ひきこもりにも事情あり
『じゃあ、本当に姉妹の“それ”は誤解だったってことで良いんだよな?』
『まあ、流石に血の繋がった姉妹でそういう関係になってるとは思いませんよ。まい……片方の妹の方は面白がって揶揄ってる感じだったので、本当に勘違いだったんだなって』
『よし』
よかった。義兄の誤解は解けてるっぽいな。ふぅ。今日に限っては義兄がギルメンで助かったと思う。じゃなければずっと義兄に誤解されたままなんじゃないかとビクビクしながら過ごすことになってたわけだし。
『よしって、ヒキニーさんって姉妹百合好きなんじゃなかったっけ……?』
あーそういえば、姉妹百合最高! 姉妹百合最高! とか言ってた気がするな…。
確かにおれは姉妹百合結構好きだけどさぁ。おれと舞がそういう……、家族の枠を超えちゃうのは違うんだよな……。家族としての百合なら許容範囲だが。
でも、今のおれはヒキニーおじさんだ。ここで舞との姉妹百合はダメ! えっちなのはダメ! なんて言ってみろ。『ミンク』である義兄に『ヒキニおじさん』が葉風深沙季であるとバレてしまうではないか!
ここは何か弁明をする必要がある。何か弁明を……そうだな。
『創作上の姉妹百合は好きだが、現実で血の繋がった家族でそういう関係はよくないだろ? そこらへんの分別はあるんだ。おれは』
『まあ、流石に近親はまずいよね』
うん。実際にそれはやばいと思う。
ったく、舞のやつめ。いらぬ誤解を招くような行動をしやがって……。
いくら最高に可愛くて天使で神をも魅了する美貌を持った天才妹だからと言って、やって良いことと悪いことがあるだろうに。
まあ、それに付き合ったおれもおれなんだけどさ………。
『なるほど。実の家族をそういう目で見ているのか。無職の考えることは恐ろしいな』
『げっ……さばきんぐ……』
『やっほーひきにん。なんか最近ログインしてないってきいとったけど、とうとう就職でもしたん?』
『芋猿さん……』
おれと『ミンク』が話しているところに、先程ログインしたのか、おれこと『ヒキニおじさん』のガチアンチである『さばきんぐ』と、あんまり絡んだことのない『芋猿』さんがやってきていた。
『芋猿』さん自体は気さくな人なんだけど、この人は『こっぺー』さんがいるといつも『こっぺー』さんと2人の世界に入り出してしまうので、単独でいる時しか話しかけられないのだ。
『さばきんぐさん、ヒキニーさんに俺が近況を話していただけで、ヒキニーさんは別に何もしてないですよ』
『何もしてない。そうだろうな。働かずに家で引きこもってゲームしてるんだから。当然だろ』
『はっはっは! 言えてるなそりゃ。ま、ひきにんにはひきにんの事情があるんやろ。な、ひきにん』
『ミンク』がおれのフォローをし、『さばきんぐ』が言葉の揚げ足取りみたいなことをし出した後に、『芋猿』さんが場の空気が悪くならないように明るく振る舞ってくれる。
ありがたいことだ。コミュ障のヒキニおじさんにとっては、こうやってフォローに回ってくれる人がいると大変話しやすくて助かる。
『事情は知らんが、無職は無職だ。怠惰で無職になろうが、パワハラで退職して無職になろうが、肩書きは変わらないだろ』
まあ、それはそうなんだよなぁ。周りから見れば、引きこもりニートしてるって事実は変わらないわけで。どんな事情があっても、結局は自分が何か行動を起こさないといけない。
だからこそ、今おれはちょっとずつでも変わらないといけないって思ってるわけなんだから。
『さばきんは厳しいなぁ〜。ま、人には人のペースってもんがあるんや。それに、肩書きが同じでも違うことはあるで。同じ高校生って肩書きでも、通ってる高校によって偏差値はちゃうやろ? さらに言えば、偏差値が低い高校に通ってたって、その中でどれだけ努力してるかによって、人の評価ってのは変わってくるもんや。簡単に一括りにして語れるもんやないで、肩書きって』
『芋猿』さんは、『さばきんぐ』が高校生だからか、わかりやすく高校生という例を出して『さばきんぐ』を宥めつつ、おれのフォローをしてくれる。うん、あんまり関わったことないけど、この人いい人だ。
『確かに、俺のように優秀な高校生が、低レベルな高校生と一緒くたにされるのは真っ当な評価とはいえないしな』
『さばきんぐ』って優秀なのか。頭良いのかな? 頭良くて運動できる文武両道型なのかもしれない。だからこんなに傲慢な感じなのかも?
『さばきんぐさんは、確かに優秀なのかもしれません。でも、世の中には、何でもかんでもこなせる人ばかりじゃないんです。事情があって、うまいこと行かない人だっている。うちの妹だってそうです。………同級生の男に酷いことをされなければ、今頃元気に学校に通えていたかもしれない。そんな子に対して、同じことが言えますか?』
『……そうか。ミンクの妹は……そうだった。悪かった。そんなつもりじゃなかったんだ』
『ミンク』の声には、少し怒気がこもっていたような気がした。
うちの妹……おれのことだろう。義兄はおそらく、おれのために『さばきんぐ』に怒ってくれた。普段の『ミンク』は温厚で、ギルメンと喧嘩したりするような人ではないはずなのに。
というか、見た感じおれの事情はギルメンに伝わってるっぽいな。おれが知らん間に『ミンク』が皆に話していたんだろう。
『まあまあ、さばきんもちょっとしたいじりのつもりで言うただけやろうし。ほら、ひきにんはいっつもさばきんに言い返すやん? 会話のキャッチボールみたいなもんや』
『まあおれも別に気にしてないんで。さばきんぐはこれが通常運転だし』
『そろそろ仕事については気にし出した方がいいと俺は思うけどな』
『おう、働き出してから言えや』
『そっちもな』
まあ、『さばきんぐ』はおれに対してあたり強いけど、多分いじりが激化してるだけなんだろうなって感じがするし、本気でおれと口喧嘩してやるぜってわけでも(多分)ないから、おれは大人として『さばきんぐ』の口撃を受け流してあげているのだよ。
『ごめんなさい。ちょっとムキになっちゃいました』
『ええよええよ。妹さん大事にしとんやろ? いいことやん』
『ミンクの妹は事情が事情だからな……。流石にミンクの妹に学校に行けと言える程、俺は心を鬼にできない』
その妹おれなんだけどな。ギャハハ!
………おれが正体明かしたら、こいつどんな反応するんだろうなぁ。ごめんなさいって謝ってくるのかな? 滑稽。滑稽。
ま、正体を明かすつもりは一切ない。だって正体バラしたら自動的に義兄にも知られることになるわけだからな。それは避けなければならない。
『こんにちはー。何話し中です?』
と、雑談していると現役大学生の『ララ』さんがログインしてきた。
『って、ヒキニさんじゃないですか! お久しぶりです』
『おー久しぶりー』
そっか。なんだかんだで久しぶりのログインなんだな。服を買いに行ったり、義兄とゲームしたり、舞といちゃついたりしてたし、部屋で1人の時もバトクエのレベル上げやったりしてたからなぁ。
『それで何のお話してたんです?』
『とうとうヒキニーが近親相かn』
『違うわい! やってない! やってないからな!』
『やったんはミンクくんやっけ?』
『えぇ! 俺もやってないですよ!?』
『何がどうなったらそんな話になるんですか………』
おのれ『さばきんぐ』め。事態をややこしくしおって……。
『ララ』さん普段優しいのにちょっと引いちゃってるじゃん。
『妹の話ですよ。その、俺って双子の妹がいるじゃないですか。2人が凄く仲良くしていたのを見て、勘違いしてしまって……』
『それで2人が交わってると? だいぶ失礼な勘違いしとるなぁ』
『うっ……。それは、そうですね。普通の姉妹の距離感とか、いまいちよく知らなかったので……』
『あーねー。まあ、人によって距離感ってピンキリですからね〜』
まあ、あれは明らか舞が悪いよ。いや、乗ったおれもおれなのかもしれないけど、うん。でも舞が悪い。そういうことにしておこう。
『んでま、あとはいつも通りさばきんがひきにんにつっかかって、そっから引きこもりの話題がちょっと出たくらいや。珍しくミンクくんがちょっとおこっとったで』
『すみません……』
『いや、あれは俺も悪かったしな……』
『ミンクくんが? 珍しい……』
まあ、おれも『ミンク』がゲーム内でキレた姿は一回も見たことがなかった。普段は本当に温厚な人なのだ。
だから、義兄が本当におれのことを大切に思ってくれているんだなってことが伝わってきたんだけど。
………思い返してみると、少し恥ずかしくなってきた。今は『ヒキニー』だからいいけど、葉風深沙季としてここにいたら、多分恥ずかしすぎてもうギルメンと絡めないかもしれない。
『あー。俺がいつも通りヒキニーをいじっていたら、妹の話と重なったらしくて、それで……』
『あー……。あの男性恐怖症の……』
今思ったけど、この状況もまあまあ恥ずかしくないか?
当の本人がいるとは知らない状態で、おれのことをベラベラと話すギルメン。
これ、おれはどういう反応すればいいんだろうか?
『ヒキニーはともかく、ミンクの妹への配慮が足りなかったと思ってる』
『いいよ別に。悪気があって言ったわけじゃないだろうから』
おれには悪意マシマシだったけどな!
『おれにも配慮しろよ』
『しない。黙れ』
『おい!』
こいついつか絶対ぼこす!
『ミンクくんの妹さんの話は、いつ聞いても腹が立ちますよね……』
え……『ララ』さん、もしかして……。
男にいじめられたくらいで引きこもるとか軟弱すぎて腹立つわーって思われてる!?
そんな! おれは『ララ』さんのこと信じてたのに!
いや、まあ流石にね。
『好きだったから襲うって……何それって感じですよ。本当に好きなら、そんなことしないはずですし。本当腹が立って仕方ないです』
ははは……。まあ、おれは許してるからいいんだよ。いや、あの野郎の顔は二度と見たくないし、一生おれの視界の入らないところで生活してほしいとは思うけどね。
でも、そっか。
ギルメンは皆、葉風深沙季のことを心配してくれているんだな。
流石にヒキニーが深沙季なんです! とは言えないけど。
でも、いつか。
葉風深沙季として、ギルメンの人とリアルで会うことができたら、きっととても楽しく過ごせるんだろうな。
……そうだな。
とりあえずはそれを目標にしよう。
外に出歩けるようになって、義兄についてもらいながら、ギルメンの人とオフ会をする。
………ヒキニーを打ち明ける勇気は、流石にないけど。
でも、こんな良い人たちなら、きっとリアルで関わっても楽しいはずだから。
『楽しみだな』
『何がです?』
『就職の話か?』
『いや、何でもない』
『何でもなくはないだろ。まあ、無職だし何者でもないとは言えるが』
『社会を経験してないひよっこが言いよるな……』
『社会不適合者に言われてもな……』
………やっぱ『さばきんぐ』はいいや。