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ちょっと長いです

 案の定というべきか、次の日レキアスはほぼ使い物にならなかった。


 いつの間に寝室に戻ってきたのかフィネリアにはわからなかったが、朝起きるとレキアスが横に倒れていた。最後に会った時の服のまま、靴も脱ぐことが出来なかったのか、本当にそのまま仰向けで倒れていた。


「陛下、……陛下?」


 声をかけても反応がなく心配になるがちゃんと息はしている。フィネリアは、レキアスの顔が苦しそうに見えたのでひとまず靴を片方ずつ脱がせる。ラフな格好ではあるもののシャツのボタンは上まで留められており、フィネリアはレキアスの頭の方に移動すると一番上のボタンに手をかけた。


 一つ外してみると若干苦しそうな顔が治ったように見えたため、もう一個外してみる。そこまでやったところで、レキアスの胸元が見えて、急に悪いことをしているような気分になった。


 そ、そんな変なことしてるわけじゃないでしょ!


 ドキドキする自分に言い聞かせて、フィネリアは三つ目のボタンを外した後、素肌が見えないように慌てて上掛けをかけて隠した。



 寝室を出ると繋ぎの間に、カリーナがすでに待機していた。

「おはようございます」

「おはよう。陛下はまだ眠っていらっしゃるけれど、大丈夫なのかしら?」

「サディス卿はもう今日は諦めたとのことでした」

 どんな状況かわかっていると言うことなのだろう。あんなレキアスは今まで見たことがない。きっと無理してお酒を飲んだろう。

 

「フィネリア様はどうされますか?」

「城塞内の散歩がしたいです」

「わかりました。ではまずお召替えと朝食にいたしましょう」


 せっかくだから散歩を続けて体力つけないと。


 そんなことを心の中で思いながらフィネリアが準備を終えると、近衛騎士のノルトが現れる。どうやら今日も護衛は彼に任されているようだ。

 本来ならレキアスの近衛騎士なのだから、不満もありそうだが、ノルトはそれを言わないのか度々フィネリアの護衛の役割を引き受けがちである。

 

 彼の感情を読むことはできないが、表情に感情が出てしまいがちのため、逆に信頼できる。初期に護衛になってくれた時の表情は面白かった。


「参りましょうか」

 兄のサディスとは異なる笑顔を向けてそう言ったノルトにフィネリアは頷いた。



 昨日と同じようなルートで歩き始めると、フィネリアはまた視線を感じた。フィネリアが気づくのだからおそらくノルトやカリーナも気づいているはずだ。


 どうしたものかしら。

 やっぱり陛下と結婚した私が気に入らないとかそう言う感じなのかしら。陛下はよくここにもいらしてたみたいだから、陛下に憧れや恋情を抱いてもおかしくない……。


 思わずため息が出た。

 常に微笑んでいる皇帝であるレキアスは、おそらく女性からの人気は高い。国内貴族からの打診も当然あったはずだ。

 レキアスは情勢を鑑み、一番良い結婚相手を選んだだけである。


 向こうから何か言ってこない限りは相手をしないつもりでいたが、レキアスがいないときに限って現れる感じを見ると、さっさと終わらせておきたい気もして、フィネリアは足を止めた。


 フィネリアが足を止めたことにすぐに気づいたノルトも振り返り立ち止まる。

「相変わらず害はなさそうですが」

「どうしても気になってしまって」


 フィネリアはゆっくりと後ろを振り返る。前と同じように柱の影からドレスが見えている。昨日の夜にカリーナに調べてもらった感じでは、カイザート辺境伯の末娘は今15歳らしい。レキアスとも面識があり、遊んでもらったこともあるらしい。


 陛下とカイザート辺境伯は剣の師弟関係みたいだし、それもそうよね。

 陛下は優しいし……、幼いながら恋心を抱いたって変じゃないわ。


「出ていらっしゃい」


 そう言うとノルトが先に、フィネリアの前に出る。害はないとは言っていたが何かあってからでは遅い。ノルトは剣の柄に手をやり、いつでも抜ける体勢を取る。


 そんな状態で待ち構えられた方の相手は、今回はおずおずと柱の後ろから姿を見せる。

 昨日とはまた違う明るい緑色のドレスをきた少女で、茶色の髪に緑の瞳と言うことからもガンダルフの血縁だと想像できる。


「……、皇后陛下にご挨拶申し上げます。エルラティエ=カイザートと申します」


 しっかりと正式な挨拶の姿勢を取った少女エルラティエは、フィネリアを見た。見つめられた方のフィネリアは、想像と違う表情のエルラティエに内心首を傾げる。


 彼女の表情は、フィネリアを恨んだり妬んだりするような顔ではない。むしろ何かを必死で訴えようとする表情で、しかもフィネリアとノルトを視線が行き来する。


 ……んん?


 状況が読めずフィネリアが、無表情のまま内心混乱していると、エルラティエの視線は完全にノルトへ変わった。

 視線を向けられた方のノルトも困惑した顔つきで、剣を握る手をどうすべきか迷っているようだ。

 すると突然、エルラティエが勢いよく頭を下げた。長い茶色の髪がブンッと音が鳴りそうな勢いで。


「私に剣の稽古をつけていただけないでしょうか‼︎」


 意味がわからない。けど、とりあえず私への言葉じゃないことは、間違いない。


 フィネリアは自分の早とちりだったことがわかりとてつもなく恥ずかしくなった。何でもかんでもみんながレキアスのことが好きで、自分のことを敵視しているような気がしていたが、とんでもない勘違いだったのだ。


 ……穴があったら今すぐ入りたい。


 しかし、エルラティエの言っていることも全く理解できないため、フィネリアは場所を変えて話をすることにした。


 場所についてはエルラティエが「ここならあまり人が来ないので」と、案内してくれたのは城塞内にある庭園の一角だった。小さな東屋があり、そこにフィネリアとエルラティエが向かい合うように座り、ノルトとカリーナはフィネリアの側に立った。


 どう話を進めるべきか迷ったが、フィネリアが口を開かない限り進まないなと思い、フィネリアは仕方なく口を開く。


「えっと、……剣の稽古を、ノルト卿につけてほしいの?」

 チラリとノルトに視線を送りながらそう言うと、エルラティエはこくりと頷いた。困ったフィネリアに代わり、ノルトが話を確認してくれる。

「カイザート嬢には、たくさん教えを請える騎士方々がいらっしゃると思いますが」


 確かにノルトの言う通りである。

 父親であるガンダルフを筆頭に、兄たちも上級騎士である。ノルトに教えを請わずとも、立派な騎士たちはたくさんいる。

「父や兄は私に剣を教えてくれません。小さい頃は遊びの中で色々教えてくれたのに、大きくなるにつれて私には不要だと……」

 エルラティエは悔しそうに視線をテーブルに落とした。ぐっと手を握りしめているのがわかる。

 

「父や兄たちは私の幸せは、強い人と結婚することだと言いますが、私は私自身が強くなりたいんです!……、私は騎士になりたいんです‼︎」


 そう言って見上げたエルラティエの緑の瞳はとても美しかった。


「辺境伯には話したの?」

 フィネリアの質問に、エルラティエは小さく頷いた。

「でも、危ないから剣はダメだと。……3年ほど前に、一度剣で怪我をしたことがあって。それから一切を禁止されました」

 エルラティエは手袋で隠れていた左腕を出す。確かにうっすらとだが傷が見える。

「カイザートの騎士たちは父や兄の意見に従うので私の相手は誰もしてくれません。父や兄に見つかることなくお願いできそうだったのが、皇后陛下の近衛騎士の方で……、後をつけるようなことをしてしまい申し訳ありません」

 そう言ってエルラティエは頭を下げた。しかし、その必死さが伝わってくる。

「ここに滞在している間だけで構いません。一人で部屋でやることは限界があって……。こんな機会もうないかもしれないと思ったら、いてもたってもいられなくて!」


 エルラティエの言葉には心打たれるものがあったが、彼女はカイザート辺境伯のご令嬢だ。しかも親が決めたことに逆らう手助けはいかがなものかと思う。しかし、やりたいことも自由にできないことは、とてもつらいことだと思う。

 フィネリアは昔から自由にやってきたと思う。この全てを縛られるはずの結婚でさえ、今のフィネリアには大きな不自由は感じない。


 フィネリアはノルトを見た。

「ノルト卿は、人に稽古をつけることもできるの?」

「一応上級騎士なので人への指導もできますが……。しかし、騎士団長の許可なしで行うのは……」

 ノルトは騎士団に所属しているため、彼の上司はガンダルフである。そのガンダルフに報告もせず、その娘の令嬢への指導などノルトには難しいかもしれない。しかも、過去に怪我をしたことが原因で止められているなら、怪我などさせたらどうなることか。


「ノルト卿は難しいかもしれないわ」

 フィネリアの言葉にエルラティエはがっくりと肩を落とした。悔しそうに耐えている姿がフィネリアの心を揺さぶる。


「……、ノルト卿、ここで散歩の時間の途中、短い時間だけでいいから、怪我をしないように指導してあげて」

「え、ですが!」

「私の言葉は、陛下の次に重みがあるはずよ」

 ガンダルフだって関係ない。暗にそう言ってみると、ノルトが言葉に詰まる。

「私はやりたいことがある人のやりたいことを押さえ込むのは好きじゃない」


 自分が好きなように過ごして来たこともあって……。

 それにきっとこのままだと、この子はずっと自分を押し殺したまま過ごさなきゃいけなくなるかもしれない。彼女なりの覚悟を持って言葉を発したはず。


 エルラティエが感情を抑えたままの瞳でフィネリアを見ているが、その瞳の奥にはわずかに希望が見えている気がした。

「ノルト卿」

 フィネリアが少し低い声で名前を呼ぶと、わずかにノルトの表情が変わる。しかし、まだ迷う気持ちがあるらしく、少しエルラティエに視線を移す程度だ。

「……、私に剣を教えるのとカイザート嬢に教えるのどっちがいい?」

「カイザート嬢に指導します」


 返事早すぎじゃない?陛下に何か言われてる?


 無表情のままでノルトを見たが、答えはくれそうになかったため諦めた。



 そして早速この場所でエルラティエへの剣の指導が始まった。

 エルラティエが持って来たのは、彼女の身長から考えると少し小さい木刀だった。止められるようになる前までに使っていたものらしく、今の彼女には短い。それでも一人でできることはしていたというのだから、ずっと大切に使っていたのだろう。

 ノルトに指導されるエルラティエをぼんやりと見ながらフィネリアはそう感じた。


「大丈夫でしょうか?」

 ずっと黙って側に立っていたカリーナが心配そうに口を開いた。

 今日はやむをえずドレス姿のまま木刀を振っているエルラティエを見ての言葉なのか、騎士団長の娘に勝手に指導をしているノルトを心配しての言葉か。

「戻ったらすぐに陛下には相談するわ。またお説教はされたくないもの」

「そうなさってください」

 少しホッとしたようなカリーナの言葉に、フィネリアは少しだけ微笑んだ。


 フィネリアから見てエルラティエに剣の才能があるのか、騎士に向いているのかはさっぱりわからない。しかし、ノルトを見ているとだんだんと熱が入っているような姿から、おそらく指導のしがいがあるということなのだろうとなんとなく思う。

 そして、同時にそれをガンダルフが気づかないはずがないだろうとも思う。


「まぁ、でも、娘だものね」


 騎士の大半は男性である。それを考えると、難しいということも理解できる。力の問題だけでなく別の心配も出てくるだろう。

 どうすることがエルラティエにとって幸せなのか、そんなことをフィネリアは二人を見つめながら考えていた。

すみません、明日の更新は怪しいです

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