ぬいぐるみの騎士
ヒルダは王女さまです。
ヒルダはおなじ歳の子どもとくらべて背が低く、かけっこも苦手です。みんなヒルダよりもあしがはやいのです。
ヒルダは体がうすっぺらく、ごはんもあまりたべられません。
元気になりたいヒルダは、王さまにおねがいして、旅にでることにしました。ずっと西に、体をじょうぶにしてくれるまほうつかいがいるときいたからです。
「ヒルダ、おまもりにこれをもっていきなさい」
しゅっぱつの朝、おきさきさまがヒルダにくれたのは、ヒルダのおへやにいつもかざってあったへんなぬいぐるみでした。
「おかあさま、わたしこんなのいや」
「あらどうして?」
「だって、みたこともないへんないきもののぬいぐるみだもの」
「どこがへんなの?」
そういわれてとっくりとながめてみると、いつもおもっていたほどへんなぬいぐるみではありません。
でも、かわいいおんなのこや、きれいな鳥のぬいぐるみがよかったヒルダは、よつあしで歩くらしい、しっぽの大きないきもののぬいぐるみを、やっぱりよろこべません。まるで、らくがきのねこのようです。
「きっとあなたをたすけてくれます。もっておゆき」
「はい、おかあさま」
それでもヒルダはおきさきさまにしたがって、ぬいぐるみをもち、お城を出ました。
ヒルダは西へ向かって歩きました。
やがて日がしずんで、よぞらに星がまたたきはじめます。
ヒルダはつかれたので、もりのなかのいずみのほとりでよこになりました。
「ヒルダ、あぶないよ。かくれて」
はっと目を覚ますと、ちかくであしおとがします。ヒルダは荷物をかかえて、あわててしげみにかくれました。
うなりごえがして、そばをおおかみがとおりすぎました。
誰がおしえてくれたんだろう。ふしぎにおもったヒルダは、おおかみがいなくなったあと、あたりをさがしましたが、誰もいませんでした。
ヒルダはよくじつも歩きました。
もりのなかの川でみずあびをして、かばんのなかにあったビスケットをたべました。
かばんのなかのぬいぐるみがかわいそうにみえたので、ヒルダはぬいぐるみをやさしくあらってあげました。タオルでつつんでやさしくたたき、そのあとはぬいぐるみをかかえて歩きました。
ヒルダはきのうのようなことがないようにとかんがえて、くろうして木にのぼり、そこでねむりました。
「ヒルダ、あぶないよ。おちちゃう」
また声がして、ヒルダは目をさましました。
ヒルダは木のえだからすべりおちそうになっていました。彼女はかばんのなかからなわをとりだして、それでじぶんの体を木にしばりつけ、またねました。
ヒルダはよくじつも歩きました。
もりをぬけると、ちいさな村があります。ヒルダはそこで、ビスケットをたくさんかいました。
村をでると、馬車がとおりかかりました。しんせつなぎょしゃさんが、ヒルダを馬車にのせてくれるといいました。
「ヒルダ、あぶないよ。あるいていこう」
どこからか声がして、ヒルダは馬車にのりませんでした。ぎょしゃさんも声をきいていたみたいでしたが、それがどこからきこえるのかはわかっていません。
ヒルダはよくじつも歩きました。
馬車の車輪のあとをたどって歩いていると、おおきな村にたどりつきました。
ヒルダはくたびれてしまったドレスとくつをうって、あたらしいものをかいました。
「よくひにやけたおじょうちゃんだね」
ヒルダは服屋さんにきにいられ、布をおまけしてもらいました。
ヒルダはその日のごご、やどでおさいほうをしました。ぬいぐるみにずぼんをはかせてあげたのです。
ヒルダはよくじつも歩きました。
ヒルダはだんだんと、ぬいぐるみをすきになっていました。
「ぬいぐるみさん、ずぼんはきにいった?」
ぬいぐるみがえがおになったようなきがして、ヒルダはきげんをよくしました。彼女はそのばん、ぬいぐるみをだいてねました。
ヒルダはよくじつも歩きました。
おおきなまちにたどりついたので、ヒルダはやわらかい布と皮、じょうぶな針と糸をかい、ぬいぐるみにシャツとヴェストをぬってあげました。
ぬいぐるみはじまんげにしているようにみえました。
そのばん、やどでねていたヒルダは、あの声でめをさましました。
「ヒルダ、あぶないよ。すぐにそとへでて」
ヒルダはかばんをせおい、ぬいぐるみをだいじにだきかかえて、やどからでました。
ヒルダはよくじつも歩きました。
そのよくじつも、そのよくじつも、そのよくじつも。
たまにあの声がして、ヒルダはその忠告にしたがいました。ヒルダはたったひとりで旅をしていたけれど、きけんなめにあうことはありませんでした。
歩きつづけたヒルダは、とうとうまほうつかいの家をみつけました。
でも、まほうつかいはいませんでした。
「まほうつかいさんはどこにいるんですか?」
「あのおじいさんはしんでしまったよ」
ちかくの村のひとはざんねんそうでした。ヒルダもがっかりしました。なんかげつもくろうして、歩いてきたのに、まほうつかいはもういなかったのです。
「おまじないのどうぐがたくさんあるけれど、ぼくたちはじをよめないから、なにがなにかわからないんだ。おかげでことしはきちんとたねまきできなかった」
「まあ。わたしはじをよめます。あのおうちにはいってもいいですか?」
むらびとたちはよろこんで、ヒルダにまほうつかいのおうちのかぎをくれました。
まほうつかいのおじいさんは、しんでしまうまえに、むらびとたちにかぎをわたしていたのです。じぶんがしんでしまったら、さいしょにおとずれたもじをよめるひとに、これをわたしてほしい、と。
ヒルダはまほうつかいのおうちにはいりました。
そこにはふしぎなどうぐや、もじがたくさんつまった本が、たくさんありました。
ヒルダは元気になるために、そこにある本をよむことにしました。
ヒルダはけがにきくおくすりをつくったり、たねまきにぴったりのじきをしらべたり、たくさんのことができるようになりました。
彼女はある日、むずかしそうな本をてにとりました。
「ヒルダ、それをよんで。おねがい」
あの声です。ひさしぶりにきいた声は、元気がなく、ためいきのようでした。
ヒルダは本を開きました。あけていたまどからかぜがふきこんで、ページがぱらぱらとめくれていきます。
のろいをとく方法がかかれたページがめにはいり、ヒルダはそれをよみました。にんげんをぬいぐるみにしてしまうのろいがあるそうです。
まさか、とおもって、ヒルダはぬいぐるみをかかえました。ぬいぐるみはきれいな服をみにつけています。ヒルダがぬったものです。
ヒルダが本にかいてあったとおり、ぬいぐるみにやくそうをふりかけると、ぬいぐるみは背の高いおとこのひとになりました。
「ヒルダ、ありがとう。たすけてくれて」
おとこのひとはあの声でそういいました。
ヒルダはおとこのひとからたくさんのことをききました。
王さまが、体のよわいヒルダをきらっていたこと。
おきさきさまがヒルダをたすけようと、ぬいぐるみをもたせてお城からだしてくれたこと。
なんども、ヒルダの命をねらって、お城からおってがきたこと。そのたびにぬいぐるみがヒルダをにがしてくれたこと。
「あなたはだれなの?」
「ぼくはツェーザル。きみのしんせきだよ」
ぬいぐるみはツェーザルといって、ヒルダのしんせきでした。
もともとはツェーザルのおとうさんが王さまだったのに、とつぜんなくなってしまい、ヒルダのおとうさんが王さまになったのです。ツェーザルはおそうしきのあと、のろいでぬいぐるみにされてしまったのでした。
「にんげんにもどったらしかえしをするつもりだったけど、けなげなきみをみていたらどうでもよくなったんだ」
ツェーザルはにっこりわらいました。
「ヒルダ、ぼくとけっこんしてくれないかな」
「でも、わたし、体がよわいから」
「そんなことないよ! きみはひとりでここまで歩いてきたし、おくすりをつくるのだってひとりでやってきた」
いわれてみれば、そうです。ヒルダはいつのまにか、じょうぶな体をてにいれていました。
ふたりはきょうも、やくそうをつむためにどこかのもりを歩いています。




