引きこもり系TS小女
おれの名前は葉風 深沙季。前世では男だったんだが、気がついたら女になって転生していた、所謂TS娘ってやつだ。ああ、安心して欲しい。おれは前世でTSモノを漁り続けたTSマスターだ。
動揺はしたが、女になったということに対して、冷静に対処した。
赤ん坊の頃から、母親の仕草を参照し、言葉遣いや振る舞いに気をつけながら成長してきた。
そのため、おれは女の子として完全に擬態しきっている。
メス堕ちなんかは今のところ考えていないが、まあ、良い人がいれば結婚とかも考えてもいいかもしれない程度には考えている。まあ、正直なところ、男と結婚なんて考えたくもないんだが。まあ、なるようになるだろう。
そんなおれの人生だが、まあ、本当に人生2周目なのか疑わしいような人生だったような気がする。
幼稚園の時点で、おれは早々に孤立してしまった。女の子として違和感のない振る舞いをすることが最初からできていたおれなわけだが、はっきり言って幼児期にはそこまで男女の違いというのは表れにくく、『女の子の振る舞い』なんてものはあってないようなものなのだ。勿論、多少はあるのだが、別に男らしくしていても全く問題はなかった時期だった。そんな中、おれは女の子らしく振る舞ってしまった。別に、今世は女の子なのだから、何の問題もないはずなんだが、当然、女の子らしい女の子、というのは、男子達の輪には入れない。
……地獄だった。おままごとというやつは。中身は成人してるのに、小さな人形を複数人で囲ったり、小さなテーブルや椅子を用意して家族ごっこをしたりなど、正直きついものがあった。子供の面倒を見るのとはわけが違う。だって、自分も完全に輪の中に入って、同年代の女の子と全く同じように振る舞わなければいけないのだから。子供っぽく振る舞うというのは、本当に大変だ。
そう、途中で嫌気が差してしまったのだ、年頃の女の子らしく振る舞うことに。
結果として、おれは無口系ロリとして幼児期を過ごすことにした。
そして始まる小学生時代。ただまあ当然、幼児期に無口系ロリで過ごしたおれが小学校生活でうまくいくはずもなく……。
1年の頃、感情を出しなさ過ぎたことや、あまりの友達の出来なさから、担任に呼ばれて親と三者面談を行ったくらいだ。多分小学生探偵って難しいんだろうなって感じたね、うん。
双子の妹は元気溌剌でクラスカースト上位のバリバリ陽キャなのにも関わらず、おれはクラスカースト最底辺のコミュ障陰キャ。泣ける。
そのまま2年、3年と学年を進んでいくわけだが………。
4年生になって、事件が起こる。
いじめられたのだ。同じクラスの男子に。
そうならないように、最低限のコミュニケーションはとってきたつもりだったし、人から頼まれたら基本断らずにこなしてきたはずだった。勉強だって、人生一周分のアドバンテージがあるわけだし、せっかくだから頑張ろうと思って、それなりにやってきた。今世の親にあまり迷惑をかけたくなかったというのもあった。けど、いじめられた。クラスカースト中くらいの、ちょっと顔がイケメンの男子に。
最初はちょっとしたちょっかいをかけてくるくらいだったし、おれも子供の内はそういうこともあるんだろうなと思って、気にしないようにしてきた。
だが、5年、6年と、年を越すごとにいじめはエスカレート、というわけではないが、まあ、クラス中におれをハブる空気が流れ始めたのだ。その時、双子の妹は別クラスだったし、おれを助けてくれる存在はクラスにはいなかった。
いじめ一つ一つは、本当に単純なものだ。
物を隠されたり、教科書を忘れた時に見せてくれなかったり、あーあと、トイレしてた時、個室から出ようとしたら、ドアが塞がれてて出れなかったなんてこともあったな。
まあ、物を隠されるのは困ったが、最終的には返してくれてたし、その頃は辛かったのはそうなんだが、なんとかなった。
そして、迎える中学校生活。
特に中学受験などをすることもなかったので、普通に近くの中学校に通うことにした。流石にいじめられるのは嫌だし、中学デビューでキャラ変でもしようかなって思ってたんだが………。
中学1年、入学式。
おれは、襲われた。
おれのことを小4からずっといじめていた男子に呼ばれ、人気の少ないところに行ったら、後ろから……。
何が起こっているのか理解できなかった。
ただ、暴れて抵抗していたことだけは覚えている。服を無理矢理脱がされて、ああ、おれ、これからこいつにぐちゃぐちゃにされちまうのかなぁ、なんて、そう考えていた。
結果として、おれがいないことに気づいた双子の妹がおれのことを見つけてくれ、何とかおれの貞操はギリギリ守られたのだが、おれはこの時のことがトラウマになってしまい、以降部屋に引き篭もるようになってしまった。
今は部屋に篭ってネトゲをダラダラするだけのクソニートだ。
明るい双子の妹が、時折部屋に入ってきて、少し話してくれたり、一緒にゲームをしてくれたりするのが唯一の救いかもしれない。
ちなみにおれは母子家庭なわけだが、どうやら最近再婚をしたらしい。葉風、というのは、再婚後の名字だ。再婚前は世良、だったか。
何故急にこんな話をし始めたかって? 思い出したんだよ、今日がどういう日か。
実は、再婚相手には、1人息子がいるらしく、今日はその息子とおれたちの顔合わせの日らしい。今日から正式に家族として暮らすことになるらしいからな。
まあ、おれは無理して顔合わせをしなくてもいいと言われている。男性恐怖症を患ってしまっているし、そんな中で見知らぬ男と無理に顔を合わせるっていうのも、酷だろうと、母親がそう判断してくれたからだ。
だから、今日の顔合わせは、おれの母親と、双子の妹だけになるそうだ。
あー。過去のことを思い出していると、辛くなってきた。
おれはとりあえず、最近ハマっているMMOのゲームを起動する。
辛い時は、ここで発散するのが一番だ。
『こんちわ〜』
『あ、ヒキニおじさんじゃん』
『ヒキニさんこんにちわー』
『働けヒキニー』
おれが挨拶すると、既にログインしていたギルメンからもチャットで返事が返される。
ちなみに、ギルド内ではおれは、引きニートの成人男性、ということになっている。せっかく女になったんだし、姫プでもしてみても良かったのだが、はっきり言って、ネット上ですら男から言い寄られると、おれの男性恐怖症は発症するのだ。だからおれは男だということにしている。前世で男だったおかげか、今のところネット上で今まで女であるとバレたことはない。
ちなみに、男として男と接する分にはおれの男性恐怖症は反応しない。
多分、男から女として見られて言い寄られてしまうと、反射的に恐怖を抱いてしまうんだろうな。
今日いないのは、『ミンク』さんと『あーる』ちゃん、後は『こっぺー』さんと『芋猿』さんか。
ミンクさんは、最近おれと仲良くしてくれている高校生くらいの男の子で、基本的におれはこの人と行動を共にしている。
あーるちゃんは、中学生の女の子で、ギルドの癒し枠だ。女の子ではあるが、他のメンバーにアイテムを貢がせたりだとか、そんなことは一切しないし、物腰も丁寧だし、思わせぶりな態度も一切取らないため、ギルメンは皆あーるちゃんのことを娘的な目で見ている節がある。ただ、学校生活が忙しいのか、ログイン率は低めだ。
………本当は、こんな現実逃避なんてしてる場合じゃないんだろう。
でも、怖い。また、襲われたら?
襲われはしなくても、また、いじめられてしまったら?
そう考え出すと、おれは何もできなくなってしまう。
でも、もし、もし。
おれの男性恐怖症が治せるのなら。
おれが、何にも怯えずに、胸を張って外に出歩けるようになる日が来るとしたら。
なんて、そんなこと、ありえないのに。
はぁ……。考えていても仕方ない。
おれは、今日もMMOを遊ぶ。
現実から、目を背けて。