32 side法廷記者
この裁判の記事を書くのも、これで最後だな……。
階段から人を突き落としたことによる、よくある傷害の裁判は、原告と被告が貴族令嬢ーー。
幼馴染の婚約者を階段から突き落としたという、面白い記事になりそうだと思っていたのに、期待外れだったらしい。
被告である令嬢は、幼馴染の婚約者を階段から突き落としたという割に、貴族令嬢らしいドレスを着て、犯罪者と思えない姿で、大人しく椅子に座っている。
弁護士と裁判長からの質問に、言葉少なに答えるだけで、取り乱すこともなく、大衆の興味を唆るには役不足に見える。
記事の内容の締め括り方を考えていると、原告側の弁護士が裁判長にある請求をした。
「裁判長。証人陳述の請求をいたします」
「証人の名前は?」
「ギャレット……、ステファン・ギャレットです」
「原告の元婚約者であり、被告の幼馴染のステファン・ギャレットか?」
「そうです。その、ステファン・ギャレットです」
これは面白いことになったぞ。
紙に走り書きをしながら、視線を被告である令嬢に向ける。
令嬢はさっきまでの大人しい姿が嘘かのように、はじめて怒りの表情を露わにしていた。
おいおい……。そんな顔が出来るなんて聞いてないぞ。
これから起こることを想像して、無意識に身体を震わせる。
「請求を受け入れよう」
「裁判長!この請求は不当です。ステファン・ギャレットはこの裁判に関係ありません!!」
「ステファン・ギャレットは原告の元婚約者であり、被告の幼馴染である。この二人を間近で見てきたであろう人物の話は、聞く価値がある」
「そんな……」
「原告は証人陳述の資料を提出するように。以上だ」
裁判長が小槌を打ち鳴らすと、被告側の弁護士は項垂れた。
被告が幼馴染であるステファン・ギャレットの婚約者であった原告を、階段から突き落とすほどだ。
被告にとってステファン・ギャレットが大切な人なのは明らかだ。その人物が証言するなんて……、どんな話を聞けるのか、今から楽しみだ。
静まり返った法廷に、か細いながらも怒りを含んだ声が響く。
「……さない……」
「被告は何か言いたいことがあるのかね?」
聞き取れない声で言う被告に、裁判長が聞くと被告はキッと原告である令嬢を睨み付けた。
「ステファンまで巻き込むなんて、許さないわ!マリベル・シフォン!!!」
そう言って被告は、原告に掴みかかりそうな勢いで暴れ出した。
弁護士が暴れる被告を止める中、俺は楽しくて仕方がなかった。
そうだ。犯罪者は犯罪者らしく狂った姿を見せくれないと。
綺麗なドレスで着飾っても、その醜悪な本性は隠すことは出来ないのだからーー。
暴れる被告が原告を血走った目で睨み付ける中、原告である令嬢は貴族令嬢らしく落ち着き払って、表情を変えることなく、被告を冷たい目で見ていた。




