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デトフロ王国恋愛奇譚集

逆ハーヒロインへのざまぁはどこまで許容されるのか ~転生ヒロインに対抗するために、他の悪役令嬢達に事実を打ち明けたら骨も残らないエンディングになりました~

作者: 七味の海

 

「その逆ハーヒロインとはなんですの?」



 吐き気がしそうなほど美しい公爵令嬢は、意味がわからないですわねとコテンと首を傾けた。

 彼女の藍色の瞳が、私の心を覗き込むように冷たく刺さる。


 早朝。まだ日が昇ったばかりの公爵家の庭園。普通ならありえない時間に招かれた私は、早朝の朝露を踏みしめながら、十人以上の令嬢達とテーブルを囲んでお茶をしていた。


「逆ハーヒロインというのはデトフロ2の主人公のネペンティアのことです」


「デトフロ2?」


 私の答えに、ただひたすらに困惑したように首を傾げる令嬢達。目の前に並ぶ12人の美しい令嬢、その全てが悪役令嬢だった。


 公爵家の狂気の美姫、戦場の太陽といわれる女騎士、何もかも見通す千里眼の乙女、長身痩躯の麗人などなど…………一筋縄(ひとすじなわ)にはいかない令嬢達がひとところに集まり、私を見つめる。


 妖しくも美しい悪役令嬢達の圧にたじろぎそうになりながらも、私はなんとか声を張り上げた。


「わ、わかりやすくいうとネペンティアは皆様の旦那様や婚約者を狙っている女狐です! この世界はデトフロっていうゲームで私たちは悪役令嬢なんです。その、悪役令嬢っていうのは」


「落ち着いてください、ファステリア様。わたくし達はあなたを攻撃したりはしませんわ。ゆっくり、落ち着いて、教えてくださいませ。そのデトフロというものを」


 悪役令嬢たちのまとめ役である公爵令嬢は、彼女たちの圧に慌ててしまった私のことを優しく、それは優しくなだめた。


 一堂に会した悪役令嬢達の視線を浴びながら、彼女たちの目の前で、深呼吸して息を整える。

 私は、自分には前世の記憶があるという事、そしてその世界には今私たちがいる王国をモチーフにしたゲームがあり、そのゲーム内ではヒロインが悪役令嬢から男達を奪っていくという事を洗いざらい白状した。


「つまり、わたくし達はその逆ハーヒロイン、ネペンティアとやらに婚約者を取られると…………」

「はい。私、ファステリアは一番初めのチュートリアル悪役令嬢でした。先日、長年の婚約者だった人をあの女に取られて婚約破棄され、そのまま家を勘当になりました」


 悪役令嬢たちは私の言葉に眉一つ動かさないままお互いを見つめあった。


「ネペンティア……あたし、知ってるその子。男爵令嬢だったよね。屋根裏の小動物みたいな感じの子」

「しょ、小動物っていうかリス。強欲で、顔ぱんぱんだし。で、でも化粧は上手だと思う」

「皆さん、悪口はよくないですよ。リスは害獣です」


 12人の悪役令嬢達が口々にあの女の事を罵る。全員がそれぞれのルートでメインを張る悪役令嬢達なだけあって見事までの華麗な煽りだった。


「で、ファステリア様。あなたはわたくし達にそれを伝えてどうしたいのですの?」


 公爵令嬢の発言にもう一度皆の視線がこちらにあつまる。


「断罪です。私の婚約者を奪ったあの女の思い通りにはさせない。絶対に許さない」


 私が断言すると、悪役令嬢達は心の奥底から面白そうに微笑んだ。






 デトフロ2、正式タイトル『デットライクラブフロントラインII〜戦場の死神達と恋に堕ちたら〜』は乙女ゲームだ。歴史に残る大人気乙女ゲー『デットライクラブフロントライン〜死んだようにあなたを愛したい〜』の次回作にして屈指のクソゲー。


 私が前世の記憶を思い出し、このデトフロの次回作であるデトフロ2の世界だと気がついたのはつい先日のことだった。舞踏会の晩、ヒロインであるネペンティアに池に落とされた私はそこで初めて前世の記憶を取り戻した。


 だが時すでに遅く、悪役令嬢であった私は婚約破棄を明言されており、もう後戻りできないところまで来てしまっていたのだった。




「君との婚約は今日限りで終わりだ。みすぼらしくて魅力がない女だとは常々思っていたが、こんな愚かな女だとは思わなかったよ。まさか浮気をしてたなんて」


 舞踏会の晩、婚約者だったカストル子爵は、してもいない浮気を見つけたと断言し、私を突き飛ばした。家が決めただけの婚約者、たいして仲良くもない間柄であったが、急に暴力を振るわれて、私は訳が分からずその場で途方に暮れた。


 いつも通りの舞踏会、彼と踊って、周囲の貴族たちと適度の挨拶を交わして終わるだけの普通の日常だったはずだった。だが一つ普段と違うことといえば、彼の横にはやたらと露出の多い服を着た男爵令嬢がまるで恋人のように侍っていたことだけだった。


「浮気? なんのことですか」


「昨日一緒に教会から出てきたのをみたぞ! しかもまさかあんな醜い男と浮気をするとは…………俺はあまりの屈辱に斬ってしまったよ」


「斬る? 待ってください! 昨日は私ただ道に迷った方を教会まで案内しただけで」


「君の嘘にはうんざりだ。ネペンティアが全部教えてくれたよ。君がどれだけ淫乱な女なのか。後で確認してみろ。あの間男は君が送り届けたという教会で、そのまま葬式をあげてもらってるだろうな」


「嘘……そんな……殺した?」


 婚約者だった男のあまりの言葉に絶句していると、彼の横にいた男爵令嬢は勝ち誇ったように私のことを嘲笑った。


「皆んなにいい顔するからよ。ザマァみろ、このビッチ。カストル様ははじめから私のものですぅ。返して貰っただけだから。若干原作と違ったけど、あんたみたいな淫売女。流石にカストル様可哀想すぎて」


 まるで気でも狂ったように大声で叫ぶ彼女の言葉は意味が分からない。


「原作?」


「あれ? なんだ知らないの? デトフロと性格違うから、もしかして転生者かと思ったけど、ただの個体差かな。割とマシめの性格引いてて草。代わりに脳味噌足りてなさそうだけど」


「デトフロ?」


 どこかで聞いたことある言葉だった。だがどこだったかは思い出せない。


「うわ、ほんとに馬鹿じゃん。まだ現状理解してないヤバすぎ。反応悪すぎてつまんないからもういいや」


 私はその女、ネペンティアにもう一度突き飛ばされて池に落ちた。冷たい水の感触が全身を包み込み、体の隅々から熱が滲み出ていった。


「この調子で、王子もアーク様も、私が救国の聖女として国ごと救ってあげないと。次は誰にしようかなぁ」


 まるでガラス細工を通したように歪む水面越しに、立ち去る彼らを水の中から見送った。


 まるで死体のように冷え切った身体を起こして身震いした瞬間、私は怒涛のように前世の記憶を思い出した。


 日本という島国で、証券会社のOLとして働いていた記憶。どうやって死んだとかそういうことは思い出せなかったが、デットライクラブフロンティアというゲームにハマりまくって、ずっとそのゲームをやっていたという記憶だけは詳細に思い出せた。


 ここはそのハマりまくったデトフロの、その次回作の世界だ。


 あまりにクソゲーすぎて途中でやめてしまった作品の一番最初の悪役、伯爵令嬢ファステリア。

 デトフロ2の私は男漁りばかりしているはしたない女で、主人公の密告により婚約者であるカストル子爵に婚約破棄されるのだ。時間にして1分もかからないチュートリアル悪役。操作方法とゲームシステムを理解させることがゲーム内での私の役割だった。


 だが思い出すことができていなくとも前世の記憶があったおかげなのだろう、私は浮気なんてしていない。

 それなのに、浮気をした扱いなのは、ヒロインであるネペンティアがよほど上手く嘘の密告をしたに違いなかった。そしてそのせいで勘違いしたカストルによって無実の民が斬られた。


 その事実に背骨が凍った。


「いやぁ、今度娘が結婚するんすわぁ。そのお祈りにねわざわざ王都の教会まで来たんすよね。こんな優しいお嬢様に案内してもらえるなんてオラァ幸せだなぁ」


 斬られたという彼の言葉を思い出し、帰ってこない彼を待つ彼の娘を想像した。


「ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい。私に巻き込まれてしまったせいで…………」


 斬られてしまったという民へ泣きながら祈りを捧げる。彼はただ教会に行きたかっただけなのに、私といたせいで勘違いしたカストルに斬られたのだ。


 彼に対する申し訳なさと同時に、こんなことをしでかしたカストルとネペンティアへの怒りが湧いた。ヒロインとか、貴族とか関係なくただただ彼女たちの身勝手さが許せなかった。


「絶対に断罪してやる。勘違いで命を奪ったのだ。罪を償わせてやる」


 そう決意し、家に帰ったのだったが、ネペンティアの嘘は伯爵家にも届いていたようで、平民と浮気して婚約破棄された私は伯爵家に泥を塗ったとして家から追い出された。


 貴族としての権力も失い、せっかく思い出した原作知識も中途半端な私には彼女達を断罪する手はなかった。


「デトフロ2、全然やってないのに…………」


 失意にくれた私はどうにかして他の悪役令嬢に断罪を託せないかと手段を模索した。家名を失ったただの小娘にすぎない私を拾ってくれた優しい友人の助けもあり、なんとか悪役令嬢達のリーダー格である公爵令嬢マルバーテとの話し合いの場にこぎつけることができたのだった。


 断罪の為、マルバーテ様だけにでも、逆ハーヒロインの危険を伝えよう。


 そう思っていた私の予想に反して、彼女に招待された早朝のお茶会にはデトフロ2の悪役令嬢全員が勢揃いしていた。


「つまり貴女はそのネペンティア=アイビーが男性達の攻略方法がわかっていると知っているけど、具体的な方法まではわからないということね」


「はい。そうです」


「び、微妙。も、もうちょっと頑張ってみようよ?」


 悪役令嬢の一人、千里眼の乙女が少し失望したようにため息をつく。


「まぁいいんじゃない? だってただの男爵令嬢でしょ? 権力でねじ伏せれば終わりじゃない」


 女騎士が輝くような笑顔でえげつないことを言いながら、クルクルと剣を回す。マルバーテ様は呆れたように扇子で彼女の剣をはたき落とした。


「元平民の貴女と違ってわたくし達は貴族ですのよ。直接潰して解決にはなりませんわ。あくまで非は相手にないといけません」


「ええぇ、なにそれ?! じぁ非を探さないと」


「探す? だから貴女はいつまでも平民上がりなのです。非は探すものではないですわ。作るものですわよ。捏造偽装、誘導。ありとあらゆる方法で政敵の罪をつくり、貶めるのが貴族の戦いですわ。何度もいっていますわよ。そろそろ覚えなさい」


 仲良さそうに談笑している公爵令嬢と女騎士の二人だが、会話の中身は物騒極まりない、悪役令嬢そのものであった。


 チュートリアル悪役にすぎない私と違って、彼女達ならきっとネペンティアとカストルに断罪を与えてくれる。少しだけ安心して私は頭を下げた。


「もう敗北してしまった私が言うことではないですが、皆さんもお気をつけてください。そしてお願いします、あの女に断罪を」


 私の言葉に沈黙で答えた彼女達を見上げると悪役令嬢達は驚いたように目を丸くしていた。こちらを見る彼女達の目は「あなた、何を言っているの?」というように冷たく光る。


 ゾッとするような寒気を感じながらマルバーテ様を見ると彼女は美しくそして残酷に笑った。


「ファステリア様、断罪はあなたが、自分の手でやるのです。話を聞く限り、わたくし達の行動はその女の知る範疇なのでしょう? イレギュラー足るのはもう舞台から降りた悪役令嬢のあなたしかおりませんわ」


「私が?!」


「手は貸しますわ。公爵家の使用人から一人あなたに護衛兼助言役を付けます。彼がデットライクラブフロンティア2の登場キャラでないか確認してくださいな。くれぐれも登場キャラはダメですわよ。読まれますもの」


 恐ろしいほど的確に、前世のゲームという荒唐無稽な話の要点を理解した公爵家狂気の美姫は、愉快そうに笑いながら私に扇子を手渡した


「楽しみにしてますわよ。悪役令嬢ファステリア。あなたのなす正当なる復讐を」




 お茶会も終わり、帰り着いた宿で私は途方に暮れた。


「正当なる復讐、非は作るものって…………どういうこと?」


 つけられた使用人というのは一人の若い青年だった。貴族とは違う、体格の良い、まさに兵士というような風貌の男性。彼は何も言わずに黙って私の部屋の扉の前に立っていた。


「バイスさんはどう思う?」


 彼は私の言葉に首を大きく横に振った。


「マルバーテ様はあんたならできると思って俺をよこしたんだぜ。手伝いはするけど頭脳労働は苦手だ。あんたが考え、あんたがやるんだ。とりあえず出来そうなこと全部あげてみたらいいんじゃね」


 私はバイスさんの言葉で転生前のOL時代の仕事を思い出した。


 困ったら、とりあえず全部書き出す!

 ブレインストーミングとかいう手法だった気がする。


 非と聞いて、思いつくのは犯罪。

 それも貴族同士での犯罪だ。


 というかそうでもなければネペンティアの男爵家程度でも簡単に揉み消せる。

 まさにカストルがしたように。

 それほどまでにこの国では貴族と平民の間には差があった。



 王国の思いつく限りの犯罪行為を書き出していく。


 殺人、強盗、放火、不敬、詐欺、強姦、拉致監禁、脅迫、脱税、外患罪、内乱罪、窃盗、不貞、脅迫、住居侵入、薬物濫用、公的文書偽装、犯罪者秘匿、公然猥褻、許可外の賭博、違法取引、風説の流布、命名律の違反、禁止地域への侵入、敵国文化の崇拝、違法宗教の信仰と改教の強要、呪術の開発などなど


「この中であの女をはめられるのは」

「俺でも思いつくなら薬物濫用だな。二、三発入れればもう止められない薬ならたくさんある。こっそり打ち込むくらいなら誰でもできそうだが」


 バイスさんの案は一見正解に思える。

 でも多分違う。


「ダメ、あの女と同じレベルに堕ちるのはダメです。それでは正当な復讐とは言えない」


 もう一度リストを見直すと、その中の二つ気になるものがあった。


「違法取引と風説(ふうせつ)流布(るふ)、これだ。あの女はこんな犯罪存在すら知らないはず。いえ、仮に知っていても犯さざるをえない」


 マルバーテ様から貸し出された王国法についての本を漁る。

 違法取引物の一覧の中から一つをバイスさんに見せた。


「これです。この賢者(けんじゃ)顔石(がんせき)は間違いなくあの女が手に入れたいもののはず」


 絶叫をあげる中年おじさんの顔の形をした石。バイスさんはその挿絵を見て呆れたように眉をひそめた。


「こんな見るからに怪しいもの買うか?」


「はい。絶対買います。原作にあるんです。これを使った化粧品のレシピが」


 デトフロは乙女ゲームでありながら、金銭や兵力が大切なゲームであった。

 闇市でしか手に入らない激レア素材である賢者の顔岩は、公式チートアイテムであり、これを使って自作した化粧品は飛ぶように売れて儲けを出すことができた。


「デトフロ2は詳しくないけど1ならやり込んでます。逆ハーエンドに行くには、賢顔(けんがん)金策もやらないと絶対に間に合わない」


 ただ大きな問題が一つだけあった。賢者の顔石は激レア素材。ゲーム内でそれを手に入れようとすればリセマラして闇市に運良く並ぶのを待つしかない。仮にネペンティアがこの賢者の顔石を欲していても、実際に買えるかどうかは運要素でしかなかった。


「でも…………そんな簡単に闇市にならぶものじゃ」


「おいおい。俺はそんなに役立たずじゃないぜ。俺たちが見つけて闇市に流せばいいんだろ?」



 バイスさんと私は王都中を探し回った。

 過去にいた錬金術師が作ったとされる賢者の顔石。

 王都の闇に巣食う裏組織が開催する剣闘大会に出て、情報を集める。公爵家の精鋭として鍛えていたバイスさんは強さと私の原作知識を利用して私たちはなんとか勝利することができた。そして、そこで得た情報をもとに国境山脈の地下奥底にある迷宮を旅し、私たちはついに賢者の顔石を手に入れたのだった。


 そして手に入れた賢者の顔石を慎重に闇市に流した、あの女の手に渡るように。


 ネペンティアが逆ハーエンディングを狙うなら間違いなく賢者の顔岩を手に入れるだろう。もし逆ハーを狙わなければ無意味になってしまう作戦だったが、彼女は私が淫乱だと嘘をついて破滅させ、無理やり婚約者を奪うような強欲な女。彼女が逆ハーを狙わないわけがないという確信があった。



 しばらくした後、とある舞踏会に私は招かれた。


 王太子の王妃候補を選ぶ舞踏会。

 原作においてこの舞踏会は、空席になっている三人目の王妃候補にヒロインが選ばれるという非常に大切な場面だった。


 私がこの舞踏会に参加できるよう裏で手配してくれた悪役令嬢達の画策により、私は貴族であった頃ですら着たことがないほど高価な衣装にドレスアップされ、誰かわからないほど美しく変身し、舞踏会に紛れ込むことに成功した。


「ねぇ、あなた。知ってる? カストル子爵領の化粧品はとてもよく効くそうよ」


 驚くべきことにネペンティアは、私のことに気がつきもせずそう話しかけてきた。彼女にとっては私のような過去の悪役令嬢の顔など忘却の彼方なのだろう。おそらく自分の嘘で民を斬り殺したことすら覚えてはいない。


「効くとはどういうことでしょう?」


 興味がある風を装って話を聞き出すと、彼女は賢者の顔石を使って作った化粧水に関して有る事無い事ベラベラと教えてくれた。


 証拠を押さえるために一つだけ試供品をもらい。彼女から離れようとした。


 なんとかしてこの試供品を王族に渡すことができればネペンティアの違法取引を明らかにすることができる。


 そう考えた時、会場中がパアッと光に照らされた。


「あ、王子が来てる! 流石、賢顔金策最高だわ」


 ネペンティアが嬉しそうに飛び跳ねている。


 このシーン見覚えがあった。

 まさにヒロインが3番目の王妃候補に選ばれる瞬間だ。


 こちらへ向かってくる王太子は、だが、ネペンティアではなく、隣にいた私の手を取った。


「え、なんで、誰その女。はっ王子! 人を間違ってます! ネペンティアは私です! その女はただのモブです」



「自己紹介ありがとうネペンティア嬢」


 王太子はそう言いながら私の手元の扇子を指差した。


「ファステリア、君の番だ」


「はい、仰せのままに。私は今は勘当された身でありますが元伯爵家の人間として王子に上奏せしめたいことがございます!」


 王太子の前にかしこまって礼をささげる。王太子はにこりと微笑んで頷いた。


「良い。言え」


「私の元婚約者であったカストル子爵はこのような物を作り、貴族諸侯の間で流行らせております」


 王太子にネペンティアから渡された試供品を手渡す。


「これには原料として、取引規制物である賢者の顔岩が使われております。これはそこにおりますカストルの共犯者であるネペンティア゠アイビー男爵令嬢からいただいたものです。お調べいただければ賢者の顔岩が使われていることがわかるかと」


「ちょっと、あんたファステリアなの?! なんでこんなところに?!」


 王太子が目配せすると衛兵が音もなくネペンティアの横に立った。


「は?! えっ私なにもしてないし」


「ネペンティア。あなたさっき言ってたでしょ。この化粧品は催眠効果があるとか、意中の相手から魅力的に見えるようになるとか」


「だから、なに? そんなのただの噂が犯罪な訳ないじゃない。私はただウチの商品が売れるようにってちょっと噂を細工しただけで」


「ネペンティア嬢、他人を装って自分の商品を上げる行為は風説の流布にあたる立派な犯罪だ。それを自分で認めてくれるとは…………なんというか……調査の手間が省けて助かる。ありがとう」


 王太子は少し困惑したようにネペンティアに礼を言う。

 優しい言葉尻だったがそれは、王太子が彼女のことを犯罪者だと認めたことを意味していた。


 衛兵がネペンティアの腕を掴もうとすると、ネペンティアはサッと彼らを振り払って逃げ出した。


「その、違います! 私は自分で使ってるだけ………自分の商品ではなくて、それはカストルが勝手に、やったことで」


 カストルと自分は関係ないと言い訳してことにして逃げようとしたネペンティアだったが、彼女の体はふっと現れた長身の麗人に抱き止められた。


「ダメですよ。ネペンティア様。まだ王子のお言葉の途中です」


「は?! レビアンも? なんで。このシーンにおまえまでいるわけ…………」


 逃げようとしたネペンティアは、レビアンと呼ばれた悪役令嬢の一人に止められて、その場に留められた。


「ネペンティア様、勝手なんて可哀想ですわよ。カストル子爵はファステリア様を嘘で婚約破棄した上に、その嘘を貫くために平民を斬り殺すほどあなたにお熱なのに」


 長身の麗人の陰からふわりと現れるのは悪役令嬢の親玉である公爵令嬢マルバーテと、悪役令嬢の仲間達。彼女らの姿を見てネペンティアは一層取り乱した。



「マルバーテ!? それに取り巻きどもまで…………まさか、悪役令嬢が全員?」


 そこまでいってネペンティアの顔色が変わった。真っ白に塗っていた化粧がはがれて、顔が怒りでどんどんと赤くなる。



「いる…………いるな?! どっかに?! 私のデトフロを台無しにしようとしているゴミ女が!」


 そう叫んで周りを見回した。


「おまえかぁぁ! マルバーテ!」


 マルバーテ様に掴み掛かろうとしたネペンティアは横にいた女騎士に弾き飛ばされ床に転がった。


「あらら、ここまで来てそれすら当てれないのですか…………、」


「おまえじゃない!? じぁ取り巻き供の誰か? 誰か知らないけど、なにを、なにを考えているの? 私は、私がヒロインなのよ!? この国を救えるのは私だけ、私だけなのよ!?」


「と、取り巻きって失礼」


 言い返しながら見事に床に転がるネペンティアを嘲笑う悪役令嬢達。その中の一人、女騎士が音もなく私の横にやってきてまるで朗らかにニコリと微笑んだ。


「ねー、ファスちゃん。ちょっと優しすぎるよ?」


 太陽のように笑う彼女はその笑顔のままネペンティアの方へ向き直った。まるで太陽のような微笑みは、そのまま何もかも焦がしつくす灼熱の光のようにみえた。


「ファスちゃんが言わないならあたしがいうね。ネペンティアちゃんは風説の流布の他にもいっぱい余罪あるよねー。ほらこれネペンティアちゃんの大好きなお薬」


 ふりふりと小さな袋をふり、彼女はそれを衛兵に渡した。


「余罪?! それは、まさか原料の」


「あれれ? これ麻薬だよ? 痛み止め、よく効くんだよ。あたしも戦場じゃ結構使ったなぁ。ちょっとハイになっちゃうけどね。知らないわけないよね。自分でも使ってるってさっき言ってたし」


 すっとぼけたように言う女騎士を前に、ネペンティアは必死に首を横に振った。


「違う! 使っているってのはこの化粧水の材料としてで、私は別に、麻薬なんて使ってない!」


「あはっ、最高」

「あ、い、言っちゃった」


 ネペンティアの返答を聞いて、悪役令嬢達は楽しそうにケラケラと笑った。


 悪役令嬢たちの様子に私もハッとなった。


「ネペンティア、あなた、化粧品と称して麻薬を密売しているということですか?」


「え?!」


 原作知識のせいで彼女は指摘されるまで気がついていなかったのだろう。自分の手と、王太子と、化粧品を交互にみて、みるみる青ざめていくネペンティア。


 私も気がついていなかった、いやあまりにも悪辣すぎて気がつかないふりをしていたことだったが、賢者の顔岩を使った化粧品のレシピの中には麻薬を使うものがあった。


 だがそれは効能を上げるために追加してもしなくてもいい原料のはず。

 まさか効率のために麻薬まで入れていたのか…………


「今、この化粧水の材料として麻薬をつかっていると自分でいいましたよね」


 逆ハーヒロインへのざまぁはどこまで許容されるのものなのか私には判断がつかないが、一人の悪役令嬢としてネペンティアがやってしまったことは断罪しなければ気が済まない気分だった。



「違う、違う…………」


 たじろぐネペンティアをよそに王太子は黙って手元の試供品を衛兵に渡す。衛兵が試供品を少しだけ取りそれをペロリと舐めた。


「ファステリア様のご指摘通り使っているようです」


 絶望したような表情のまま固まるネペンティアの前で、悪役令嬢である私たちは笑顔で顔を見合わせた。


 私が扇子を持ち上げると彼女たちも楽しそうにそれに乗って私の後ろに並んだ。


「ネペンティア…………あなた、なんて愚かなの? あなたの出身国ではどうだか知りませんが、麻薬の密売はこの国では当然」




「「「「死刑」」」」




 私の音頭に合わせて12人の悪役令嬢達が口を揃えて笑った。


「ほら、ファステリア様、言ってあげなさい。なんでしたっけ決め台詞」


 マルバーテ様の促すままに、私は一人の悪役令嬢として口を開いた。



「ざまぁみろ。くそビッチ」



 ネペンティアはもはやどうすることもできないことを理解したのかその場に崩れ落ちた。

 そして、その横には衛兵に連れてこられたカストルの姿があった。


「違います! 俺は! 麻薬なんて! そんなこと知らなくて! なぁ! ファステリア! 助けてくれ、俺は何も」


「何も? あなたは自分が何をしたか理解しているのですか? 何もしていない人を、無実の民を勝手な嘘で切り殺したのですよ?!」


「そんなの俺は知らなかった、それにただの平民じゃないか!?」


 縋り付こうとする彼を私は突き飛ばした。カストルは無様に床に転がり、そのまま衛兵にとりおさえられた。


「これは流石に擁護するものはいないな」


 王太子がため息をつくとネペンティアとカストルはそのまま衛兵達に連れて行かれたのだった。






 波乱の舞踏会ももう終わり。

 庭の片隅で、二人への断罪を終えた私は他の悪役令嬢の方々とお茶をしながら今後について話をしていた。


「見せてもらいましたわ。あなたの復讐。今なら貴族籍に復帰するくらいできますわよ。あなたの生家も反省していることでしょう」


 マルバーテ様はそう言って優しく笑った。


「ファステリア様、ま、またこうしてお茶しよ?」


 先ほどまでネペンティアを嘲笑っていた悪役令嬢達とは思えないほど穏やかな様子の彼女たちに(ほだ)されそうになる。だが私は首を横に振った。


「実は私、冒険者として世界を巡ってみたいなって思います。変な人と思われるかもしれないのですが、賢者の顔岩を探す旅は結構刺激的で…………その……バイスさんとの二人旅は、楽しかったので…………」


 ハッとしてクスクスと笑いだす悪役令嬢たち。


「バイス!」


 マルバーテ様がバイスさんの名を呼ぶと、どこからともなく彼が姿を現した。今日も見えないところで影から守っていてくれたのだろうか。


「マルバーテ様。実は俺もお暇をいただきたいと思っております」


 彼の言葉に悪役令嬢達は楽しそうに微笑んでいる。


「残念ですが、バイス。あなたの暇は許可しませんわ」


 そう言ったマルバーテ様は悪役令嬢とは思えないほど楽しそうにニヤニヤしていた。


「バイス! 公爵家令嬢マルバーテからの命です。引き続きファステリア様をお守りなさい。それがあなたの仕事です。帰ってきていいのはフラれた時だけです。わかりましたか?」



「「はい」」


 私とバイスさんは同時に返事をした。















【以下、ラストシーン後の余談】


 舞踏会の後。

 社交界に流通していた媚薬の犯人を捕まえた王太子とその側近近衛隊隊長アークファルトは1番の参考人である元伯爵令嬢のファステリアから事情聴取をしていた。


「聞いてください王子! デトフロ2はほんっとにクソゲーなんです!

 まず舞台設定がダメ!悪の帝国と王国との百年にわたる大戦争をテーマにしたデトフロ1と違ってデトフロ2は百年戦争後の平和になった後を舞台にしてるせいでぜんっぜんドキドキがないんです。

 出てくる敵もダメ。敗残兵のテロリストだったりただの犯罪者だったりで前作のような魅力も深みもなく、そのせいで攻略キャラ達も淡々と罪人を処理するだけで葛藤もほとんどしない。ひどいとしか言えないです。戦争の深く悲しい恋愛が主題だったデトフロ1の良さが完全に消え失えてて、戦闘はただの無味乾燥な作業パートなんですよ!!!」


「おう、それはひどい」


 前世の記憶で知ったと言うデトフロ知識を捲し立てるファステリアを前に王太子は生返事をしていた。


「しかも、一番ひどかったのは前作キャラのあつかい。やばくないですか? 前作パッケージヒーローのアトラス様は冒頭でただの強盗に襲われて死亡するんですよ?! 前作ヒロイン、主人公ちゃんは今作ではなぜかデブ化したうえにモブと結婚しちゃってお助けキャラになっちゃうし。ほら兵隊食堂のおばちゃん。アレが前作ヒロイン!」


「ああ、オカユさんね。ヒロインなのか…………てかオカユさんの、攻略キャラに親父がいるの複雑なんだが」


「デトフロ1では陛下は人気俺様キャラです!」


 ファステリアの怒涛の説明は王太子が口を挟む余裕もないほどだった。


「あー過去の話はわかったからデトフロ2とやらの話はないのか?」


 王太子の言葉にファステリアは残念そうにうなだれた。


「申し訳ございません。私、クソゲー過ぎてあんまりやり込んでませんでした。比較的人気な元皇帝サドバドルの話しか知りません…………」


「サドベリー?」


 アークファルトは部下の名前が出てきて少しだけ面食らった。しかも彼の隠されている出自までバレているようだった。うつむいていたファステリアはアークファルトの言葉でまた嬉しそうに顔を輝かせた。


「はい。その宮廷道化師のサドベリーです! でもサドベリーもクソゲーの中でまだマシってだけで、これもやってて意味わからないんですよ。このルートの悪役令嬢のマルバーテ様は最高に可愛いし、ガチヒロインしてるのになんでバーテ様捨てて薄っぺら主人公のとこにいくの?って感じで…………、てか30くらい攻略キャラいるのに8割バーテ様が悪役令嬢やるのおかしいでしょ。何回婚約破棄されてるねん。使い回すな!」


「はぁ。それはマルバーテ様にも問題あるからな。今んとこ31敗らしい。それが何を意味するのかは俺にはわからないが…………」


 王太子の言葉にファステリアはさらに顔を輝かせた。


「えっ! もうそこまで行ったの?! やっぱデトフロと時系列が微妙にズレてます! てか、31敗って31敗1勝!? いつの間にかサドバテルート入ってる?! マジで良すぎて私もわざとバッドエンド行きました! そんな女性、わたくししかおりませんわよって可愛すぎか!」


「?」


 王太子とアークファルトが意味も分からなさそうに顔を見合わせるのをみてファステリアはぐっと両手をにぎった。


「サドベリーが好みのタイプを言って、それにマルバーテ様がそう言って返事をするのです! そんな女性、わたくししかおりませんわよって」


 王太子とアークファルトは勝手にプライベートを暴露されているサドベリーを可哀想に思いながら黙って頷いた。


「サドバーテエンドは、本作真ルートって言われるくらいの屈指の人気ルートです!」 


 その後も鼻息荒く説明し続けて、そのまま満足して去っていったファステリアの姿を見送って二人はため息をついた。


「ネペンティア女史にも話きくか? 王子以外には話さないと黙秘を貫いているらしい。個人的には直接会いに行くより拷問官を出した方がいいと思うが」


 アークファルトの提案に王太子は首を横に振った。


「下手打った割に意外と賢いな。俺もデトフロの知識には興味がある。話してみたい」


「誑かされるなよ」


「うっせ」


 そんな会話をしている二人のもとにガタガタと音をならしながらファステリアが再び飛び込んでくる。彼女から告げられた言葉は王太子達にとってあまりに衝撃だった。


「ひとつ重要なことを思い出しました! ラストです!デトフロ2のラストの、おそらくデトフロ3のための引きがヤバいんですよ!」


「やばい?」


軍事反逆(クーデター)。誰かわからないけど多分将軍の誰かが王国を乗っ取って、次回作の敵役の軍国になります。つまりこの国滅ぶってことです! 最大のクソゲポイントを今思い出しました。せっかくハッピーエンドを手に入れても全員エンディングでナレ死します」


「なっ、それは、ぶっ込み過ぎだろ…………」


 王太子はあまりの心労にくらりと倒れ込みそうになった。

 しばらく地面にうずくまった後、立ち上がった彼の表情は先ほどまでの緩んだ表情から一変して王太子としてのものになっていた。


「アーク。拷問官を用意しろ。ネペンティアには全て喋ってもらう」

「仰せのままに。最悪なやつをご用意いたします」



【あとがき】

別視点まで読んでいただきありがとうございます。

このまま高評価よろしくお願いいたします。

本作は短編連作3作目です。よろしければ1,2作目読んでいただけると嬉しいです。


(追記)四作目はグロいので耐性のない方はお避けください。

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― 新着の感想 ―
最後にブッ込まれるまさかの自国クーデター滅亡フラグ。1作目は名作っぽいのに2作目のクソゲー具合が酷い。正直2作目のせいで続編フラグは立てたものの3作目が本当に発売できたのかも怪しい。 そして乙女ゲー要…
[一言] 3のためのラストが酷すぎる 王子様、バッドエンド回避に死力を尽くしてください
[一言] 玉子様すっかりオチ担当にw
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