外見
一度義兄と話したあの日から、おれは日常的に義兄と話す時間を作るようになっていた。一応、義兄と関わることによって男性恐怖症を解消していきたいという理由もあるが、正直どちらかっていうと話していて楽しいから普通に話したいっていう気持ちが大きいから義兄に話し相手になってもらっているというのが正しい。男性恐怖症解消はどちらかというと表向きの理由になってしまっていると言われると否定はできない。
だって仕方ないじゃん? 妹の舞は友達と遊ぶので忙しいから、話し相手になってくれるのはたまにしかないわけだし、両親はどちらも仕事で忙しい。その点、義兄は部活もやっておらず、友人と遊びに行くことも基本的にはしないらしいから、帰宅も早めなわけで。
それに、義兄は聞き上手なのだ。おれがペラペラと話しているのを、相槌を打って反応してくれる。最初の方は扉越しでの会話で、ただでさえ聞き取りづらかっただろうに、それでも義兄は、おれの話をぞんざいに扱うことはなく、一生懸命に耳を傾けてくれていた。おれの話した内容はちゃんと覚えていてくれるし、かと言って常に受動的でいるわけじゃなくて、たまに向こうからも話を振ってくれるからありがたい。
「深沙季ってよく漫画とかゲームの話してるけど、服とか、そういうのには興味ないの?」
「だって外出ないし………」
「別に家でも着飾ってもいいと思うけどなー」
「お……私そんな可愛くないし」
前まではファッションとか、化粧とか、そういう女の子っぽいことは全面的に無理って思ってたんだけど、最近は別にやってみてもいいのかなって気持ちが湧いてきてる。人と話すのは、意外と精神衛生に良い。だから、義兄と話すことによって、おれの心に余裕ができ、女の子っぽい振る舞いへの抵抗感が薄まってきているんじゃないかとおれは個人的に思ってる。
「義兄さん的にはどういう服がいいと思う?」
ちなみに、おにいちゃん呼びは流石にハードルが高かったため、今は義兄さん呼びに落ち着いている心理的におにいちゃんって呼ぶのはやっぱちょっと抵抗があるね、うん。
「深沙季ってあんまり自覚ないかもしれないけど、客観的に見て可愛いと思うし、何でも似合うと思うよ」
「そ、そう?」
「個人的には、清楚っぽい服が好みだけど、深沙季の好きな服が1番だよ」
なるほど、清楚系の服ねぇ……。確かに、いきなり派手な服はハードルが高いし、それもいいかもしれない。けど、あんまり目立ちすぎるのも……。いや、でもこれもチャレンジだ。清楚系……清楚系かぁ……。
と、いうわけで、とりあえずおれは、女の子として先輩である双子の妹、舞を頼ることにした。陽キャの彼女のセンスになら、安心して任せることができる。
「ふーん。それで? 服を一緒に見に行って欲しいって?」
何故か舞の口角は上がっていて、何か面白いモノでも見ているかのような顔になっているが、まあ大方、猫の癒し動画でも見て癒されていたんだろう。じゃないとこんな腑抜けた表情を舞がするはずがない。
「まぁ……うん。ちょっと外に出る機会あるかもしれないし……さ……」
「ふ〜ん? へぇ〜? おっけー! 私もちょっと服屋さん寄りたいって思ってたから、丁度いいや。美雨も呼んでいい?」
「うん」
やっぱり今日の舞は少し様子がおかしいな。おれの顔を見て、ずっとニヤニヤしてる。もしかして、おれの顔に何かついてる? 後で鏡見とこ。
「にしても、珍しいね。深沙季の方から外出たいって」
「ずっと引きこもりじゃ、駄目だと思ってるから。だから、まず自分から行動してみようと思って」
「そっか。そう言ってくれると、お姉ちゃんも嬉しいなぁ!」
「え?」
「ん?」
え? ちょっと待って。お姉ちゃんって、おれの方じゃないの?
深沙季が姉で、舞が妹。そういう認識だったんだけど……。いや、そりゃ、今まで妹に面倒見られる姉って情けないなぁなんて思ったりもしたけど…。
「お姉ちゃん、ですか……」
「お姉ちゃん、ですね」
「あれ? 舞が妹なんじゃ……」
「私がお姉ちゃんだけど……?」
「あるえぇ???」
え、じゃあおれ、今までずっと勘違いしてたってコトぉ!? じゃあ、舞の方がおれより先にこの世界でおぎゃおぎゃしたってコトだよね?
うそん。ずっとおれの方が姉だと思ってた。母親も舞もおれのこと名前で呼ぶし、おれもおれで舞のこと名前で呼ぶから、気づかなかった。
「へ? ひょっとして深沙季、自分の方が姉だと思ってたの?」
「うん」
「ひゃー! 道理でお姉ちゃんって呼んでくれないわけだ」
いや、それは関係ないと思う。どっちが上だろうと、多分おれは舞のこと舞としか呼ばないと思うし、仮に双子じゃなく、普通の姉妹関係だったとしても、多分お姉ちゃんとは呼ばないんじゃないだろうか。多分姉ちゃんとかになると思う。まあ、これに関しては前世の意識があるから、お姉ちゃん呼びに抵抗があるっていう理由があるわけだけれど。それ抜きにしても、あんまり舞に姉っぽさがないっていう根本的な理由があることは、内緒のお話にしておこう。
「ね、お姉ちゃんって呼んでみない?」
「何で今更…」
「ねぇお願い! 一回だけでいいから! ね? ね?」
「もういいから、早く店行こ?」
「はっ! あの深沙季が、積極的に外に出ようと…! お姉ちゃん感激!! ……じゃなくて、どうかお姉ちゃん呼びを……」
なんだかんだで舞と美雨に服を選んでもらい、おれは自宅へと帰宅した。
「そんな感じで、その……ちょっと服着てみたんだけど………どう、かな?」
流石にいきなり外で着るのはハードルが高いので、とりあえず家だけで着ることにした。………のだが、せっかく買ったのに誰にもみてもらえないのは勿体無い。ということで、おれは義兄に自身の初ファッションを見てもらうことにした。舞達に選んでもらったのは、白や水色を基調とした服で、まさにTHE・清楚って感じの服になっている。正直、おれには不相応なんじゃないかって気もしなくはないが……。
「凄い………ね。やっぱり深沙季、その、かわいいよ。本当に。ごめん。本当に似合ってる……」
おれの姿を見て、義兄はあたふたと慌てながら、顔を真っ赤にしてしまっている。
流石におれもそんなに鈍感なわけじゃない。これ、照れてるってことでいいよね? 一応、ナチュラルメイクも舞に施してもらっているわけで、今のおれはしっかり“女の子”になりきれている筈だ。だから、普段と違うおれに、義兄は少し取り乱してしまったのだろう。まあ、おれが可愛いってより、舞と美雨のセンスが良すぎたんだろうな。流石陽キャ女子。
「義兄さん……可愛い?」
「うん。かわいい」
あーこれ。いい。
人から褒められるって、こんなに良い気持ちなんだ。
「ふへへぇ〜♪」
おれの頬は思わず緩んでしまう。ちょっとまだ恥ずかしさは残ってるけど、それ以上に、何だか自分に自信が持てた気がする。
多分、義兄さんに言われなければ、自分を着飾ろうとは一切思わなかっただろう。
何だか、この勢いのまま、行ける気がする。
男性恐怖症も、引きこもりも、このままノリで脱却できるんじゃないか、そんな根拠のない自信が、自分の中で溢れ出てくる。
……いや、調子に乗るのはやめておこう。うん。ちょっとずつでいいんだ。ちょっとずつで。
「義兄さん」
「ん?」
「ありがとね」
「……俺は何もしてない。全部深沙季の努力だよ」
「うん。ありがと」
そう、ちょっとずつ、少しずつ。
かわっていこう。