優等生の裏の顔
「深沙季、どうかな、ボクと一緒に過ごす時間は。たまにはこういうのも、悪くないだろう?」
「まあ、ぅん。そうなんだけど。うん……」
さて、今日は義兄が家にいない。学校があるためだ。おれは普段から引きこもっているので、平日でも土日でも常に休日みたいなもんなんだが。
そう、だからおれが家でぐうたらしながらゲームしていることには、何ら問題はない。
じゃあ、目の前にいる顔のいいショタは、なぜ学校に通っていないのか。
彼が学校に通っていないから? NOである。
じゃあ、彼が学校を休んだから? YESである。
そう、彼はわざわざおれのために学校を休んで、こうして家でゲームを一緒にして過ごしてくれているのだ。凄く優しい。ちゅき。
え、お前男性恐怖症じゃないのかって?
大丈夫、彼にはおれの男性恐怖症は発動しないのだ。
だって、彼はおれにとって特別な存在だからだ。
何者にも代え難い、家族だからだ。
そう、彼の正体は……。
「舞、そろそろそのキャラやめない? なんか接しにくいというか……」
「何言ってるんだい深沙季。深沙季が男性恐怖症を克服するためには、男性に慣れる必要がある。なら、ボクのような男装女子と接することで少しずつ耐性をつけていくことが1番手っ取り早いと思うんだけどなぁ」
我が妹、葉風舞である。
何故か舞は時折こうして男装をして、顔のいいショタに変身し、おれの男性恐怖症の克服を手伝おうとしてくれるのである。
実際効果があるのかというと、正直わからない。
男装女子って結局女子なわけだし、男性とはまた違うような気もするからなぁ。
まあ、舞は舞なりにおれのために頑張ってくれているのだ。その思いを尊重して、おれは舞の男子ごっこに付き合っているというわけだ。
でも流石にあのキャラを続けられると疲れるというものである。男子だとか男子じゃないとか関係なく、普段普通に接している相手がキャラ変して接してくると普通に対応しにくいのである。少なくともコミュ障引きこもりニートなおれは対人能力が皆無だから厳しい。
「男性と接しにくいからって、男装を辞めさせようとするのはよくないな。それに、今のボクは舞じゃない。マオと呼んでくれ。今日は深沙季の家族としてではなく、1人の男友達として深沙季と接したいんだ」
別に舞及びマオに対して男性だから接しにくいとか、そういうのは生じないんだけどなぁ。そもそも男性じゃないし。
まあ、いいか。舞がおれのためにしてくれていることなのだ。それに対していちゃもんをつけるよりも、素直に受け入れて対応してあげるのが兄兼姉の勤めというものであろう。
「わかったよマオ。私とマオは異性の友達。そういう設定で」
「いや、やっぱ今の無しで。友達はやめ。そうだね〜……。そうだ! お兄ちゃんはどうかな?」
「は?」
舞がおれのためにしてくれているからと甘んじて受け入れようとは思ったが、あろうことか舞のやつ先程提示してきたはずの設定をかなぐり捨て、兄妹設定で押し通そうなどと言い出した。おれの男性恐怖症解消のためなら、兄妹ではなく異性の友達の方が適切なんじゃないかと思うんだけどな…。何なら兄はもういるし。
「舞、兄設定は流石に無理があるって……」
「違うでしょ深沙季。マオお兄ちゃんって呼ばなきゃ。ほら、はやく」
どうして我が妹(姉)はここまで意固地になっているのだろうか。おれの男性恐怖症解消のためにしているのならば、設定なんてそこそこにして、そこまで練らなくてもいいんじゃないかとも思うんだが。
本格的に演技しないと、おれが舞を男だと認識できないからだろうか?
それとも。
「マオ兄上じゃダメ?」
「面白おかしくして誤魔化そうとしてるでしょ? それは駄目だよ。ちゃんとマオお兄ちゃんって呼ばないと。少し長いから、名前は呼ばずにお兄ちゃんや兄さんと呼んでもいいよ。ほら、どうぞ」
多分、そうかな。
おそらく舞は、嫉妬している。おれにではない。おそらく、義兄に。
先日も舞に外に行こうかと提案された際、おれは義兄に舞への断りを入れてもらって義兄と一緒に部屋でゲームをするという選択をした。
それはつまり、舞よりも義兄の方を優先したということになる。
舞は、今までずっと一緒に過ごしてきた双子の妹が、つい最近家族になったばかりの義兄と自分よりも仲良くしているのを見て、 義兄に対抗意識を持っているのかもしれない。おれも実際、舞と義兄がおれを放って仲良くしていたら嫉妬してしまう気がするし、対抗意識も燃やしてしまうだろう。
そう考えれば、やたらとお兄ちゃんと呼ばせたいと考える舞の行動について説明がつくというものだ。
まあ、仕方がない。妹のジェラシーを解消させてやるとするか。
これでもおれは心の中では舞のお兄ちゃんなので。妹のわがままには応えてやらないとな。
「はあ。わかったよお兄ちゃん。それで、これから何するの?」
「ぐふぐふぐへへへへ……。お兄ちゃん呼びキタァ………」
人当たりが良く、どんな人でも魅了できるスクールカースト最上位系陽キャ女子がしていい顔じゃない顔をしてる……。うちの妹ってこんなに気持ち悪かったっけ?
いや、おれも舞に対してこんな態度をとってしまっている可能性がある。人のふり見てなんとやらというやつだ。おれも今後舞と関わるときは気持ちの悪い笑みを浮かべないように心がけることにしよう。舞みたいな美少女陽キャ女子でも気持ち悪くなるのだ。クラスカースト最底辺のコミュ障陰キャならもっと気持ち悪い笑みになってしまうに違いない。
「で、何するの?」
「会話するときは絶対一文に一回は“お兄ちゃん”という単語を入れて欲しいかな。ほら、他の人がいたら、誰に話しかけてるのかわからなくなるからさ」
いちいちお兄ちゃんって呼ばせるの面倒くさいな。いや、普段おれのこと気にかけてくれてるんだし、できるだけ要望には応えてあげたいんだけどさ。
「今2人っきりだから大丈夫だと思うけどなぁ」
「お兄ちゃんは?」
「2人っきりだねお兄ちゃん」
「うん! そうだね!」
舞が滅茶苦茶嬉しそうな顔をしている。そんなにお兄ちゃん呼びが嬉しかったのか。じゃあ舞もTSしてみるかい? ぶっちゃけ舞ならTSしてもさらっと生きてのけるような気がするし。
「それで、何するの?」
「いちゃいちゃしよっか。ちょうど深沙季の部屋のベッドが空いてるし。一緒に寝よう!」
「兄妹設定で最初にやることがそれってちょっとズレてるんじゃないかなお兄ちゃん」
普通の兄妹ってそんなにベタベタするもんなのかね? よっぽど仲良い人はベタベタするんだろうけど。
ま、いっか。
とりあえずベッドに入って。
「それで、どうするのお兄ちゃん」
「抱きついて寝る!」
寝る、のか。それ、兄妹設定関係あるかな? 寝たら設定もクソもないと思うんだけど……。まあ、それが舞のやりたいことなら、全然良いんだけどさ。
「あの、ま……お兄ちゃん、足絡ませるのはやめて欲しいんだけど……。暑苦しくて」
「たまには良いんじゃないかな。ほら、せっかくの休みなんだし」
「ちょ、くすぐったいって……」
「“お兄ちゃん”は?」
「くすぐったいよお兄ちゃん……」
何の拷問ですかこれ。いや、本当に人肌って暖かいを通り越して暑いんですよ。ベッドに転がるだけならまだしも、布団を被った上だと汗もかいちゃうわけですよ。
あと人の肌って触れるとくすぐったくない? こそばゆいというか、なんというか。
「じゃあもっとくすぐったくしてあげるよ。えい」
「ちょ、舞………お兄ちゃん、くすぐったいから、ほんとに」
お腹をくすぐるのはやめてくれ。くすぐりに弱いんだおれは!
ちょ、そこ、ダメだって〜!
「深沙季ー、この間買ったって言ってた新作ゲームの話なんだ……けど……」
「へ?」
………義兄さん?
なんで、学校は…?
時計、時計は……。
学校、終わってる時間じゃん。
というか、今の状況どうなってる?
おれと舞は、ベッドの上で、絡み合って、くすぐりあってて。
………別にやましいことはしてない、してないんだけど……。
なんか、衣服は少し乱れているし、これって……。
「あ、ごめん。邪魔したみたい。俺は何も見てないから……」
「待って義兄さん! 誤解! 誤解してるって!」
「誤解じゃないよ〜。私と深沙季は深い交わりを……」
舞が面白がって状況をややこしくしようとしてる!?
やめろー! おれの尊厳がー!
「義兄さん待って! これにはわけが!!」
おれの呼び止めには応じず、義兄は自室へと入っていく。
「誤解されちゃったね〜」
「oh my god…」
このあと、義兄の誤解を解くのには苦労した。