表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/27

予兆

 誰かの話し声がする。ハンナ・ケンプフェルトは目覚めざめ、ベッドから身体を起こす。城の1階から話し声がする。3ここまで届くとは相当な大声だ。


 城門の方だ。こんな夜遅くになんだろう?


 ハンナは華奢きゃしゃな体を震わせ、伸びをする。あざやかな金色の長髪が揺れ、大きな青いひとみがぱちぱちとまばたく。


 ハンナが、ろうそくに火をともし、カーテンを開くと、玄関から一人の中年男性が現れ、馬に乗って城を出ていく。


 父さん、こんな時間なのに仕事なのかな? それとも朝のことで私と一緒に居たくないのかな?


 地方の中領主とは言え、ひまをしている姿を見たことは一度もなかった。仕事ばかりの厳しく冷たい父だ。母が生きているときはそうでもなかったと聞くが、ハンナは母の顔を思い出せない。


 街の方へ消えていく父の姿を見ながら、ハンナは大きなため息をつく。小動物を思わせる童顔がみるみる曇っていく。


 なぜ、あんなことを言ってしまったのか。ハンナは朝のことを思い出していた。


 朝、姉のグレーテと妹のミナと食事を採っていた時だ。グレーテは朝が弱く、いつも通り全く頭の働いていない様子であった。ミナは一人で話しながら、時折、朝食をスプーンで弄っている。ハンナだけが黙々と食べていた。そんな時だ―


「ただいま」父親が居間に現れた。その顔は少しやつれ、白髪も増えた様子だ。


 ハンナは微かに顔がほころんでしまうのを抑える。


「父さん!」


 14歳のミナは父の肩に手をかけ、歯を見せて笑った。


「お帰りなさない」


 ハンナは微かに照れながら、父の朝食を用意する。その手が緊張で微かに震え、汗ばむ。


 父はテーブルに着くと、ハンナの用意した朝食を無言で食べ始めた。ミナが話しかけ続けていたが、父は生返事を繰り返すばかりであった。


 父は、元々、無口な人であったが、母親が死んでから、さらに無口になり、仕事に没頭し始めたという。今では数週間、家を空けることもある。


「みんな話がある」


 父が口ひげに付いた食べかすを落しながら言った。


 ハンナは慌てて、姉の肩を叩く。グレーテはぼんやりと父の方を向いた。しかし、まだ寝ぼけている様子だった。


「グレーテはまだ寝ているようだな」


 父は無表情に言う。なれているのだ。


「はなしって~?」 ミナが緊張感のない声を上げ、父は静かにため息をつく。


「ハンナ、城から少し離れた場所に入ってはいけないと言っていた場所があったな」


 ハンナは自分の名前を呼ばれ、びくりとした。顔が紅潮するのが分かる。


 数年前まで城に併設された父の仕事場に足を運ぶことも多かった。そこで、父の仕事を手伝ったこともあるし、ある程度、自由に見て回っても許された。しかし、その中で、父の許しがないと絶対に入ってはいけない部屋があった。


「以前、数回だけ入れてもらったことのある、あそこですよね?」


「その鍵を渡したい。お前たちにも私の研究について話す時が来た」


 研究―ハンナはその言葉に苦い物を感じる。


 おおよそ20年前、マガイと呼ばれる化け物が国を襲った。その被害は大きく、数百人が死んだと言われている。


 マガイとの戦争は数年間行われ、ほぼ完全に駆逐されたと言われている。事実、その被害も数年に一度聞くかどうかだ。しかし、王はマガイに怯え、その対策に金と人を湯水のように使っている。父もその研究に携わる一人だ。


「お前にも知ってほしい」


 父の声に、ハンナは我に返る。


 父が自分に話しかけている。ずっと、ずっと、ずっと待ち望んでいた。


 動悸どうきが早くなり、喜びが身体を駆け抜ける。しかし、口に出たのは―


「いえ、私は……」


 ハンナはこぼれ出た言葉に自分でも驚く。そして、そこに込められた感情の強さにも。


 動揺しつつ、横目で父を見ると、そのひとみは哀しみで満ちていた。


「そうだな……」


 父は微笑み、あざけるように言った。そんな表情は初めて見た。

 読んで頂きありがとうございます。


 励みになりますので、感想、評価、レビュー、ブックマーク、お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ