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炎の乙女

「……さて、どうしましょうか」


街を抜け出し、街道をアテもなく歩く私には、何の考えもありませんでした。幸いにも、飲み食いしなくても腹を減らす苦痛を味わう訳ではありませんし、睡眠の必要もありません。一部を除き効率面は劣りますが食物以外をエネルギーに還元する事も可能ではある為、当面は問題ないでしょう。


ですが、それ以外の問題として──


「この身の終わらせ方、ですね」


この身は、僅かながらの神鉄、俗に言うアダマン鋼を含んだ物で、破断、衝撃、腐食に対し強い耐性を得ています。故に、生半可な事で損傷する事はありません。


そして、製作者たる魔女に与えられた唯一の絶対命令(オーダー )として与えられた物があります。


『キミに害を齎す存在に対し、あらゆる手段を以て抵抗する事』


そう、それは自分自身、ヒューマンの言う所の自殺にすら効力を発揮します。私には、私を破壊出来ない。


時は私の味方ではありません。かつて救ったエルフの少女に、時を経て出会った様に。……私が存在する限り、彼女と再び出会う事は必然に近くなる。今の私は彼女の最大の危険であり、マスターにとってそれは取り払われるべきで──


「──今の彼女は、私のマスターではありませんでしたね」


思考に整理が必要です。今の私は冷静さを欠いている。今の私には、より強い敵と相対し破壊される事しか考えつきません。街道に沿って歩いていた私は、道を外れ手近な森へ向かう事に決めました。


「どうすれば……」


あくまで私は、あのパーティから円満に離れたのですから。こんな夜逃げの様な姿を見られて彼らの風評に傷をつける事があってはならないのです。





「……どうして」


ですが、その考えは新たな問題を前に中断をせざるを得ませんでした。

目の前に、下半身の無い女性の死体が転がっていた為に。


……静かな森の中で考えを纏めようとしていただけなのですが。


「息はありませんか、脈も」


女性の身なりは革鎧にボロボロのマント。装備の至る所には煤の黒ずみが見受けられました。しかし、それ以上に気になったのは、炎の様に赤い髪。


死、と言う物はありふれています。悲しいことですが。街と言う安全圏から一歩踏み出せば、そこは常に魔獣と出会うリスクと隣り合わせです。街道を外れれば尚更に。この方も恐らくは、魔獣に襲われてしまった、と言う事でしょう。


「命は、いかに軽いか」


その格好からして、彼女は冒険者だったのでしょう。せめて、遺体は葬ってしまうべきですが、今の問題はそこにはありません。


「下半身が無く、移動の痕跡も無く。とすれば彼女を食べた魔獣がこの森に居座っている可能があると言う事」


仲間から考え事が分かりづらいと言われ、私は独り言を口にする事を癖としていました。もう止めても構わない筈ですが、何故私は続けているのでしょうか。まったく分かりません。


「人の味を覚えた魔獣は、いつか人里を襲う害獣となります。今ここで、仕留めなければ」


私は周囲を見渡し、枝葉が折れている場所を見つけました。


「獣道の先に、魔獣が」


日中でも暗い森の中は月すら隠れた夜の闇には更に暗く、冷え込んでいます。まるで人を拒む様に、何もかもを暗闇に閉ざして。


故に、何かが居る事を確信させるのです。


私は、奥へ向かいました。




──森の中を進む事、一時間。




「……これは」


そこには、異様な光景が広がっていました。

森の奥へ進んだにも関わらず、景色の見通しは寧ろ良好。理由は単純です。木々が目に見えて数を減らしていたからです。


「根本を残して木が消えている……これは、食べられたのですね」


よくよく考えれば、鳥や虫の声も聞こえない全くの静謐に囲まれていた事に、私は気付きました。


木のさざめきすらも無い。何が奪ったのか、真っ当な魔獣の仕業とも思えない。ならば──


「──ッ!?」


次の瞬間、空気の揺れを感じ、私は身を伏せました。


「其方が、原因でしたか」


何かが上を通り過ぎるのと身を屈めたのは同時。すぐさま地面を蹴り出して私は距離を取り、一瞥します。


そこに居たのは、酷く非対称な獣の姿でした。


「ドラゴニュート、の様に見えますが」


竜の鱗を持って生まれた人間、竜の血脈に連なる者、ドラゴニュートと呼ばれる存在が居る事は知っていましたが、彼らは寒冷、又は極度に熱い環境を好むと聞いた為、人に住み良い落ち着いた気温の大陸に居るとは思いませんでした。


ですが、私が知るドラゴニュートとはまるで違います。


鱗こそあれど、その肥大化した右腕は竜の頭そのもの。人型ならば首の先にある筈の頭部は既になく、何故か蛇の尾の様な物が伸びていました。もはや人型と呼ぶにも抵抗があります。


ですが、一瞬でも確認は必要でしょう。この世にはまだ見ぬ人種と言うものも居ますので。


「言葉は、分かりますか?」

「グォォォォォッ!」


しかし、言葉が分かる様子でもありません。彼は竜の頭を此方に向け、一直線に飛び込んで来ました。


「……っ、何か、伝える事は」


開かれた顎を横っ飛びで躱し、そのまま腰に佩く剣に手を伸ばした所で、私は動きを止めてしまいました。


その一瞬が、致命的だと言うのに。


彼の左腕が、一瞬にして肥大化し、その中から竜の頭が現れたのです。喰らい付こうとする二つ目の頭に完全に不意を突かれた私は……


スロットワン、コール(ブロウ・ステップ)


……風を噴射し、一時的に加速する魔法によって背後に飛び間一髪、難を逃れました。


──ゴーレムと言う魔獣の特性は、その拡張性にあります。ゴーレムには、スロット、と呼ばれる物が存在します。

それは魔法の発動に必要な物をあらかじめ書き込んだ記憶体を差し込めるコネクタの事です。私はスロットの名を読み出す事で、接続された記憶体に保存された魔法を瞬時に発動出来るのです。


ただ、その特殊な詠唱を行えばゴーレムである事が明るみになってしまう為、これまでは使えませんでしたが、今ならば問題はありません。


──さて、場は仕切り直し。私と彼は、再び睨み合う形となりました。


「言葉も解せぬ獣ならば」


いよいよ武器を向ける事も考えなくては。何にせよ、あれが他者に害をなす存在である可能性は高い。


「スロットツー」

「そこの騎士さん、ちょっと待った」


と、構えた私は、二頭の竜の背後から響く声に構えを止めました。何か確信めいた声に、私は解決の糸口を欲したのかもしれません。


「ちょっとアタシが死んでる間に、こんな事になってるとはね。こりゃ失敬」

「貴女は」


しかし、そこに居たのは先程下半身を無くして死んでいた筈の女性でした。腰にボロボロのマントを巻いて隠している辺り、同じ人物であると思われますが、次から次へと何が起きているのでしょうか。


「まさか、こんな瘴気の欠片もない場所で()()()()なんてね」


彼女は、確かな足取りで竜に近付いていました。ですが危険です、何があったにせよ彼女は一度死んでいるのですから。


「離れてください!」

「分かってる、一回死んでるから」


これ以上彼女を近付けてはなりません……だと言うのに、私にはそれ以上何かをする事が躊躇われる気がしていました。彼女のその身に火が燻り始めたから、でしょうか。


「でもアタシ、強いから。安心しなさいな──火種(シード)!」


彼女が唱えたのは、何らかの詠唱。しかしそれは、彼女の目の前に今に消えそうな光の点を生み出すだけに終わりました。それに加え、竜の身体がこちらから彼女の方へ向けられようとしていました。やはり私が対処しなければ、そう思い詠唱しようとした時。


「スロットツー、コ……」

「せっかちは嫌われるわよ! 萌芽(イグニッション)!」


私の詠唱を遮る様に唱えられた彼女の詠唱。すると、その光の点は、初級火魔法・ファイアボール程のサイズを有する火球へと姿を変えました。


ですが、ここまで来ればただそれだけで終わらない事は予想出来ます。何をする気かは分かりませんが。


「さあ、下拵えよ、(アビィ)!」


火球はその姿を長細い、鞭の様な姿に変えました。彼女はそれを竜に向けて


「そいっと!」


迷いなく投擲。振り向こうとした竜の身体を独りでに動く炎の鞭が捕え、次の瞬間にはそれは空へ放り投げられていました。


枯死(ウィザー)(ロータス)!」


浮かされた竜の身体。その真下で炎の鞭が元の火球の姿を取ったかと思えば、流れる様な次の詠唱でその姿は、大きく変わりました。


「──炎の、花」


それは見た事もない、円環。煌々と燃え盛る炎でありながらも、それは確かな形を持ってそこにある、闇夜の中で赤く輝く花の姿が。


パチン! 彼女は指を鳴らした。


「さあ、穢れを焼き払いなさいな!」


浮き上がった竜は、大地に引かれそのまま炎の花の上に落ちていく。そして炎の花は、竜を包む様に蕾へと姿を変えると、黒い霧を噴き上げ散り、その姿を消したのです。


「スロットワン・コール」


消えゆく炎からこぼれ落ちて来る人影。それを見た瞬間、私は詠唱と共に飛び出しました。


「大丈夫ですか?」


地面を削りながら滑り込み、私は何とか両手に竜の鱗を持った()()を落ちる前に抱き込む事が出来ました。彼は気を失っている様でしたが、その体には火傷一つありませんでした。


「……貴女も、大丈夫ですか?」


私は、彼を木の根に寝かせて彼女を見ます。あんな魔獣も、魔法も私の記憶には存在しません。彼女は、何を知っているのでしょうか。


「大丈夫、私は平気よ。強いて言えば下がスースーするだけ」

「……私は、それを聞いて何と返せば良いのでしょうか」

「セクハラって奴? ロボットだからってそんなコンプラ気にしなくても良いわよ」


セクハラ? ロボット? コンプラ? 一体どこの言葉でしょうか。恐らくは彼女の国の言葉だと考えられますが……。


「セクハラ。文脈を察するに、それは貴女を辱める行為を指すのでしょうか」

「流石ね。ま、ダーリン程じゃないけど」


そう言う彼女は左手の薬指に嵌めたリングに目を向け、少し考え込む様な表情を見せました。……言っている事はよく分かりませんが、想い合った存在が()()のではないでしょうか。私は、そう考えました。


「私にその様な意図はありません。寧ろ感謝したいのです。私には彼を殺す以外の手立てはありませんでした」

「……ふ〜ん。アレを倒せると思えてた訳ね。中々良い奴捕まえてるじゃない、私の姉妹も」

「姉妹? 姉妹とはどう言う事ですか」

「いや、そっちの彼の話よ。ほら、最近この冒険が終わったらアタシの姉妹と結婚するとか言ってたのよ、うん、多分」


含みを持った言葉。聞きたい事はそれだけでなく、山ほどありましたが、今は彼を安全な場所に連れて行くのが優先すべき事です。


……歩いて来た距離を考えると私が居た街より、隣の街の方が近いですね。


「すいません、彼を街へ運びたいのですが、護衛を頼めますか」

「オッケー、私は元々依頼で来てたし、金は要らないわよ」

「オーケー?」

「問題ありませんとか、了承しましたってコト」

「……オーケー、理解しました」

「飲み込み早いわね」


初対面の相手とのやり取りを行う上で大切なのは、相手の言葉、言語を使う事。ヴェズバーさんの教えです。


「──じゃ、行きましょうか」

「オーケー、お願いします」


そうして私は不可思議極まりない赤髪の女性と共に、迷宮都市ザルードに向かう事になったのです。

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