サヴァ神の神の間は常に20℃
Assembler side
「サヴァ神が暴れているそうだ。すまんが、行って来てくれないか」
アセンブラの族長ブルックスが寝具から半身を起こして苦しそうに告げた。
族長として未曾有の厄災に立ち向かってきた父はここ数年でずいぶん痩せてしまった、とゼットは歯を食いしばる。
村の中央の小高い丘の上にサヴァ神を祀るピーエルワン神殿がある。
サヴァ神をなだめ、オラクルというご神託をいただくのが次期族長のゼットの仕事である。
神殿を擁する丘のふもとで神気を含んだ水を浴び身を清め、神事用の白い着物に着替える。筆記用具や通信具は持っていてはいけない。その瞬間の神のお告げだけが正しいご神託であり、人のフィルタを通してそれを書き記してはいけない。通信具のフィルタを通してそれを記録してはいけない。神殿入り口で神官に身体チェックを受け、神の間に一人で入る。
ブーンと重低音が響く神の間は常に20℃に保たれている。今日も今日とて荒ぶる神は呪文のようなものを喚いている。
「わけわかんね」
呪文といえば、と神の間の右奥の小部屋を覗く。あぁ、今日も来ている。
伝承の通りこの世の人類がアセンブラとLispしかいないのならば、このおびただしい手紙はLisp族から届いたものということになる。
なるが…
「言語なのか?これ、ほぼ記号だが」
記号をつかった絵文字、もしくは顔文字なのか?といろいろ検証してみたが、全く解読できない。
とりあえず、()だらけである。
「どうせまた()だらけなんだろ?」
と今日きた分を開いたゼットは思わず口にする。
「…読める…読めるぞ」
◇◇◇◇
それから半年かけてアクセスしつづけ、座標を確定し、やっとアセンブラ村にLisp族を招くことができた。
初めて見るLisp族はここではありえない髪の色をしていた。アセンブラでも歳をとると黒髪から白髪になる人もいるのだが、白髪とは全く違うキラキラ光る銀色の髪。肌の色は雪のように白く、その瞳は透明な緑色…
うす桜色の唇がやわく開き、
「×××××」
聞いたこともない音が飛び出してきた。
なんだこれ?音波?
人類には二つの言語があり、という歴史書の一節を思い出す。
「はじめまして、こちらはLisp族のスーザンさんです、わたしは通訳のアリシマです」
緑の瞳で見るとこの世は緑に見えるのかなと、じっと見つめていると、すぐ隣から理解できる言葉が出てきてギョッとしてしまった。
見ると黒目黒髪のアセンブラの女性がニッコリ笑っている。俺より少し年上か?村の家々の家族構成を思い浮かべる。この年頃の娘がいる家??
「お前は…どこの家の者だ?」
アリシマという名前は聞いたことがないから偽名だろう。行方不明になった娘なんていたか?
「あー、そうか。わたしはアセンブラ族ではありません」
「は?どうみてもアセンブラだろ?」
その女性は困った顔をしてうーんと考え込んでしまった。
黒髪も染めた風ではなく、自前に見える。肌の色は多少白いが、アセンブラにいる範囲である。
あ!となにか思いついた女性はいきなり
「◎△$♪×¥●&%#?!@&%$#◎△$♪×¥●&%&%&$#“+*##@*+」
とこれまた聞いたことがない音をまくしたててきた。脳髄がしびれる!なんの攻撃だ!?口から出ている音なのに明らかに聞こえない周波数の音も含まれている。これは人類が発する声ではない。
体がいうことをきかない。
人類が発する音ではない。
この女はなんだ?
プログラマーの言葉を耳にするということをきいてしまう、的な。