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 城門にカリーナと共に向かうと、すでにレキアスがサディスと待っていた。

 街へ出るという話だったので楽な格好で行こうと思っていたのだが、レキアスからの伝言でしっかりドレスを着るように言われ、慌てて服装を変更したのだ。待っていたレキアス自身もきっちりとした城内同様の格好をしていた。


「皇帝だとわかってしまうのでは?」

「ここでは顔がよく知られているから、変装する意味がないんだ。だから出歩くなら堂々と皇帝として出歩いた方がいいんだよ」


 レキアスはこの城砦都市のことをよく知っていた。昔から来ていたのなら街でも顔を知られていてもおかしくはない。

「危険ではないですか?」

「堂々と護衛も付けられるから、逆にこの方が変にコソコソしなくていい分楽かな」

 そういうとフィネリアに左手を差し出す。習慣的にフィネリアは自分の右手をそっとのせた。瞬間痛くない程度にグイッと手を引かれ、あっという間にレキアスとの間にあった距離がなくなり、フィネリアはレキアスの胸に頭をぶつけた。


「陛下?」

 唐突な行動に訳がわからず見上げると、レキアスはフィネリアを見下ろして微笑んでいる。

「フィネリアが全然イチャイチャさせてくれないから、自分でするしかないと思って」

 さっきの言葉を根に持っていたのかと思い言い返す。

「考えたのはサディス卿ですから!私は期待しないでくださいって言いました!」

「だからフィネリアには期待せず、自分で頑張るよ」

「意味がわからからないですけど?!」

 声を上げたフィネリアを黙らせるようにレキアスが優しくフィネリアを抱きしめる。言い返す言葉をそれ以上失い黙った彼女に、レキアスが耳打ちをする。

「街ではなるべく仲が良いところを見せたいんだ。騎士団長が言っていただろう?フィネリアの印象があまり良くないままだって」


 カイザード領での皇后フィネリアの印象は、結婚式後の祝賀パーティーの様子がほとんどだった。そのため無表情でレキアスの声かけや気遣いにもほとんど反応しない、笑わない冷たい傲慢な女性という印象だ。

 逆に昔からこの地で過ごすこともあったレキアスは、皇族の中でも親しみ深い人物として知られている。そんな皇帝が迎えた妃がそんな女性だと聞いて、ここの領民がフィネリアをどう思うかは明らかだ。


「だから、ついでにフィネリアの噂も払拭できたら一石二鳥だよね」

「でも、祝賀パーティーの件は事実ですし、私はそこまで印象を変えたい訳では……」

「でもフィネリアも僕が側室を迎えるのは嫌なんだろう?仲が悪いと見られたら、積極的に側室を勧めてくる連中が出てくるかもしれないよ。だから、仲の良いところを見せた方がフィネリアとしても都合が良くないかい?噂ってのは、他の貴族の耳にも入るからね」

 そう言われると「確かに」という気分になってしまう。


 これまでに何度かレキアスの隣に自分以外の女性が立つことを想像してみたが、この手が他の人に触れると考えるととても胸が苦しくなるし、辛くなる。


「どうする?」

「……、頑張ります」

 フィネリアのその答えに、レキアスは満足気だった。

「じゃあ行こうか」


 そう言ってフィネリアを少し離したレキアスは、もう一度フィネリアの右手を取ると手を繋いだ。ただ繋いだ訳ではない。フィネリアの指と指の間にレキアスの指が入り込む。自分よりも太い指が間に入ることに不思議な感覚を感じながらレキアスを見上げると、レキアスが意味深に微笑んでいた。

 

「貴族ではあまりやらないけど、こういう手の繋ぎ方を恋人繋ぎと言うらしいよ」

 そう言って手を口元に寄せ、フィネリアの手にキスを落とす。レキアスが目を細めて微笑む表情は刺激が強い。ついでにピンクよりも赤に近いオーラに当てられフィネリアは顔が赤くなる。

「こう言うのもいいよね」


 全然良くない!!


 そう全力で思ったが、手を離してもらえそうになかった。これならいつものように腕を組む方がよっぽど恥ずかしくないと思いながら、歩き始めたレキアスになんとかついていく。

 城を守る城門を出れば、そこはすぐに街だった。少し進むと広場があり、そこから徐々に街が扇状に広がっていくのだ。


 広場に出るとすぐに人々はフィネリアたちの存在に気づくが、邪魔をしない程度に遠巻きにみたり、頭を下げたりするだけだった。そしてこそこそと話をしているのが見えた。その視線が気まずく、レキアスを見上げると「大丈夫だよ」と言われる。


「フィネリアが興味のあるものを見て、惹かれる場所に行ったらいいよ」

 いつも通り振る舞えばいいと言われて、視線がなくなる訳ではないが、あまり畏まっても仕方ないだと思えば、さほど気にならなくなった。


 街は自体は観光地ではないため、日常的に必要な店が連なっている。

「この城塞都市では基本的にこの塀の中で全て完結するように生活しているんだ」

 街はまっすぐな道ではなく曲がりくねった道になっており、その両脇に店がいくつも並んでいた。

「もし入り込まれた時のことも考えられていて、最短距離では城に辿り着かないようになっているんだ」

 物の作りには意味があると言うことを感じながら歩くと感慨深い。


 そんな中で、フィネリアが惹かれたのはいい匂いがするお店だった。香ばしい匂いに釣られて歩いて進むとそこは、小麦の絵の看板がかかったお店だった。

 

「パン屋さん……」

「入ってみる?」

 いい匂いがするのはわかるが、外からはあまり中の様子が見えず入るのを躊躇っているとレキアスが遠慮なく扉を開く。同時にカランカランと扉についていたベルがなる。

 中にはすでに数人の客がおり、扉が開いてレキアスが入った瞬間、店員と見られる人も含めて全員がこちらを見た。


「すまない、少し見させてもらってもいいか?」

 いつものレキアスの柔和な笑顔が眩しく、客や店員もただただ頷くしかない。まぁ、レキアスは顔を知られていると言っていたから全員皇帝だとわかっているのだろう。だとすると拒否権はほぼない。


「ほら、フィネリアもおいで」

 繋いでいた手を引っ張られてフィネリアもおずおずと中に踏み込む。申し訳なさと気まずさなど色んな感情があったが、お店に入った瞬間いい香りが強くなり、しかも目に飛び込んできたのは見た目も可愛いパンたちだった。様々な種類のパンが少しずつ丁寧に並べられたそれは、フィネリアの気分を一気に引き上げた。

 

 パッとレキアスの手を離してしまうと、フィネリアは引き込まれるようにパンを眺めると頬が緩んだ。そんな様子を見たレキアスは、慣れたように入り口近くにあったカゴとトングを取りフィネリアの隣に立つ。

「どれが食べたい?」

 声をかけられハッとしてレキアスを見たが、手に持ったカゴを目の前に掲げられるともう遠慮しても仕方ないなと思った。


 棚にはお菓子に近いような見た目のパンから、食事向けのパン、シンプルなバゲットまで様々なものが並んでいた。フィネリアにはお菓子のような可愛らしい見た目のパンが珍しく、熱心に見つめる。


 赤いジャムと共に捻られたパンや、フルーツが乗った見た目からしてサクサクしてそうなパン、形が動物になった見た目にも可愛いパンなど様々なものが並んでいて、目で見ているだけでも楽しめる。


「どれも美味しそうで迷います……」

 本気で悩んでいる様子のフィネリアにレキアスが笑う。

「好きなだけ買ったらいいよ」

「でも、まだこのお店しか見てないので、本当に気になるものだけにします。荷物にもなりますし」

「大丈夫、ノルトがいるよ」

 外に立っている近衛騎士の一人の名前を言うレキアスに、フィネリアが眉を寄せる。

「騎士の両腕を塞いでどうするんですか」


 フィネリアは気になった物の中で5つだけなんとか選び抜くとレキアスに買ってもらった。


 パン屋の店主はレキアスのことを知っているのか始終ニコニコとしていた。何ならお金もいらないと言い出していたが、レキアスは「支払いはさせて欲しい」と何とかお金を受け取ってもらっていた。代わりに紙袋に包まれたパンをフィネリア受け取り、いい香りに嬉しくて自然に微笑む。

 

「パン好きに悪いやつはいねえな!」

 店主が笑いながらそういうと、フィネリアは意味がわからずぱちくりとすることになったが、レキアスが「そうですね」と返していた。

 彼らが店を出た後、他の客たちがきゃーきゃーと話し始めたのは言うまでもない。

 

 

 店を出るとフィネリアが持っていたパンの入った紙袋をノルトが心得たように受け取る。若干手元から離れていくのが名残惜しく思ったのは許してほしい。


 本当に美味しそうだった。早く食べたい。


 再びレキアスに手を差し出されたが、フィネリアはその手を無視してレキアスの左腕にしがみついた。腕を組む方が安心だと感じたための行動だったのだが、レキアスが少し目を見開いてフィネリアをみる。

「ダメですか?あの手の繋ぎ方は、ちょっと……」

 そう俯きがちに言ったフィネリアにレキアスは「しょうがないな」と頷いてくれる。


 そんなことを思いながら引き続きゆっくりと不規則に曲がる道を歩いていく。


 素敵なパン屋との出会いにテンションが上がり始め、周りの視線も気にならなくなり始めたところで、歩いているフィネリアに立ちはだかる人の姿があった。

パンが好きなんです。私が。


そしてストック的にはあと2話しかなく、まだ終われてません!記念連載のはずなのに予想以上に長いな?!

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