第45話:地下室
『……』
魔導デュラハンは俺たちを見ても暴れることなく、静かに佇む。
鎧から漏れ出たオーラが不気味にゆらゆらと揺れる。
俺たちの様子を伺っているようだ。
ただ立っているだけではあるが、隙はまったくない。
A級魔物の風格を感じるな。
あいつは魔法と剣術を組み併せた、魔導剣術と呼ばれる特殊な剣技で攻撃してくる。
出の早い魔法でこちらの隙を作り、鋭い剣で致命傷を与える……。
原作でも対処法が難しい敵だ。
ニコラ先輩が小声で俺たちに話す。
「彼の後ろにある扉が目的の地下室だ。あの部屋に書物が保管されている」
「「……わかりました」」
魔導デュラハンの後ろには金属の扉が見える。
倒さないと入れない、というわけか。
三人で協力して倒すのがいいかな……と思っていたら、魔導デュラハンがスッ……と剣先を俺に向けた。
この仕草は……。
ニコラ先輩が呆れたように笑いながら話す。
「……まいったね。先輩の立つ瀬がないじゃないか」
「ギル師匠の強さは魔物もよくわかっているのですね」
魔導デュラハンは複数人と戦う場合、一番強い人間から戦う特性がある。
どうやら、俺が一番強いと判断したらしい。
相手は魔物だが光栄なのだろうか。
「では、俺が先陣を切りますので、ニコラ先輩とルカは援護をお願いします」
「了解。君一人で勝てそうだけどね」
「いつでも援護できるよう準備していますからね」
ニコラ先輩とルカを後ろに足を速めると、魔導デュラハンもまた威風堂々と俺に近寄る。
互いの距離が10mくらいになったとき、同時にダッと駆け出した。
魔力剣を生み出し、魔導デュラハンに斬りかかる。
火花が散り、剣と剣がぶつかる鈍い音が地下室に響いた。
鍔迫り合いの状態となり、相手の重い剣技を感じる。
魔力剣を振り払うと、魔導デュラハンは数歩後退した。
追撃を仕掛けるや否や、魔力でできた何匹もの蝙蝠が俺を取り囲む。
これは《使い魔の群れ》。
視界を塞ぎつつ、こちらの隙を作るのが目的の魔法だ。
魔力剣の形を鞭に変え、全ての蝙蝠を叩き潰す。
操作魔法で鞭の軌道を操作したので、一振りで全部倒せた。
蝙蝠たちが魔力の残滓となって消える中、上方から大きな剣が迫りくる。
身体を屈めて一撃を躱し、魔導デュラハンの右腕を撥ねる。
『……!』
剣とともに腕が飛ばされバランスを崩し、核が収まる胴体ががら空きとなる。
……ここだ!
下した魔力剣を力強く握り、体重を乗せるようにして勢いよく突き出した。
「《黒の貫き》!」
『!』
魔導デュラハンの鎧を背中まで貫いた。
硬い鎧の下に柔らかい臓器みたいな感触を感じた後、魔導デュラハンのオーラが少しずつ消えていく。
ガシャンッ! ガシャンッ! と空虚で大きな音を立て、鎧が床に落ちる。
勝負が決したと同時に、ニコラ先輩とルカが駆け寄ってくる。
「よくやった、ギルベルト君! さすがは学園最強の一年生だ!」
「お見事です、ギル師匠! あの魔導デュラハンに剣術で勝つなんて……!」
「二人が控えてくれていたので、安心して戦いに挑めました」
三人と手を取り合って勝利を喜ぶと、いよいよ地下室に入る瞬間が来た。
みんなで顔を見合わせると、ニコラ先輩が静かに扉を開ける。
中央にテーブルが一つあるだけの、5m四方くらいの小部屋が広がった。
そして、テーブルの上には……。
「これが父上の言っていた書物だね」
五冊の本が積み重ねられている。
エトマン侯爵のいう“呪われた書物”とやらだ。
ニコラ先輩が一冊ずつテーブルに並べてみる。
表紙はどれも濃紺のべた塗りで、題名や著者名などは書かれていなかった。
あとは屋敷に持ち帰って終わりかな、と思っていたら、ニコラ先輩がニヤリとして言った。
「ねえ、二人とも……中身が気にならないかい?」
「「えっ……!」」
驚く俺たちに対し、ニコラ先輩は落ち着いた様子で話す。
「父上は見るな、と言っていたけど、せっかくここまで来たんだ。少し見るくらいなら許してくれるさ」
「「で、でも、呪いが……!」」
その手はすでに本の端っこを摘んでいる。
少しばかり気が引ける俺たちに対し、我らが先輩は爽やかな笑顔で俺を見て言った。
「呪われたとしても……君が何とかしてくれるだろ?」
「ニコラ先輩……」
ここまで俺を信頼してくれているんだ……。
嬉しさがじわじわと胸にこみ上げ、俺も自分の指先をニコラ先輩に乗せた。
「ギルベルト君……?」
「どうせなら一緒に開きましょう。もし呪いが発動しても、即座に操作魔法でどうにかしますので」
俺がそう言うと、ニコラ先輩はフッ……と小さく笑った。
ルカもまた、見守るように俺たちを見ている。
俺とニコラ先輩は息を合わせ……本をめくる!
「「せーのっ!」」
バッ! と勢いよく開いたら、目に飛び込んできた。
肌も露な女性たちが……。
要するに、“呪われた書物”とやらはこの世界の”叡智な本”だった。
「「おおお~!」」
地下室に俺とニコラ先輩の歓喜の声が響く。
正直なところ、前世でもネットやら何やらで、こういう画像や絵は何度も見てきた。
だけど、なんだろうな。
紙で見ると特別な気がするんだ。
まさか、“叡智な本”だったとは……。
思いがけない宝物を見つけた気分だった。
しかも、一冊だけじゃない。
机の上には何冊も置かれている。
「ニ、ニコラ先輩、他の書物も確認してみましょうっ」
「そ、そうだね、しっかり確認しなければっ」
嬉々として二人で本をめくり出す。
……ん? 二人で?
「……男の人って本当にこういうのが好きですね」
「「ル、ルカ(さん)!」」
振り返ると、ジト……という音が聞こえるほどのジト目をしたルカがいた。
それはもう、淡々と俺とニコラ先輩を見る。
「い、いや、違うんだ、ルカ! 本を開こうって言ったのはニコラ先輩で……!」
「こ、こら、ギルベルト君! 僕のせいにしないでくれたまえ! 君だって喜んで見ていたじゃないか!」
「カレンさんとネリーさんにも報告します」
「ル、ルカ、それだけはやめてくれー!」
あの二人にバレたら……たぶん俺は死ぬ。
今回みたいな事案は初めてだが、よくわかるんだ。
結局、必死にルカを宥め、どうにか秘密にしてもらうことにした。
「じゃ、じゃあ、帰りましょうか、ニコラ先輩。あまり遅くなるとみんなも心配するでしょうし」
「そ、そうだね、それがいい。さあ、帰ろうか、ハハハハハッ」
本は布に包んで硬く縛り、俺たちは“ヨフリ城”を後にする。
屋敷に戻ってエトマン侯爵に書物を渡し(当初の三日後までに……という制約は、奥さんが旅行から帰ってくるのが四日後だからだった)、無事に任務は完了した。
俺はニコラ先輩と、たどたどしく別れの挨拶を交わす。
「ま、また、いつでも来てくれたまえ、ギルベルト君。……もちろん、ルカさんもっ」
「え、ええ、ありがとうございます。俺たち絶対また来ますので」
「……ありがとうございます」
ジト目をしたルカと一緒に、送りの馬車に乗り込む。
「い、いやぁ、何だかんだ楽しかったなぁ」
「……そうですね」
明るく語りかけるも、ルカは塩対応。
まぁ、塩対応ではあるが、どうにか秘密は守られそうで安心する。
だがしかし。
真の本番はこの後に待っていた。
□□□
フォルムバッハ家での自室にて。
俺はベッドの中央で正座していた。
周りにいらっしゃるのはカレン様とネリー様、そしてルカ様。
カレン様は十枚ほどの紙の束をお持ちになられる。
「……ギルベルト、これは何かしら?」
ネリー様はペラペラとめくられ、凍てついた声でお伝えされる。
「……面白そうな本ですね?」
ニコラ先輩からお土産(口封じ)として、内緒で渡された“叡智な書物”(の一部)が見つかった。
鞄の中敷きの下に隠しておいたのに……!
カレンとネリーの目を欺くことはできなかったらしい。
断固として断ればよかったものの、なんかもったいなくて持って帰ってきてしまったのだ。
俺は必死に弁明する。
「ニ、ニコラ先輩に無理やり渡されたんだよ! 断ろうとしたんだ! 信じてくれぇ!」
「「……ルカさん、ほんとかしら?」」
「嘘ですね」
「ル、ルカー!」
ルカがため息交じりに静かに部屋を出ると同時に、二人の猛攻が俺の局部に襲い掛かった。
色々な刺激が相まみえて意識が飛びそうになる。
耐えきれず、絞り出すように叫んだ。
「お、おやめください、カレン様、ネリー様! もうしませんっ! もう見ませんのでっ!」
「「言い訳無用」」
「ああああ~!」
俺もう二度と、“叡智な本”を見ない……いや、そもそも近寄らないと固く誓うのであった。
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