プロローグ
闇の中、火の粉が散り、一人の少女が浮かび上がる。名は、ハンナ。金髪で小柄な少女で、小動物を思わせる顔立ちと大きな瞳―その横顔は戦場には不似合いであった。
丑三つ時、圧倒的な闇の中、数人の騎士と共にハンナは居た。辺りは草原で、背の高い草木が風で揺れている。今は小さな篝火だけが光源だ。
ハンナの瞳は恐怖で震え、顔は強張っていた。視線の先には巨大な橋。その異様な姿にハンナは恐怖していた。木と石を組み合わせ作られたアーチ形の橋、それが垂直に地面に突き刺さり、揺れている。人々の生活を支え、交易の要となっていたはずの物―それが数秒前、闇の中から降ってきた。
こんな物を投擲する敵を倒せる訳がない―ハンナは瞬時に悟る。全身から冷たい汗が吹き出す。それを煽るかのように、小雨が全身を濡らしていく。
ハンナたちをあざ笑うかのように、皆の居る場所から数百メートル先、吸い込まれそうな闇の奥から、ガラス片を擦り合わせるような嫌な音が聞こえた。ハンナたちを殺すべく、天から送り込まれた化け物が鳴いているのだ。
騎士の一人が悲鳴を上げ、逃げ出す。周囲に散らばった土塊と肉片で足元をすくわれ、反乱狂になっている。
「大砲、いや……大弓でも良い。今からでも遅くない。取りに行こう!」騎士の一人が叫び、ハンナもそれらの武器を探すように視線を彷徨わせる。本当は知っていた、そんなものはここにはないと。
「しっかりしろ!」近くに居た老騎士の声に、ハンナはハッとし、恐怖を押し殺す。拳を握り、震えを無理やり止める。
大切な人を守ると決めたんだろ。もう二度と後悔しないと決めたんだろ―
今、ここで出来ることをするしかない。
ハンナは背に手をやる―背には巨大な鞘。そこに収まっている剣は自身の背丈ほどもある。
―これで奴を斬り殺す。今はそれだけを考えろ
がしゃがしゃ、と音は少しずつ大きくなっていき、音の正体はその歪な形を晒した。巨大な人型の怪物。その身体は小山のように大きい。
「行きます」
ハンナは深呼吸し、怪物に向かい、駆け出した。
脳裏に描き出される未来―
怪物に肉薄し、《力場》を発動する。《力場》それは使役する神秘の力であり、鉄を浮かび上がらせたり引き寄せたりする異能。
怪物を斃すには、頸を斬り落とさなければならない。だが、そのためには身体を飛翔させなければならない。
ハンナの脳裏で幻視が広がっていく―《力場》を使用、装備した鎧を媒介とし、身体を大きく浮かび上がらせる。豪風で吹き上げられたかのような加速を伴う飛翔。そして、怪物を見下ろす/鞘から大剣を抜く/怪物の頭に叩き込む。
やれる―ハンナは確信し想像を止める。《力場》を発動。前方向に身体を加速。怪物へと向かっていく。
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