踏み出せ一歩
「深沙季。ごめん、あんまり、考えたくないのかもしれないけどさ、話しておきたいことがあって」
「義兄さん、どうしたの突然?」
おれが久しぶりにMMOをプレイしてギルメンと話をした翌日。兄が真剣な表情でおれの部屋の前へとやって来ていて、話がしたいと言ってきた。
「とりあえず部屋に入るよ。嫌だったら、追い出してくれて良いから」
……おれが義兄を部屋から追い出すなんてこと、基本的にないんだけどな。
義兄と過ごす時間は楽しいし、別段不満などはないから。
「それで義兄さん、話って?」
「深沙季の、将来のことについて。深沙季が今、どう考えてるのかとか、知っておきたくて」
……なるほど。
大方、昨日のギルド内での会話で、思うところがあったんだろう。
『さばきんぐ』も言っていた。事情があろうが、無職は無職、と。
いくらいじめられて引きこもったって事情があったとしても、周りから見て学校に行っていない不登校児であるという事実は揺るがない。
どれだけ仕方がない事情があったとしても、肩書きは変わらない。
『芋猿』さんはフォローしてくれようとしていたが、『さばきんぐ』の言っていることもある程度正しいのだ。
だからだろう。義兄はおれの将来を案じている。
このまま引きこもりで居続ければ、人生ハードモード待ったなしだろうから。
……大丈夫だ。義兄さんはおれに寄り添ってくれる。周りから見れば、取るに足らないような、どうでもいいようなことを目標にしていても、きっとそれを応援してくれるような人だ。
だからおれも、義兄に向き合う。
「私は、外に出れるようになりたいと思ってる…。まだ、義兄さん以外の男の人は苦手だし、外に出るのも、あんまり好きじゃない、けど、このままじゃいけないと思ってるから。それが当面の目標、かな」
「そっか……。なら、深沙季が外に出れるように、俺も協力するよ」
義兄は、一応は納得した、という表情を見せている。
……けど、義兄が聞きたかったのは、この答えじゃなかったんだろう。
おれが外に出れるようになりたい、なんて話は、ずっとして来たことだ。義兄だってそのことは既に知っている。
義兄が本当に知りたいのは、直近の、他人からしたら小さな目標の話ではないのだろう。
きっと、義兄がおれに本当に聞きたいのは、どういう将来設計を考えているのか、だ。
中学校生活はどうするのか。高校はどこに通うのか。大学に通うのか、働くのか。
いつから引きこもりをやめるのか、勉強はどうするのか。仕事は?
……そういう、本当に具体的な将来設計。それについて、義兄は聞きたかったんだと思う。
「義兄さんは多分、私の将来のこと、本気で案じてくれてるんだと思う。けど、今は正直、そんなに将来のこと、考えられないんだ。男性恐怖症は、克服したいって思ってる。本当は学校にも通いたいし、男友達ができたらいいなとも思ってるから。でも、その先のことは、まだ………」
義兄はおれの言葉を聞いてハッとしたような顔をする。
「……良いんだよ、深沙季。時間はまだ、たっぷりあるんだから。そんなに焦らなくて良い。むしろ、俺が焦らせてしまって……その、ごめん。そうだよな。深沙季は深沙季のペースでいいんだ」
明確な答えを出せなくて、申し訳なく思う。けど、これが今のおれの精一杯だ。
将来のことを考えようにも、どうしても男性恐怖症がチラついてしまうし、男性恐怖症が原因とはいえ、長らくニートをしてきているせいで、ニート暮らしに慣れてしまっている。
前世知識で勉強ができたとして、じゃあ働けますかと言われれば、多分無理だ。おれの身体と精神は既に、男性恐怖症が解消されたとしても社会に適応するだけの能力を有していない。
「でも、私、頑張るから」
先のことは、正直何も。今の状態から社会復帰ができるビジョンなんて、何も思い浮かばないけど。
……それでも、おれはこのままヒキニートのままではいたくない。
ギルメンともリアルで顔合わせをしてみたいと思っているし、いつまでも義兄に心配をかけ続けていたくもない。
「……今日、外に出てみる。正直、不安だけど、でも、義兄さんがこれだけ私のことで頭を悩ませてくれてるんだから」
「……深沙季。無理しなくて良い。俺のことだって、気にしなくて良いんだよ。俺は深沙季のこと、妹として大切に思ってる。だから、深沙季のために頭を悩ませるのなんて苦じゃないんだ」
だから、無理矢理にでも外に出る必要はないと、義兄はきっと、そう言いたいのだろう。
どこまでいっても、義兄はおれのことを気遣ってくれている。
おれのことで頭を悩ませている事実は認めつつも、おれがそのことが気にならないように心がけてくれている。
優しいんだ、本当に。
優しいからこそ。
「それじゃ、私の気が済まない。それに、多分今日、私が義兄さんの優しさに甘えて、無理せずに外に出なかったら、きっと今日一日中後悔することになると思うんだ。義兄さんは私のことを考えてくれていたのに、私は何も返せてなかったって。だから、これは私のためなんだ」
今日外に出れば、昨日までのおれよりも少しはマシになれるだろう。
いい加減殻を破らないと。じゃないと、いつまでもこのままだ。
まずは外出に慣れる。そうしないと、将来設計なんてまともにできやしないだろうから。
………具体的な将来像を持てば、義兄さんの不安も、多少は改善される。優しい義兄さんが、おれのために頭を悩ませることはなくなるのだから。
そのための努力はしないと。
「……わかった。深沙季がそこまで言うなら、今日、外に出よう。俺もついていくよ。でも、無理はしちゃダメだ。少しでも体調が悪くなったりしたら、すぐに俺に言って欲しい。何かあってからじゃ遅いから」
「うん。ありがとう義兄さん」
おれは義兄とともに玄関へと向かう。
外に出る、そのことを考えると、少し憂鬱な気分になってしまう。
別に外に出る機会は、引きこもってからも何度かはあった。でも、だからって完全に慣れるわけじゃない。
足がすくむ。胸が痛い。お腹も痛くなってきた。
けど、今は隣に義兄がいてくれる。
怖がる必要なんて、ない。だから……。
「あれ? 深沙季、外に出るの?」
「舞…」
「そっか。ねえ、それならさ、せっかくだし……」
「?」
「メイク、してみない?」
………メイク、か。確かに、身だしなみを整えれば、多少は周りの視線というのも気にならなくなるのかもしれないし……。
正直、今まではメイクをして綺麗になってしまったら、またあのときみたいにおれを襲う奴が出てくるかもしれないと思って、抵抗感があった。けど、隣に義兄がいてくれるなら、前ほどその懸念はないように思える。
「義兄さん、あの……」
「深沙季がしたいようにすればいいよ」
義兄はどこまでもおれの意思尊重してくれる。おれがやりたいと言ったなら、きっと、義兄は否定せずに優しく見守ってくれるのだろう。
「舞、メイク、お願いしてもいい…?」
おれは舞にメイクのお願いをする。恥ずかしながら、メイクの仕方なんてさっぱりで、おれ1人じゃ手も足も出ないのだ。
「オーケー。ちょっと時間かかると思うけど、せっかくのデートだもんね。恥ずかしくないように、ちゃんとお姉ちゃんがおめかししてあげるからね〜!」
「デっ………」
「う〜ん? 何顔赤くしてるの〜? 別に家族でデートなんて普通のことだと思うけど、そんなに照れるようなことなのかな〜?」
舞はおれに耳打ちしてそう言ってくる。
そ、そうだ。
家族でデートなんて、普通のことだろう。
別に動揺なんてしてない。
あれだ、外に出なさすぎて、友達デートとか、姉妹デートとか、そういうことをする機会がなかったから、デート=恋人のイメージがあって、それで………。
って、ちがうちがう!
何を考えているんだおれは。
と、とにかく!
せっかくの機会だ。この前買った衣服と、舞ベストエンジェルの天使的なメイクで、少しでも自信をつけて、何としてでも今日外に出る!
それが、おれの脱ニートへの一歩になると信じて。




