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「フィネリア様はニジエで趣味でされていたこととかありますか?もしこちらでもできることでしたら、ご準備しますが」

 カリーナの言葉にフィネリアはニジエでしていたことを思い出す。正直大したことはしていない。一日中部屋に引きこもるか、森へ抜け出すかの二択だ。ただ、周りにはいつも精霊たちがたくさんいたため、寂しさなどはなかった。

 

「植物を育てるのが好きです」

 実はニジエではもう禁止されてしまったが、ここには精霊もいないため、変なことは起きないはずだ。

「植物ですね。庭師に確認して後日連絡しますね」

 答えを貰ったカリーナはとても嬉しそうに微笑んだ。しかし、サディスが口を挟む。

「あれ、でも確か皇后陛下はニジエでの植物の栽培は……」

 さすがレキアスの側近、フィネリアの情報はちゃんと知っていたらしい。ここでも出来ないかと少し肩を落とすが、そんなフィネリアの様子にサディスは途中で言葉を止める。

「まぁ、ここでは大丈夫かもしれませんね」

 そう言って微笑んだサディスをフィネリアは目を輝かせて見た。

 

 なんて良い人なのサディス卿。

 

 感動するレベルで、フィネリアがときめいていると、再びカリーナが手を挙げる。ついに、カリーナがサディスをじろりと睨みつけていた。

「フィネリア様、お茶のお代わりはいかがですか」

「頂きます」


 そう言ってカップを戻そうとしたところで気がつく。ソーサーの上に何かいる。

「あ」

 良く見るとそこには丁度ティーカップぐらいのサイズの小さな体の精霊が乗っていて、もしゃもしゃとクッキーを食べていた。フィネリアと目が合うとへらりと笑う。

「姫様また会ったね〜」


 それは以前城であった精霊だった。


 フィネリアは無表情のまま、ソーサーに乗っていた精霊をひょいと捕まえた。まだもしゃもしゃとクッキーを頬張っている精霊はされるがままだ。

「何ー?」

 ぷらーんと捕まえられている精霊は気にした様子もなく、その状態でも食べ続けている。相当な食いしん坊らしい。

「ちょっと話を聞きたいんだけど、お礼にここにあるお菓子全部食べていいわ。どうかしら?」

 フィネリアが置かれていたお菓子たちを指差すと、精霊はきらきらとした目でお菓子を見つめる。

「全部食べて良いの?!」

「えぇ」

 フィネリアの言葉に精霊が手を上げて喜ぶ。フィネリアは、お皿の側に精霊を下ろす。


 そんなやり取りは、カリーナとサディスには不思議な光景だ。精霊の見えない2人には完全にフィネリアの独り言である。


 フィネリアは2人には目をやった。

「精霊が現れました。少し会話しますが、気にしないで下さい」

 それだけ言うとフィネリアは精霊に集中することにした。見えない彼らには変に思われてしまうのは仕方ない。


 フィネリアは皿のお菓子に飛び込んでいった精霊を目で追いかける。

「ねぇ、この国にはあなた以外の精霊はいないの?」

 精霊はナッツのキャラメリゼをバリバリと食しながら答える。

「全くいないわけじゃないけど、ほとんどいないよ。この前も言ったけど、土地が死んじゃってるからさ」

 そう、彼は土地が死んでいると言った。

「いつから土地は死んでいるの?」

「いつ?いつだろう。わかんない」

「何故死んでしまったか知ってる?」

「人間のせいだよ」

 はっきり言った精霊に、フィネリアは眉を寄せる。

「人間は何をしたの?」

「変なものを土地に埋めた」

「埋めた……?」

 バリバリと別の少ししょっぱいお菓子を食べ始める。精霊も人間と同じく甘いものだけを食べるより、しょっぱいものも間に挟みたいらしい。

「うん。それがなんか吸い込んでるみたい」

「吸い込んでる……」

 精霊は食べ続けながら頷く。

「それを何かに使ってるんだろうけど知らない」

 精霊はケーキのようなクリームが挟まったお菓子を見つけて目をキラキラさせた。そのお菓子を持ち上げて、がぶりとかぶりつくと頬にクリームがつくがそんなことは気にしない。


「あなたとお話ししたい時はどうしたらいい?」

「僕は結構好きに移動するからいるとは限らないよ?」

「近くにいるときだけ反応してくれたらいいわ」

「そっか。シルファだよ」

「ありがとう」


 精霊はとても気まぐれだ。突然消えてしまうこともあるため、次のことを考えて名前を聞いておいた。聞こえる範囲にいれば恐らく応えてくれるはずだ。しかも名前からして、彼は風の精霊だ。きっと聞こえる範囲は広い。


 埋められているのは一体なんなのかしら。


 考えてもわからない。フィネリアが悩んでいると、カリーナが話しかける。

「フィネリア様、お菓子が自然に減っていっているのですが……」

「精霊に全部あげる約束をしてしまいました。今、食べています」

「そうなんですね!」

 カリーナは何故か嬉しそうに笑うと、不思議と消えている皿を楽しそうに眺めていた。逆にサディスは少し深刻そうな顔をしている。

 

「精霊は、なんとおっしゃっていたんですか」

「人間が何かを埋めたせいで、土地が死んだと。いつ埋めたのかは、わからないそうです」

 端的に答えるとサディスは深く眉を寄せた。

「早く陛下にご報告した方がいいですね」

「この情報役に立ちますか?」

「当たり前じゃないですか。全く何が原因かわからない状態なのに、何かが埋まってて、それが根本的な原因だとわかるなんて!」

「でも、精霊が知っていることが正しいとも限りません。しかも今日話が聞けたのは1人だけです」

「それでも、有益な情報に変わりありません」

 サディスがそうはっきり言ってくれたおかげで、無駄でなかったと思い、ホッとする。フィネリアがお茶を飲もうとしたところ、もう入っていないことに気づく。カリーナが横からそっと新しい紅茶の入ったカップを差し出してくれる。

「ありがとう」


 カリーナの優秀さと、サディスの良い人っぷりに感心した1日だった。いつの間にか精霊はお腹いっぱいになったのか、姿が見えなくなっていた。



***



 宿の部屋で、フィネリアは何故かベッドの上で正座していた。


 おかしい。今日は特に説教されることはないはずなのに。ちゃんと約束も守ったはずなのに……。


 何故か目の前のレキアスはにこにことしながら黒いオーラを放っている。正直、フィネリアは何故こうなったのかわからない。途中までは黒いオーラを放ってなどいなかったのに。


 何故?



 遡ること数分。宿に戻ってきたレキアスの最初の一言目はこれだった。

「精霊に会えたみたいだね?」

 もうサディスが報告済みで、もう今日あったことはすべて知っているということなのだろう。

「はい」


 しかし、そもそもレキアスは精霊の存在を信じているのだろうか?特になんのオーラも見えず、疑われている感じはない。

「陛下は、精霊の存在を信じてるんですか」

 フィネリアは敢えて聞いてみた。この人は一体どうこたえるのだろうかと。

「うーん、僕は見たことないから存在そのものをどうこう言う気はないけど、この世はわりといると信じた方が説明がつきやすい世界だよね」

 よくわからない答えだった。でも、否定もしないということなのだろう。

「そうですか」

「ただ、なんかカリーナが物凄く興奮してたよ」

「カリーナが?」

「お菓子がどんどん消えていったことに驚いたみたいだった」


 どちらかと言うと落ち着いた様子のカリーナが確かにお菓子が消えていく様子から目を離さないでいた。普通に考えれば不思議な現象だ。

「カリーナは、本当に私の侍女でいいのですか?」

「ん?どういう意味?」

「陛下の侍女だったとお聞きしました」

「カリーナが、僕のところに戻りたいと言った?」

「いいえ」

「じゃあ、フィネリアのところでいいよ。むしろやること沢山で生き生きしてるだろう?」

 カリーナは仕事が早く、気遣いもできる優秀な侍女だ。テキパキと手際よく仕事をこなしている姿をよく見る。むしろ他の姿は見たことがない。

「そうですね」

「僕のところじゃ仕事少なすぎって文句を言ってくるぐらいだ。今が丁度良いんだろう」

 レキアスはそう言った。そこまで言われたらフィネリアはもう返す言葉はない。彼女はとても優秀だ。レキアスの側にいた方がいいのではないかと思うが、彼もそう言うならいいのだろう。


 そしてふと今日のことを思い出して、フィネリアはレキアスにお礼を言った。

「離れることを許してくださってありがとうございます。陛下の側近のサディス卿はとても優秀な方ですね」

 サディス卿を思い出しフィネリアは自然と頬が緩んだ。前向きな気持ちになることを提案され、しかもニジエで植物を育てるのを禁止になっていることを黙っていてくれた。

「とても良い方ですね」

 そう言うと、いつの間にかレキアスの後ろから黒いオーラが突如出現し出した。


 えぇ?!なに??


 思わずフィネリアは姿勢を正した。慌てすぎて正座になってしまったのは、自分でも訳がわからない。

「僕は自らフラグを立てたのか?そうなのか?」

「陛下?」

 低い声の呟きがいまいち聞き取ることができず、フィネリアは聞き返す。

「しかもまだ1日目で名前呼びなの何で?普通ノキア卿だろう?」

「私から許しを請いました」

 ぶわりと黒いオーラが膨らんだ気がした。いや、これは気のせいではないレベルだ。


「確かにあいつはできるやつだ、優秀なやつだし、男から見ても格好良いが、早すぎないか?フィネリアは、僕に対する警戒心と差がありすぎじゃないかい?」

 何故か文句を言われ始めた。相変わらず展開が読めない。

「特に変えているつもりはありませんが」

 首を傾げると、レキアスは盛大に溜息を吐いた。

「それはそれで、サディスはどれだけ今日1日でフィネリアを攻略したんだって感じだし、なんなら僕のことはまだ一度も名前で呼んでくれたことなくない?」

 レキアスの疑問に、フィネリアは頭の中で思い出してみる。


 確かにない。


「ですが、陛下は陛下です」

 誰かがごもっともと答えてくれそうな案件だ。

「僕だって名前はあるよ」

「存じてます」

「サディスは名前でしょ。なんで夫の僕が呼ばれなくて、側近が先に呼ばれてるのさ」


 そんなこと言われても。


「悔しいから僕のことも名前で呼ぶように」

 真顔でそう言ったレキアスにフィネリアはぽかんとしてしまった。

「ほら、呼んでみて」

 催促までされて、フィネリアは混乱する。

「あ、あの、何の意味」

「僕の自尊心を高めるため」

「陛下は十分高いと思います」

「じゃあ、僕の傷ついた心を癒すため」

「ちょっと意味がわかりません」

 そんなやり取りの末、フィネリアは結局名前を呼ばされるのだから、さっさと呼んでおけばよかったと後悔する。


「レ、レキアス様」

 フィネリアが諦めてそう呼ぶと、シュルシュルと黒いオーラが縮んでいき、レキアスの笑顔も満足気だ。

「今後はちゃんと名前で呼ぶように」

「はぁ」

 最早訳がわからずフィネリアは溜息混じりに頷くしかなかった。


「さて、寝ようか」

 そう言うとレキアスはさっさと自分が布団に潜り込む。フィネリアは迷った末に、同じ布団の端っこに入るが、レキアスに背を向ける。

「おやすみ、フィネリア」

「おやすみなさい……」

 謎の理不尽な気持ちに襲われながら、フィネリアは最後に「陛下」とつけなかった自分を褒め称えてから眠りについた。


 それから数日間の滞在の後、2人は城へと戻った。

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