休日ゲーム日和
「ここはバリア……かな」
「やっぱマホコはサポートだよね。俺もバトクエをやる時はマホコは魔法アタッカーじゃなくてサポートに回す派」
「正直、バトクエは物理攻撃正義なゲームだからね。魔法攻撃を使うメリットがあるのは、物理攻撃が効きにくい鋼鉄マンと戦う時くらいで良いし。正直自然とマホコはサポート役になると思う」
バトルクエスト。大人気ターン制コマンドRPGで、既に何作かでかいタイトルの出ている超有名ゲームである。何故そんなゲームをプレイしているのかというと、おれの義兄が突然、『深沙季、一緒にゲームでもしない?』と誘ってきたからだ。
ただ、おれの場合、今世で友達なんて微塵もいなかったもんだから、マルチプレイができるようなゲームは持っていない。
それに、FPSとかそういうゲームはそんな得意じゃない……というか、そもそも現実逃避としてゲームをしているわけであって、情熱や向上心を持ってゲームをプレイしているわけではないため、ああいう努力を要するタイプのゲームは苦手なのだ。それに、FPSだと他の人との連携力も求められる。引きこもりニートのおれには難しい話だ。
というわけで、選択肢としては、スマホとかでできる無料のゲームとかからマルチプレイできそうなものを探すか、家にあるゲームを片方がプレイして、もう片方がそれを見るという形にするか、の二択となるわけだが、当然スマホでできる無料のゲームでかつマルチプレイができるゲーム、とそこまで絞ると、中々そんなものは見つからなく、仮に存在するとしてもクオリティの是非は分からない。
以上のことから、後者の片方がゲームをプレイし、もう片方がその光景を見る、という形をとることになった。といっても、おれが普段やるゲームといえばMMOになるため、MMOをプレイすることになると、『ミンク』である義兄に、おれが『ヒキニー』であるということがバレてしまうことになる。
それは流石に困る。これでも義妹として接してきたのだ。ネット上ではおっさんとして振る舞ってるなんて知られるのは流石に厳しいものがある。
というわけで、おれは家にあったゲームの中から、義兄が知ってそうな、いや、知っているはずのゲームを選んでプレイすることにした。
『ミンク』の時に話したこともあるし、おれの記憶が正しければ、義兄は知っているはずだ。
「ちなみにメインアタッカーは?」
「俺はサブー派かなぁ。自分は脇役でいいっていってる奴が前線張る感じになるのがなんかいいなって思うから」
確か『ミンク』の時もそんな話をしていた気がするな。にしても、サブーか。
サブーは、序盤から仲間になる半分相棒みたいなポジションだ。ただ、大抵のキャラクターはその力の根源に秘密が隠されているのに対して、サブーは特別な力を何も持っていない。序盤こそキャラが揃っていないので、サブーの存在はありがたいものの、終盤になるにつれ、他のキャラクターとのステータスの差が現れてくることになるため、正直メインアタッカーとして使うのは難しいキャラだ。
「普通は主人公か、攻撃のステータスが高いゴッスン辺りをメインアタッカーとして運用すると思うんだけど、義兄さん、ちょっと変わってるね」
普通はサブーを採用すらしない。パーティの人数は決まっているし、通常プレイでもサブーを採用してストーリークリアを目指そうと思うと、他のメンバーを採用するよりも要求レベルは必然的に高くなるし、キャラ毎に覚える魔法などは決まっているので、サブーを採用する分使えない魔法が出てくることになる。勿論サブーも魔法を使えるものの、そのほとんどが他のキャラも使えたり、他の魔法で代替可能なものになってしまっている。
だからこそ、サブーをアタッカー採用しているという義兄は、バトクエの世界観に入り込んで、キャラ1人1人を愛していて、心の底からゲームを楽しんでいるんだろうなと思う。キャラ愛着以外で、サブーをアタッカー採用するなんて、縛りプレイ以外ではあり得ないし、仮に縛りプレイだとしても、縛りプレイをする時点でバトクエ好きであることには変わりない。
『ミンク』の時からそうだけど、ちゃんとゲームが好きで、愛を持ってゲームをしているから、おれは義兄のことを好ましく思ってる。おれだって現実逃避でゲームしているとは言ったが、ゲームに愛を持って接しているし、大好きだし、現実逃避じゃなくてもゲームはしたい。まあ、情熱や向上心があるかって言われると、それはない、あるのは愛だけだって感じなんだけど。
「さ、そろそろ“地底の王”戦だ。流石にこいつ相手にはマホコ必須かな」
「“地底の王”カッコいいよね。専用bgmも相まって強者感が半端ない」
「わかる! やっぱり義兄さんはわかる人だね!」
“地底の王”は、メタ的な視点で見れば中ボス的なポジションに当たるが、実際はラスボスと同格か、それ以上の格付けがなされているキャラで、ファンからも愛されている敵キャラだ。
まあ、対処法はあるんだけどね。マホコが覚える魔法、『テラテラ』があれば、“地底の王”の行動を制限することができる。“地底の王”は地底に住んでいるので、日光に弱く、『テラテラ』は魔法による擬似日光を出現させるという効果であることから、“地底の王”に効果覿面なのだ。
といっても、弱点があってなおかっこいいのが”地底の王“なんだけどね。
「マホコには”テラテラ“……と、正直マホコの”バリア“なし状態で他キャラ行動させるのはリスキーだから、全員防御で…」
「深沙季も安全に立ち回る派なんだ」
「万が一キャラがやられた時、立て直しが難しいし、それに何より……やっぱり仲間死なせるのって、何か嫌じゃない?」
「確かに、仲間死なせちゃうと罪悪感生まれるんだよなぁ」
蘇生魔法は存在するし、別に仲間が死んでも立て直しは可能だけど、やっぱり自分の指示ミスで死なせてしまったなという感情はどうしても湧いてくるものである。できれば仲間を死なせずにボスを討伐したい、というのがおれのプレイスタイルだ。
………『ミンク』と接していた時から思っていたけど、おれと義兄のプレイスタイルや、ゲームに対する価値観は似通っているらしい。おれの考えを他の奴に共有すると、例えば仲間を死なせたくないって部分では、いや、ゲームなんだし、所詮データだろwとか、そういう冷める返しをされることもまあよくあるわけだけど、『ミンク』にそれをされたことはない。
だからだろうか、義兄と一緒に過ごすのは、なんだか……居心地が良い。
隣にいて安心するような、そんな感じがする。
男性恐怖症が発生しないのも、それが理由なんだろう。
と、そんな風に思考を巡らせていると、ドアのノックをする音が聞こえてきた。
義兄は部屋にいるし、両親は不在のはず、となれば……。
『深沙季〜! 外出しない? せっかく洋服も買ったんだし!』
舞だ。マイベストエンジェル。もはやmy通り越して舞ベストエンジェル。自分でも何言ってるかわからないが、とにかく脳内IQが著しく低下するくらいの影響力を持つウルトラハイパースペック陽キャ美少女の天才妹が、おれの部屋のドアをノックしていたようだ。
舞は先日おれが洋服を買いに出掛けてから、やたらと外に出るように勧誘してくるようになった。
勿論、舞がおれのためを思って外出に誘ってくれているのはわかってる。けど、一回外に出たからって、じゃあ次もすぐに外に出れるねって思えるほど、世の中は甘くないのだ。
あの時は確かに出れた。けど、じゃあ今日も出ようなんて、引きこもりニートしてネトゲやってるようなおれにはとてもハードルの高いことなのだ。
『ねえ深沙季ー。お姉ちゃんって呼ぶかー、外に出るかー。どっちが良い?』
うぅ……扉越しに舞の声が届いてくる。舞のそれは善意だってわかってる。わかってるからこそ、断りづらい。でも、正直今外に出ようなんてすぐ思えるほど、おれのメンタルは強くない。
正直、出たくない。このまま部屋で義兄とゲームをしていたい。
いつかは出なきゃいけない。そんなことわかってるけど、でもすぐには無理だ。そんなにポンポンと外に出て引きこもり克服よっしゃオラァなんてできてたら、引きこもりニートになんてなってないのだ。
つらひ。
「……ちょっとまってて」
義兄はおれの様子を見て、何か思い立ったかのように立ち上がり、おれの部屋の扉前まで行く。
もしかして、外に出る?
おれとのゲームの時間は、もう終わりなのだろうか……。
おれのためだってのはわかってるけど、でも……。
もう終わりっていうのは、少し寂しいな……。
「舞、深沙季は今日はあんまり外に出れそうな日じゃなさそうなんだ。あと、今日深沙季と家でゲームするって前々から約束してたから、申し訳ないけど、外出はまた今度の機会にしてくれないかな?」
「そうなんだ。うーん、約束してたんなら、仕方ないよね。じゃあ、また次の機会にしようかな。それじゃ、私は遊びに行ってくるね!」
「うん。せっかく誘ってくれたのにごめん」
舞はそのまま、部屋の前から去っていく。
前から約束していた……のは事実だ。けど、今日って定めてたわけじゃない。せっかくだし今日やる? みたいな話にはなったけど、でも、あらかじめ今日だって決めてたわけじゃない。
だから、舞の予定に合わせても良かったんだ。けど、義兄さんは、おれが外に出たくないってこと察してくれて……それで気遣ってくれたんだ。
「ごめん、義兄さん。気をつかわせて……」
「別に、俺が深沙季とゲームしたかったっていうのも本当だし。それに、この前外出したばっかりだし、こういうのはちょっとずつで良いんだよ。ちょっとずつで。そんなに急がなくても良いんだ。深沙季のペースで、ゆっくり進めれば良いんだから」
やっぱり、義兄はおれの気持ちを理解してくれてる。おれの欲しい言葉を、優しい言葉を、かけてくれる。
「そっか……。ありがとう」
「お礼言われるようなことはしてないよ。俺が深沙季と一緒に過ごす時間を大切にしたかったのも事実だから」
「一緒に……うん……そうだね……」
義兄と一緒に過ごす時間は楽しい。
義兄の方も、そう思ってくれていたみたいで、なんだか嬉しい気持ちになる。
「っと、そういえば、“地底の王”戦の途中だったっけ?」
「あ、うん。とりあえず今、初ターンでマホコに“バリア”を張らせたところで……」
……義兄のためにも、また今度、少し外に出てみる決断をしてみても良いかもしれないな。
ちょっとずつとは言っても、それで何もしなさすぎるのは、よくないと思うから。