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書けました!

 昼過ぎに客間に戻ると、顔色が悪いままのレキアスがソファに座って肘掛けに頭を落とした状態で座っていた。どうやら二日酔いらしい。


「辛そうですね」

「あぁ、無理しすぎた。フィネリアはどこに行ってたんだ?」

「城塞内を散歩していました」

 半分本当だが、半分嘘だ。今日は結局ほとんどの時間を人のいない庭園で過ごした。目の前で剣の教えを乞うているエルラティエを見ながら。


「陛下は、今日の公務はお休みですか?」

「この状態で人前に出るのはちょっとね」

 確かにいつもの爽やかな感じは微塵も感じられない。少し面白くてフィネリアは笑ってしまう。

「フィネリアと仲良くなってなかったら、こういう状態の僕のすら見せられないままだったんだろうな」

 ぐったりとした様子のままのレキアスがそんなことを言いながら苦笑する。

「早めに仮面を取っておいて正解ですね」

「かなり早かった気がするが?」

 なんせ新婚初夜である。

 二人して笑うが、今となってはそれでよかったのだと思う。


 落ち着いたところで、フィネリアはレキアスの隣に座る。

「陛下、少しご相談があるのですが……」

 珍しくフィネリアがしおらしい態度で話をしてくるため、レキアスは肘掛けに置いていた頭を持ち上げる。

「どうした?何かあったのか」

 一瞬にしてレキアスのオーラの色が不安の色に変わり、フィネリアの方が焦る。

「い、いえ!私に何かあったわけではないです!……、陛下は、辺境伯の令嬢をご存知ですか?」

「あぁ、一度挨拶したことがあるよ。僕が良くここに来てた頃にはまだ生まれてなかったから、ほとんどかかわったことがないけど」


 ……、私、陛下のことになると頭働いてない気がする。


「陛下がここによく来てたのって……」

「留学に行く前の話だよ。一五歳ぐらいかな」


 ……確かに一五年以上前ならエルラティエ嬢は生まれてもいないわね。


「カイザート嬢がどうかした?」

「……、騎士になりたいそうです」

「へぇ。ガンダルフの娘ならなれるんじゃないか?」

「辺境伯には怪我をしてから剣の稽古は一切を禁止されたみたいで」

「……、もうフィネリアは首を突っ込んだ後ってことかな」

 呆れたような目で見られてフィネリアは言葉に詰まり、目を逸らした。


「まぁ、話してくれただけよいと思おうかな。で、フィネリアは何をしたの?」

「ノルト卿から剣を学びたいと言うことだったので、ノルト卿にそれをさせました」

「ノルトがよく引き受けたね」

「私に教えるのとどっちが良いか尋ねたらすぐに引き受けてくれました」

「それは賢明だ」

「陛下、何か言いました?」

「近衛騎士たちには、フィネリアに教えてほしいと言われても教えないように言った」

 やっぱりかとフィネリアは納得する。あまりに返事が早過ぎだ。


「一度怪我をしているんだろう?ガンダルフがとめる理由もわかる。僕もフィネリアに怪我をされたら困るし、もし騎士たちが原因なら殺しそうだ」

 恐ろしいことを言ってくるレキアスに、フィネリアは少し体をレキアスと反対側にずらした。


「だから、ガンダルフの言うことも僕は理解するよ」

 やっぱりよくなかっただろうかとフィネリアが俯きかけたとき、不意にレキアスに手を取られる。

「でも、フィネリアは助けてあげたかったんだろう?」

 エルラティエの強い瞳を思い出す。あの瞳を無視することがフィネリアにはできなかった。嘘偽りのないと確信できる言葉と表情に、フィネリアは何かしてあげたくなった。


「ノルトは何って言ってた?」

「筋も覚えもいいそうです。基礎ができているので、もったいないと」

 終わったら後にノルトにこっそり聞いたらそんな答えが返ってきたのだ。

「へぇ」

 少し考えたような間の後、レキアスはフィネリアを見る。

「フィネリアはどうしたい?」

「……、挑戦する前から閉じてしまうよりは、せめて挑戦する機会を与えてあげたいです。身勝手な考えかもしれませんが」

「ガンダルフと対立しても?」

「……、はい」

 おそらくフィネリアが彼女にしてあげられることなど、そんなに多くない。最初の機会を作ってあげられるぐらいで、あとは彼女の努力と才能による。


 もしかしたら、機会なんてあげない方が良かった可能性だってある。フィネリアは剣術のことは全くこれっぽっちもわからない。本当はこんなことしない方が正解なのかもしれないとも思うが、周りがみんな反対なら、逆の意見を持つ人だっていていいと思うのだ。


「辺境伯と直接お話ししたいです」

「……、フィネリアが望むならその場は設けようか?」


 レキアスはそう言って、隣に座っていたフィネリアを見る。その言葉に、フィネリアは小さく頷いた。


「わかった。じゃあ、代わりに枕を借りても?」

 レキアスの視線がフィネリアの顔を外れ、下に下りていく。

「膝枕のことですか?別にそれは言ってくださればしますけど」

 フィネリアはいつしかと同じように膝をポンポンと叩くと通常と変わらぬ表情で進めてくる。逆にお願いをしたレキアスの方が若干耳が赤くなった。

「じゃあ、遠慮なく」



 ごろんの横になるとレキアスはフィネリアの太腿に頭を預けると瞼を閉じた。

「まだ頭が痛い感じですか?」

 癖なのかフィネリアはレキアスの夜色の髪を優しく撫でながら話しかける。さらさらと流れる髪に触れるフィネリアは少し楽しそうだ。

「朝よりはずいぶんましだよ」

「二日酔いに効くお薬は飲まれました?」

「起きたらすぐにサディスが持ってきたよ」

「それはよかったです」


 他愛もない話をしながら二人はのんびりとした時間を過ごした。


「辺境伯が陛下の剣の師匠なんですね」

 不意にレキアスがそう言っていたことを思い出す。夜色の髪はつやつやとしていて、触るとつるりと指をすり抜けていく。

「母が亡くなってから色々と城にいることが嫌になることが多くてね。自分がどうすべきかも迷う事が多くなってたときに、ガンダルフが誘ってくれたんだ。うちの領地に来ませんかって。その時はまたガンダルフも騎士団長ではなかったな」

「そうだったんですね」

 レキアスについては知らないことが多いなとフィネリアは思う。逆にレキアスは様々な、本当に様々なフィネリアの情報を知っている。

「剣を振っている間は、何も考えなくていいから好きなんだ」


 もしかしたら、今も鍛錬を欠かさないのはそう言う理由もあるのかもしれないのだろう。皇帝でいる間は考えることだらけだろう。昔とはまた違う悩みがあるはずだ。


「私ももう少し陛下を手助けできるようになりたいです」

「十分助けてくれてるよ。それにそこにいてくれるだけで僕には有難い。フィネリアがずっと笑顔でいる必要はないと言ってくれて、ホントよかったと思ってる。寝室にいるときは、本当に羽を伸ばせる気がするんだ」

「……、それならよかったです」


 照れ臭く思って、髪を撫でる手が無意識に早くなる。話を変えようと別の話題を持ち出す。

「そういえば!カイザート卿が、ここには温泉があるとおっしゃっていましたが、入ってみたいです」

 フィネリアがふとトラスティオの言葉を思い出し、そう口にするとレキアスが急な目を開いた。びっくりして手が止まる。


「どのカイザート卿?」

「えーっと、トラスティオ=カイザート卿です」

「いつ話をしたんだ?」

「え?陛下が城塞内を散歩していいと許可を下さった時に歩いていたらばったり出会って」

「そう言えばあの時トラスティオ卿は訓練場にいなかったな」

「城塞内を案内してくださいました」

「へー。僕がいない時にフィネリアに話しかけるなんて。しかも温泉の話題を出すなんて何を考えているのかな」

 何故か声が低くなりフィネリアには理解できない。


「何か問題が?」

 レキアスが無言で微笑む。これは良くない笑みだ。

「フィネリアはここの温泉には入れないよ」

「え?どうしてですか?」

「ここの温泉は野外なんだ」

 答えを聞いてもさっぱりわからない。

「源泉が湧き出てるところに、みんな自由に入るんだ。貴族と平民ぐらいの場所は分けられてるけど、基本着衣で入る」

「水着で入る、みたいな感じですか?」

 水着で海に入ったこともあるため、別に問題ないのではないかと思いそう言うと、レキアスの笑みが深まった。

 

「フィネリアの水着姿を他の男が見るなんてあり得ない。フィネリアがどうしても入りたいというなら、全領民とカイザート家も騎士たちも全員、1日温泉に入らせない日を作って貸し切った上で……」

「ごめんなさい。諦めます」


 そんな盛大なことをされてはたまらない。それでなくてもカイザート領では印象悪いと言う話なのにさらに悪化しそうだ。フィネリアはそこまでして温泉に入りたいとは思わなかった。


ま、まだ終われませんでした

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