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「研究室に泥棒が入ったと聞いてはいたが……。これは……。思っていたより酷い荒らされようだな……」
確かに荒れてはいるけど、引き出しと棚、机の上以外の床に積み上げられた本や紙、荷物は元々です!!なんて恥ずかしくって言えない……。
私の研究室を見て、驚くジルベルト様に気まずい気持ちになる。
「そうですね……」と他人事のように言って、保安官が捜査をしている研究室を遠い目で見る。
これからは人に見られても、恥ずかしくない程度に片付けをしよう……。
ジルベルト様と共に研究室の前まで来た私は、泥棒に荒らされた自分の研究室の前に立って、決意を固めた。
「シフォンさん、ここにいたんですね。捜査は終わったけれど、現場を保全したいので必要な荷物だけを持って、研究室を移ってくださいますか?」
「それはいいですけど……。どこに移ったらいいですか?」
研究室から去る保安官と立ち替わりにやって来た、事務のお姉さんのいきなりの言葉に戸惑ってしまう。
「それなら、僕の研究室の隣が空いているから、そこを使えばいい」
「ミラー先生の隣の研究室ですね。では、そこをお使いください。研究室登録はこちらにお任せください」
そう言って事務のお姉さんは去って行った。
トントン拍子で決まったことに戸惑っていると。
「荷物を持って行くのは僕も手伝うから心配するな」
そう言って笑うジルベルト様に、私は「ありがとうございます」と気の抜けた声で言った。
ーーー
私とジルベルト様は研究室を移るために、荷物の整理をしていた。
ジルベルト様は「何だこれは?」と本棚のある本に手を伸ばした。
何を取ろうとしているのか気付いた私は、目をカッと見開く。
それはダメ……!!
その本は家の使用人に見られるのが恥ずかしかった恋愛小説で、研究室の本棚に本のラベルを変えて隠していた本だった。
「それに触らないでください!!」
慌てて手を伸ばすと、床に散らかっている紙に足を滑らせて、バランスを崩してしまう。
「きゃ!!」
ぐらりと身体が前に傾く。床にぶつかる衝撃に備えて目を瞑ると、衝撃はなく何か温かいものに包まれる。
「大丈夫か?」
「…………は、はい」
頭のすぐ上から聞こえるジルベルト様の声に、温かいものはジルベルト様で、抱き締められていると理解する。
大丈夫じゃない……。本を見られそうになったからか、心臓が怖いほどバクバクと音を立てている。
チラリと顔を上げると、目の前にジルベルト様のきれいな顔があった。
ち、近い……。
目が合うと、さっきとは違う理由で心臓が音を立てる。
目を逸らしたいのに、ジルベルト様のグレーの瞳から目を逸らせない。
何か言わないといけないのに、何も言えず永遠のような沈黙が続く。
「ん?」
動かない私に、ジルベルト様は首を傾げて微かに微笑んだ。
至近距離の笑顔は刺激的で、私は身体を起こして、ジルベルト様から距離を取った。
何か話さないと!!何か話題になる話を!!!
「そ、そそ、そう言えば、この前にくださったポーションは凄いですね!寝不足で肌と髪が荒れていたのに、ピカピカのツルツルになりました!!!」
いきなり何を言っているのよ!!動揺のあまり訳も分からない話しをして、おかしくなったと思われてしまうじゃない!!!
「それは良かった。また作れるから必要になったらいつでも言ってくれ」
荒れ狂う私の心を知らないジルベルト様は、さっきの笑顔とは比にならない、致命的な優しくて眩しい笑顔で言った。




