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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

僧侶ですが、血だらけの勇者にプロポーズされました。

作者: 多賀りんご

 


 勇者はついに魔王を倒した。


 とても激しい戦いだった。

 最後は勇者と魔王の相打ちのような形になってしまった。

 魔王はなんとか倒せたものの、勇者は大怪我を負ってしまう。

 回復を試みるも、僧侶のヒールは全然効かないし、魔法使いの魔力を全て使い切るような強い回復魔法も全く効かない。

 妖精王からもらった奇跡の雫も、こんな時のためにとっておいた世界樹の葉も何も効かない。

 もう助からないのだろうかと、だんだん弱っていく勇者を膝の上に抱いて僧侶は泣きそうになった。


「僧侶」


 勇者は血だらけの手で、僧侶の手を握りしめた。


「国に帰ったら、俺と結婚してくれないか?」


「え?」と僧侶はびっくりして飛び上がりそうになる。


「け、けけけ結婚?」


 急になんで? とか、一体いつから僕を? とか、そもそも男が好きなの? とか聞きたいことは山ほどあったが、薄れゆく意識の勇者にそんな悠長に質問している場合ではない。

 還らぬ人となる前に、とにかく返事を伝えなければ。


「うん、しよう。結婚!」


 深く考えずにとりあえず返事をした僧侶。

 そしたら勇者、その返事を聞いた瞬間、かっ、と白い光に包まれて、みるみるうちに生命力が内から溢れ出し、

「よっしゃあーー!」と元気爆発。

 僧侶はその驚きの光景に目をまん丸に見開く。

 どうやら僧侶のOKの返事が、どんな回復魔法や奇跡の治癒アイテムよりも効果抜群に効いた様子。

 しかしその直後、復活した勇者は唐突に限界が来たようで白目をむいてあぶくを吐き、こて、と気を失った。

 僧侶はその姿を見て、勇者がついに死んでしまった……!と勘違いし、人目も憚らずおんおん泣いた。

 しかし勇者の命に特に別状はなかったようで、応援にきた救援部隊から「あ、これ気絶っスね」とテキパキと応急処置を受けて魔王城から無事王宮に転移。

 医務院でのたっぷりの治療と休養で、みるみる体調は回復。勇者は元通り元気になったとのことで、僧侶はほっと胸を撫で下ろしたのだった。


 回復したことは大変喜ばしい。けれど一つだけ、困ったことになったぞと僧侶。

 あの時は勇者がもうダメかもと深く考えずに焦って求婚を受け入れたけれど、そもそも勇者をそういう対象として考えたことがない。おまけに自分は僧侶で、女神様に仕える身であるため結婚は禁じられている。

 しかも勇者は魔王討伐の暁には、褒美に王女との結婚を王から約束されていたはずだ。

 勇者と自分の結婚は、現実的に考えて何かいろいろまずい気がする……とだんだん焦り始める。


 ある日、すっかり回復したニッコニコの勇者が教会にやってきた。

「やっとさっき外出許可がおりてさー。待ちきれなくてそのまま会いにきちゃった」なんて言って、

「で、結婚の話だけどさ」と勇者が切り出す。


「ちょ、ちょっと待って!」 


 僧侶は言葉を遮って、まずもやもやと湧き上がる不安をすべてぶつけてみる。


「僕との結婚、考え直した方がいいと思う」

「え? なんで? いいって言ってくれたのに」


 心底理由がわからないとでも言うようにきょとんとする勇者。


「だ、だって勇者は、魔王を倒したから王女様と結婚するだろ? 約束を破ったら王様に怒られる。僕と結婚したらまずいよ」


 勇者は「ああ、それね」なんて軽い感じで言う。


「王女様との結婚の話は魔法使いに譲った。ほらだってあの二人、幼馴染だし好き合ってたみたいでさ。王様も『わしも実はその方がいいと思ってたんじゃ』なんて言って大喜びだったよ」

「えっ、そうなの?」


 それを聞いて僧侶はびっくり。「じゃあこれで何も問題ないね」なんて僧侶の手を握ろうとした勇者からばっと手を引き、再び制する。

 だって他にも問題はある。


「あ、あとそれに僕、僧侶で女神様に仕える身だから、清い体でいなきゃだし、結婚を禁じられてて……」

「ああ、そのこと。それなら大丈夫。この前女神様に会った時に、話つけといたから」

「え? 勇者、女神様に会ったことあるの?!」


 僧侶はびっくりした。女神様に会うだなんてそんな話、大司教様からすら聞いたことがない。こんなことを自分が言うのもなんだが、僧侶は女神様を信仰の対象としての架空の存在だと思っていた。そもそも実在してたの?! というところからしてびっくりだ。


「うん。僧侶さんを俺にくださいっ! て土下座し続けてたら、なんとか許可もらえた。加護も変わらず受けられるし、仕事もこのまま同じように続けられるって。でも、なかなかいいって言ってもらえなくてさー、大変だったよ。僧侶、女神様に相当好かれてるね?」

「え? 許可? 好かれてる? どういうこと……?」


 何その義理のお父さんとするようなやりとり……と、僧侶はあまりの話に頭がついていかない。いつの間にか外堀が完全に埋められて混乱する僧侶を見て、勇者はふっ、と微笑んだ。


「だからさ、俺たち結婚できるよ」

「で、でも!」


 僧侶は一番気になっていた事を聞く。結婚するなら最も重要な点だ。


「勇者、僕を好きなそぶりなんて、全然見せたことなかったじゃないか。急に結婚だなんて。一体いつから、そんな風に思うようになったの?」


 勇者ははっとして、それもそうだよなぁなんて言いながら僧侶の手を握った。


「僧侶と行きたいところがあるんだ。よかったら一緒にきてくれないか?」


 僧侶は不思議に思いながらも、その日は休みをもらって、勇者と遠出することにした。勇者は僧侶の手を握ったまま瞬間移動魔法を唱えると、二人の体がふわりと宙に浮く。辿り着いたその場所は、魔王討伐に向かう途中にパーティーの皆と立ち寄った『時戻りの泉』だった。


「僕と来たかった場所ってここ?」

「うん。そう」

「懐かしいなぁ。でもここ、名前のわりに何の変哲もないただの泉じゃないかって、みんなで『とんだがっかりスポットだね』って話してた所だよね。あの頃はまだ15才だったから、3年ぶりくらい? 来るの久しぶりだ」

「そうだよね。でも俺、実はこの間来たばかりでさ」

「え? でも、その怪我治ったばかりって……」

「うん。そうなんだけど」


 勇者は泉の真ん中あたりを見つめて、真剣な眼差しになった。目の前の泉の色よりもっと澄みきった吸い込まれるような水色の瞳。木々の間から漏れる光が、勇者の金髪をキラキラと輝かせている。


「俺、本当は一回死んだんだ。魔王を倒したあの時に」

「え? でも……」

「うん、今は生きてる。俺、戻ってきたんだ」


 勇者は僧侶に視線をうつして、話し出した。


「俺、死んだ後、ずっと見てたんだ。魂だけみたいな見えない存在になって、その辺をふらふらしてたら、みんなが、魔王を倒した俺を讃えてくれて、その死を悼んでくれて。うんうんそうだよな、俺はそれだけのことをしたよな、なんて誇らしく思いながら」


 そう言った勇者の瞳は、心なしが寂しげな色を滲ませていた。その中に突然きらりとした光が灯る。


「それで、俺、その中で僧侶のこと見つけたんだよ」

「僕を……?」

「うん。それで僧侶のこと、ずっと見てた。みんな、最初の頃は、俺の命日を毎年盛大に弔ってくれてたけど、段々、少なくなって、時が経つごとに、忘れられていった。でも、僧侶だけは違った。毎日墓所に来て、雨の日も、日照りの日も、雪の日も、祈ってくれてた。毎年、命日には墓前にたくさん花を飾って、俺の好きなエールとミートパイ供えてくれてさ」


 僧侶は驚きながらその話を聞いた。自分が知らない未来の話。確かに、勇者の好きなもので知っているものといえばそれくらいだから、供えるとしたら、ワンパターンにひたすらそれだけになってしまうだろうな、なんて思う。


「それで、墓の前でよく泣いてた。僧侶、冒険中とは違って何だか人が変わったみたいになっちゃって。祈りながら、悲しそうで、寂しそうだった。ずっと一人だった。いい大人になっても、年取っても、おじいさんになっても、ずっと」


 聞きながら、我ながら侘しい人生だったんだなと思う。表情を曇らせた僧侶の瞳を覗き込んで勇者は言う。


「そんな僧侶を見てて、俺、僧侶にこんな寂しい思いさせたくなかったって思った。一緒にいたかった、そばにいたかったって。もしかして僧侶も、俺と一緒にいたかったんじゃないか、俺のこと好きだったんじゃないか? って思ったし。それで魂のまま、試しにこの時戻しの泉に来たんだ」


 勇者は泉の中を見つめながら、「さすがに今日はいないか」と小さく呟くと、何を思い出したのか、突然ぶるっと震えて、少し顔を青ざめさせた。


「そしたら泉の中から女の人がぬっと出てきてさ。怖っ、て最初思ったけど、話をよくよく聞いてみたら、自分は女神だ、なんて言ってて。俺が成仏できないのは僧侶が祈ってるせいだし、君たちどうやら想い合ってるみたいだから、魔王を倒してくれたし願いを叶えてあげてもいいよ? って言ってくれて。だから俺、時間を遡らせてもらうことにしたんだ。女神様、意外といい奴だよな」


 国中で崇められてる神聖な女神様を、地元の友達みたいなノリでいい奴呼ばわりするのは、この勇者くらいなものだろう。

 しかし、未来の自分のことをはじめて聞いて、突拍子のない話でびっくりしすぎて僧侶は何も言うことができなくなってしまった。

 人ごとのようでいて、でも確かに自分ならそうするかもと、確信に似た思いも感じる。


「それで俺、なんとかあの魔王を倒した直後の瞬間に戻ってこられたってわけ。まあ魔王にやられてボロボロだし、え、戻るのここ?って思ったけど、今度は僧侶にちゃんとプロポーズできた。そしたらさ、OKしてくれただろ? 俺、嬉しくて、絶対死にたくないって思ったら、なんと今回は死ななかったんだよ! すごいよなあ、愛の力って」

「うそでしょ……? 勇者って、ほんとに僕のこと好きなの?」

「そうだよ。だって、あんな健気な姿50年も見せられたらさ。そりゃ好きになっちゃうよ」


 少しばかり頬を染めてうんうんと頷く勇者を見ながら、でも、と僧侶は思う。

 勇者が長い間見てきた未来の自分は、今の自分とは違う自分だ。墓参りに欠かさず行っていたのも、命日に好物を供えたのも、自分ではない。


「……勇者が好きなのは、今の僕じゃない。だってそれ、未来の、しかも違う未来の僕だよ」


 未来の自分は一途ですごい、勇者に愛されるのも納得だなんて少し羨ましく思いながらそう言うと、勇者は優しい色を浮かべて僧侶に微笑んだ。


「今俺が好きなのは、目の前にいる僧侶だよ。俺は、君の未来ごと全部幸せにしたい。だから僧侶、俺のこと、よかったらまた好きになってよ。俺、今度は先に死なないように気をつけるからさ。これからちゃんと好きになってもらえるように頑張るし」


 光の化身みたいにキラキラと輝くような微笑みを浮かべる勇者の姿を見て、僧侶は口籠る。

 そうか、勇者は、僕のために生き返って、戻ってきてくれたのか、ということに気づく。

 僕を一人にしないために。僕が寂しい思いをしないように。


 僧侶はしがらみに紛れて見えなくなっていた、自分の気持ちについて考える。あの時勇者が死んでしまうと思った時、涙が次から次に溢れてきたのを思い出す。失いそうになってはじめて、この人は自分にとってかけがえのない人だったとようやく気づいたことに。

 そうか。自分はとっくにこの人のことが好きだったのか、なんて思う。


 でも、なんだか気づいたばかりのその気持ちを伝えるのが妙に気恥ずかしい。じわじわと赤くなってきた顔を背けるように、そっぽを向いて勇者に言う。


「……勇者、まあ、じゃあ、せいぜい、僕に好かれるよう頑張ってみてよ」

「え?! じゃあ、僧侶、約束どおり結婚してくれるってこと?」


 勇者の期待に溢れた水色の瞳を見返して、こくりと頷けば、泉のほとりの静謐な空間に、「よっしゃああー!」と叫ぶ馬鹿でかい声が響き渡る。

 耳の奥がキーンと響いて固まっていたら、筋肉質な逞しい腕で勇者に突然抱きしめられる。


「嬉しい。僧侶、幸せになろうな」


 今まで触れなかったぶん、とか言って、ぐりぐり頭に頬を押し付けられて、ぎゅうぎゅう馬鹿力で抱きしめられる。

 僧侶は息がつまるほどに苦しくて。でもなんだか、その苦しさが嬉しくて。勇者が戻ってきてくれて、生きていてくれてとても嬉しい、と心から感じる。どこか違う世界線にいる未来の自分とシンクロするようなその気持ちが、温かく僧侶を包み込む。

 ちょっと涙が出そうになって恥ずかしくて、泣いているのが見られないように目の前の胸板にそっと顔を埋めた。


 この後勇者と僧侶は、王室からも、教会からも、国民からも、ついでに女神様からも、それはもういろいろな人たちから祝福されて、めでたく結婚した。


 その後僧侶は悲しむことはなかったし、一人になることもなかった。

 毎日教会で、女神様の像に向かって

「勇者を助けてくれてありがとうございました」

 と祈ると、冷たく固いはずの石像が、なんだか少し微笑んでくれている気がしたのだった。

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