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短編小説

この展開は流石に大天才の頭脳を持ってしても読めなんだ、と後に彼女は語った

作者: 東稔 雨紗霧

出てくる主人公の論理感は終わってます。

 これは、とある街の薬屋から始まった物語だ。


 繁忙期を迎え、連日徹夜で薬剤の調合を行っていたケイアはいつも通り工房で寝落ちをし、起きた時には見た事の無い海老茶色をした液体が詰められた瓶を片手に握りしめていた。


(え、何この薬)


 寝不足で朦朧とする意識で最後に傷薬を作ろうとした事は覚えている。

 本来の傷薬は薄い青色をしており、間違ってもこんな海老の殻みたいな色はしていない。

 作業台の上には傷薬らしい物はなく、代わりにあるのは手にある謎の薬だけだ。

 試しに蓋を開け、手で扇いで嗅ぐと匂いだけは傷薬と似ていた。

 が、それが逆に怖い。


(いや、本当に何コレ)


 調合に使っている大釜を覗くと瓶の中身と同じ色をした液体が大量に残されていた。

 ここまで確認してようやくケイアは現状を受け入れる。

 どうやら連日続いた徹夜のせいで調合を間違えたらしい。


 「く、まさか大天才ケイア様がこんなミスを犯すだなんて……はあ、勿体無いけど破棄するかぁ」


 傷薬はこの店の一番人気の売れ筋商品だ、これの有る無しで一日の売り上げが大きく変わってしまう。

 これから急いで大釜を洗って新しく傷薬を作らなければ開店時間に間に合わない。

 捨てようと大釜を持ち上げた時、衝撃で跳ねた水滴がケイアの手に掛かってしまう。


 「わ、ヤバッ!……ん?」


 慌てて洗い流そうと手を見た時、ケイアは違和感を覚えた。

 いやそんなまさかと思いつつ、スポイトで大釜の中身を少量吸い上げ、昨日うっかり紙で切った指先に一滴垂らしてみると、試しに垂らした一滴で切り傷どころかその下にあった古い火傷跡すら消え去った。


 徹夜明けで意識朦朧としながら作った傷薬が凄まじい効果を発揮していて恐ろしい。

 最早これはただの傷薬ではなく、秘薬と呼んでも差し支えない。


 (え、これ本当に自分で作ったの?どっかから盗んできてない?何コレ、どうやって作ったの?全然記憶に無いんだけど?怖……)


 材料も他の薬剤も調合していたせいで作業台にはありとあらゆる物が散乱しているため全く見当が付かず、再現できる自信が一切無い。


 (一滴でこれって事は、全量一気に使ったら大変な事になるのでは?)


 適量越えたら再生組織の暴走とか起こして逆に死にそうだ。

 適量計算の難しさにケイアは頭を抱える。

 体重、投与量に濃度と細々とした計算が必要だし、一滴の効果範囲を確認するためにはもっと大きく深刻な怪我に試さなくてはいけない。

 経口摂取できるのか、出来るのであればどの程度の効果を得られるのか、経口と塗布のどちらの方がより効果を発揮するのか。

 そして、使用後に副作用は発生するのか。

 怪我人相手にぶっつけ本番で使う訳にもいかないし、試すにしても闇雲に使用して再現不可な奇跡の秘薬の残量をあまり減らしたくない。


 昨今の魔道具開発技術発展のお陰でアイテムボックスと言う、入れた時の状態で半永久的に保存が効く魔道具があり、薬剤の劣化を心配する必要が無くなって良かった。

 お陰で使用期限を気にせずに実験できる。


 「治験をどうするかな……」


 動物を使って非臨床試験を行い、効き目と安全性を確認してから次に人間を使って臨床試験を行うのが安牌なのだが、この国では奴隷が認められており、薬屋が奴隷を買って新薬の実験台にするのは珍しくない。

 法で禁止されていないのだから、態々動物を挟まずに人間で試した方が早いと言う考えの人間が多いのだ。

 治験と言い変えれば聞こえは良いが、有り体に言えば人体実験だ。


 先代である亡き父、エオンは自身で試した方が忌憚なく効能や使い心地が分かると言っては己の体で試薬する事が多く、ケイアもその考えに共感する所があったので今までは奴隷を必要と考えていなかった。

 だが、この薬を試すのであれば自分の体だけではデータが足りない。

 他人の体を使えばもっと観察し易い上に、男の奴隷を買えば一般女性だけで無く一般男性の適量が分かるし、子供やお年寄りへの適量計算も容易になる。

 それに自分で態と怪我をするにしても限度があり、ケイアが求めている規模の怪我を自分で自分に負わせるのは流石に躊躇いを覚える。

 と言うか、そもそもケイアは痛いのが嫌いだった。



 「買うかぁ、奴隷」



 そこそこ値段が張るし特に必要も感じていなかったがこれを機に奴隷を買うのもありかもしれない。

 それに、奴隷なら主人の情報に関する守秘義務もあるからこの秘薬について外に漏らす心配もない。

 そして何より、これを試す程の傷物であれば格段に安くなる。

 廃棄寸前の商品を買って薬を試して、必要無くなればまた売れば良い。

 治して売れば元値よりも高くなるだろうし特しかない。

 そう考えたケイアは思い立ったが吉日とばかりに今日は店を臨時休業にする事にした。

 大釜に残っていた秘薬を瓶に詰めた後、鍵付きの棚の奥に厳重に仕舞い込み、奴隷商へと向かう。

 この選択がケイアの人生を大きく変える分かれ道となる。



 「へい、らっしゃい!うちの店は良いのが揃ってるよ!」

 「えーと、良いのじゃなくて破棄寸前のが欲しいんですよね」

 「はあ?そんなのどうするんだい?奴隷なら『強い、健康、美形』が一番だろう?」

 「傷薬の実験台に使いたいのでその三拍子揃ってなくて良いんですよねぇ」

 「うーん、じゃあ、ここら辺とかどうだい?」


 奴隷商に案内された先には包帯を身体のあちこちに巻かれた人達が入った檻があった。

 ざっと目視で確認してみたが、どの人も包帯や傷跡は目立つものの健康的な顔付きをしている。

 良いのが揃っていると言うだけあって奴隷の管理をしっかりやっているらしい。

 それは大変素晴らしい事だと思うし、奴隷商の鏡と言えるがケイアが欲しいのはこれではない。


 「こんな健康的な人達じゃ無くて、もっとヤバイのをお願いします」


 ケイアの台詞に檻の中に居た奴隷達がざわつくが知ったこっちゃない。

 こちとら死にかけを探しているのだ。


 「えぇ……じゃあこっちは」

 「まだまだ!」

 「それじゃあ、これは?」

 「まだいける!」

 「それならこれなら」

 「もっとだ!」

 「くっ、これくらいで」

 「まだ先があるはず!」

 「ええい!なら、これでどうだ!」


 ヤケクソの様に案内されたのは売り場の最奥。

 えた匂いが広がる薄暗い空間にそれは寝かされていた。

 全身に巻かれた包帯は膿で黄色く変色し、手足の包帯は特に色濃く染まっている。

 顔は僅かに包帯から見える範囲でも刃物で切られたり何かで抉られた痕や火傷の様な物が見え、凄惨な扱いを受けてきたのであろう事が伝わってくる。


 「これは凄い、一体何があってこんなことに?」

 「さあ?舌が切り落とされているもんだから何があったのかさっぱりでね。

 手足も最初はここまで酷くなかったんだが、薬が効かない程に内部で傷んでいたみたいで、お陰で買い手も付かなくてこちとら大損だよ」

 「ほうほう、欠損部位は?」

 「あー、右目と両耳が無いな。一応、鼓膜は無事だから聞こえはするみたいだがこっちの声掛けにはほとんど反応しないよ。さあ、ここまで案内したんだ、勿論買うよな?今ならこの位の値段で売るよ」


 奴隷商に算盤で出された値段からケイアは更に珠を動かす。


 「この位ならどう?」

 「おいおい、さっきので大分破格だったんだぜ?流石にこれじゃあ商売あがったりだよ。せめてこれ位は欲しい」


 再び出された値段から先程出した値段より少し上げて突き返す。


 「あの様子を見るに、ここまできたら生き永らえさせるよりも死なせる方が簡単でしょ。死体処理をこっちが受持つ様な物だしそう考えたら業者に頼むよりお得じゃない?それにもし、回復して売るって事になったらこの店に優先的に売るように契約するよ」

 「ぐむむむむむっ!」


 少し考える様子を見せた奴隷商だったが、ケイア以外に買い手は付かないと判断したのか最終的には当初提示額の三割引で手を打つことになった。


 この売られていた片目を抉られ、舌と耳を切り落とされた上に両手足が腐り落ちる寸前の奴隷がまさかの大戦の英雄と呼ばれていた人物で、秘薬で回復した後に彼のせいでしがない街の薬屋店員から救国の大賢者に祭り上げられるとは流石に秘薬を作る天才の頭脳を持ってしても読めなんだ、と後にケイアは語る事になる。


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― 新着の感想 ―
あのう、消化不良です。大英雄のとこ、もう少し詳しくお願いします。
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