」


 記者の言葉が終わるよりも早く、博士はネズミを掴み、小型の焼却炉へ放り込んだ。ネズミは炎に包まれ、あっという間に燃え尽きてしまった。


「……左様、あのネズミは不老不死薬の被検体だ。どんな傷でも即座に再生し、老いることもない。ただし、このように完全に焼却してしまえば、再生はできないがな」


「そ、それなら、なぜ燃やしてしまったんですか? なんてもったいない……」


「ははは、それは君、当然のことじゃないか。もし、あのネズミが悪党に盗まれ、薬の成分を解析されたらどうする? あるいは、逃げ出して繁殖でもしてみなさい。この星はネズミの惑星になってしまうかもしれないぞ。そんな未来がお望みかね?」


 記者たちは顔を見合わせ、「まあ、確かに……」と頷き合った。博士は満足げに頷き、話を続けた。


「それに、薬のレシピはちゃんとこの頭に入っているよ。すぐにでも作れる。ただし――」


 博士は言葉を切り、息を吸った。記者たちが息を呑む。


「材料が極めて希少でね。どうあがいても、たった一人分しか作れないのだ」


「たった、一人分……?」


「そう、一人分だ。世界にたった一人」


 研究所は、ぴたりと静まり返った。だが、それは嵐の前の静けさに過ぎなかった。

 博士が不老不死の薬を完成させたというニュースは瞬く間に世界を駆け巡り、その日を境に、研究所の前には連日長蛇の列ができた。自分こそが不老不死にふさわしい存在だと、人々が詰めかけたのだ。

 テレビでは「誰が不老不死にふさわしいか」を議論する番組が連日放送され、評論家たちが功績や影響力を持ち出し、勝手に論戦を繰り広げる。各国の大富豪は莫大な金を提示し、政治家は媚びへつらい、芸能タレントやスポーツ選手、芸術家たちも競うように博士を訪ねた。

 しかし、博士が首を縦に振ることはなかった。

 時には脅迫されることもあった。『薬を渡せ』『神に背く行為だ。破棄しろ』『調子に乗るなよバカ』などと脅迫状が届くだけでなく、直接言われたり、ついには実行犯も現れた。真夜中に研究所に押し入り、博士を誘拐して薬のレシピを聞き出そうとしたのだ。

 だが、そんな事態を予測できない博士ではない。発明品を駆使し、博士は幾度も危機を切り抜けた。そのたびにニュースは博士を英雄譚を取り上げ、称賛し、さらに世間の注目を集める結果となった。


 そんな騒がしい日々が続き、ある夜のこと。博士はいつものように来訪者を一蹴したあと、ソファに腰を下ろし、ふうと息をついた。それから、静かに独りごちる。


「ふふふ、狙い通りだ……」


 人々の視線が集まり、世界が自分を中心に回る感覚。人々が、自分の言葉一つでざわめく。大統領にも勝る影響力。何にも代えがたい陶酔だ。賑やかになったおかげで、孤独を感じる暇もない。それに時折、刺激的な体験もできる。

 不老不死の唯一の欠点は、永遠の時間を生き続けるがゆえの孤独。だが――。


 博士はニヤッと笑った。

 これから先も退屈することはないだろう、と。 

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