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ジルベルト様の言葉に表情が固まる。
ジルベルト様は見透かすような目で私を見ていた。
「我慢、なんてしていませんよ?」
振り絞って出された声は、わずかに震えていた。
強張った口角を無理矢理上げて笑顔を作る。
上手に笑えているだろうか?
無意識に握られた手は白くなっている。
「令嬢の叩く力なんて可愛いものですもの」
「だから心配しないでください」そう続くはずだった言葉は、ジルベルト様の言葉によって続くことはなかった。
「身体が痛くなくても、心が痛いだろ」
階段からの突き落とされた時の怪我は、見た目こそ酷くなったが、痛みはほとんどなくなっていた。
身体にできた傷は時間が経てば治る。けれど、心の傷は治るどころか、複雑に絡み合って傷は広がり、私を苦しめていた。
悲しい?惨め?辛い?消えたい?
色々な感情が渦巻く中、確かなのは、私は可哀想な子にはなりたくなかった。
だから、嘘つきな婚約者と、その幼馴染を私の人生というステージから突き落とした。
それなのに、すっきりしないのはどうして??
呆然と立つ私をジルベルト様は優しく抱き締めた。
ジルベルト様の服に染み付く、錬金術の材料の匂いが混ざった香りに包まれる。
気を張っていた身体から、不思議と力が抜けていくのを感じた。
「泣いてもいいんだ」
ジルベルト様の言葉ではじめて、私は泣いていることに気づく。
涙とは不思議なもので、意識し出すと、次々と瞳からこぼれ落ちていく。
ジルベルト様の匂いに包まれて。エミリーに階段から突き落とされてからはじめて、心が落ち着くのを感じた。
アルファポリスにて先行して公開しています