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私の目を真っ直ぐと見て「マリベルのために」とジルベルト様は言った。ジルベルト様の言葉に、私は先程とは違う意味で驚いてしまう。
「わたしの、ため……ですか?」
こんな貴重な物を私のために?ジルベルト様は薬学が専攻ではない。これを作るのにどれほどの苦労と時間が掛かっただろうか。
以前、ジルベルト様に温室で会った時のことを思い出す。目の下のクマが酷かったのは、これを作っていたからだったのね。
不思議に思っていたことの点と点が繋がった。
「身体の痛みに苦しんでいただろう?これを飲むと大概の怪我は治るはずだ」
怪我って、擦り傷と打撲で数週間もすれば綺麗に治る怪我だ。貴重なポーションを飲むほどのものではない。
驚きの連続で声を出せずにいると、ジルベルト様は懐中時計を取り出して時間を確認した。
「それを渡しに来ただけじゃなくて、マリベルに見せたいものがある」
「見せたいもの?それは何ですか?」
このポーション以外にも何かあるの?これ以上、驚かされると心臓がもたないわ。
「もうすぐ分かる」
ビクビクとしていると、ジルベルト様はイタズラな笑顔で言うだけで何も教えてくれなかった。
バチンッ
「キャッ」
ジルベルト様の言葉の数秒後、温室の灯りが消えた。
音と灯りが消えたのに驚いて小さな悲鳴を上げると、温室内は僅かな月明かりと静粛に包まれる。
「ジルベルト様。これはどういうことですか!!」
ジルベルト様の言葉の後に灯りが消えて、良過ぎるタイミングに説明を求める。
「月光蝶は満月の日に羽化するから月光蝶と言われている訳ではない」
答えになってい無い返事に、眉を顰めると。
温室内が優しい青白い光に包まれる。
「これは……」
人工的な灯りではない光に目を見開いて、周囲を見渡すと、温室にある植物が光を放っていた。
よく観察すると、月光蝶のサナギが光っているのが分かった。
サナギが花の下にあるせいか、花が光っているように見える。その光景は幻想的で、とても美しかった。
空に浮かぶ満月の光と、月光蝶のサナギの光で照らされる温室は、宝石のように輝いている。
「わぁ……」
思わず出た言葉は、美しい空間に消えていく。
月光蝶のサナギがこんなに美しく光るなんて知らなかった……。
目を輝かせて見ていると。
「マリベルにこの光景を見せたかった」
「こんなに美しい光景は、はじめて見ます……」
「ありがとうございます」と続くはずだった言葉は、ジルベルト様の顔を見て止まった。
ジルベルト様は見たことがない優しい笑顔で私を見ていた。
「元気が出たみたいで良かった」
優しい笑顔のまま、視線を月光蝶のサナギに移したジルベルト様に、私は何も言えず顔の熱が冷めるのを待つことしか出来なかった。