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フィネリアがレキアスのそばを離れると本格的に騎士たちの訓練が始まった。目の前で剣で打ち合いをしている騎士たちをレキアスは観察していた。
皇城の騎士たちより訓練が行き届いている気がするな。
騎士団長がガンダルフであるということも影響があるのかもしれないが、騎士たちのまとまりがあまり良くない。それぞれ様々な出身地の騎士たちが集まっており、忠誠度合いもレキアスからみると違う。停戦中ということもあり、危機感が少ない。
またカイザートの騎士団は、訓練の指示をガンダルフが直接は出していないのだが、指示を出す役割の者についても指導がしっかりされているのがわかる。
皇城の騎士団はガンダルフ以外の指導できる騎士も育てなければならない。
どうやって皇都の騎士たちを鍛え直すべきか。
そんなことを考えながらレキアスが騎士たちを見ていると、しばらくしてガンダルフから声をかけられる。
「陛下もせっかくですから、手合わせでもいかがですか?」
「いや、私は……」
レキアスが誘いを断ろうとするとガンダルフが挑発的な視線を向けてくる。
「おや?もしや最近は鍛錬を怠っておりますか?もしや腕が落ちたのでは?」
そこまで言われると表面上笑顔のレキアスも、若干イラッとしてしまう。
「そんなことはない」
「では、やりますね?」
そんな風に言われて受けて立ってしまうあたり、まだまだ修行が足りない。そんな自分にあきれなが、仕方なく上着を脱ぎ、近くにいたサディスに渡すと彼は非常に微妙そうな顔をする。
上着を受け取りながら小声で話しかける。
「本気でやらないでください」
「手を抜けと?」
「何しに来たんですか」
その言葉は最もだった。訓練を見にきたが、訓練をしにきたわけではない。
ただ、いつも鍛錬の相手がいるわけではないので、ガンダルフと手合わせできるのは少し、いや、かなりうずうずする。
「陛下、顔がニヤついてますよ」
レキアスの内心を読んでサディスが呆れた声を掛ける。
訓練場はあっという間に静まり返った。
中央にレキアスとガンダルフが距離を置いて向き合う。他の騎士はその様子を息を呑むように見守っている。すっかり訓練どころではなくなってしまった。
***
そんな状況も知らず、ひょっこりと戻ってきたフィネリアは、先ほどとまでの雰囲気の違いと、訓練場の中央にレキアスの姿を見つけて目を見開く。
「サディス卿、どう言うことですか?」
驚いてすぐにサディスに声を掛ける。
「お戻りになりましたか。丁度陛下とカイザート辺境伯の手合わせが始まります」
ため息まじりにそういったサディスは完全に呆れ顔だ。
「危ないので絶対前に出てはいけませんよ」
サディスのその言葉に、ついてきてくれていた近衛騎士がフィネリアの前に出る。カリーナにも下がるように言われて、サディスよりも少し後ろへ下がった。
レキアスもガンダルフも手にしているのは騎士の訓練用の剣らしく、いつも帯剣している剣ではない。剣の質で差が出ないようにということだろう。
フィネリアはレキアスがまともに誰かと戦っている所は見たことがない。変なものを切ってもらったり、剣を放り投げているのは見たことがあるが、誰かと剣を交える姿を見たことはない。
なんとなく不安に感じてしまい胸に手をやるとカリーナが横で「大丈夫ですよ」と声をかけてくれる。
「陛下はお強いです」
周りを見るとサディスやカリーナはもちろんのこと、レキアスの近衛騎士たちも表情に不安げな色はない。不安に思っているのはどうやらフィネリアだけらしい。
中央にいる二人が互いに見つめ合い剣を構える。誰かの「開始!」と言う声で二人は同時に動き出した。レキアスとガンダルフでは体格が違う。すらりと体の線自体は細いレキアスは身軽だ。それと比べるとガンダルフは大柄で、速さはレキアスほどはない。
走り出しは二人は、すぐにお互い距離を詰めると剣同士が強くあたり金属音が響く。
いやいや手合わせを受けたとはとて思えないほどレキアスの顔は生き生きしており、ガンダルフの表情も非常に楽しげだ。
「最近は、公務ばかりで鈍ってるのではないですか?」
「鍛錬は欠かしてないので」
どちらともなく剣を大きく弾き、お互い距離を取る。再び視線を交わらせると、どちらともなく距離を詰める。レキアスは少し腰を落とした状態で横向きに剣を引く、ガンダルフは振り翳した剣を避け、横に引いた剣を振り上げるが、ガンダルフも素早く距離を取る。
しばらく二人の攻防と金属音が響く。固唾を飲んで見つめる騎士たち。
フィネリアもただ見ているしかなくハラハラとしながら目でレキアスの動きを追う。ガンダルフとレキアスとは動き方が違い、ガンダルフはゆったりとしているように見えて力強く一振りが重い。逆にレキアスはその重たい剣を受ける時は往なし、その後を素早く攻撃に移しているように見えた。
それからどれだけ経ったかわからないが、レキアスとガンダルフの決着はまだつかない。
「これどうやって終わるんですか」
フィネリアがたまらずサディスに尋ねると、サディスも頭が痛そうな顔で答える。
「そうですね、どうやって止めましょうか」
そう言いながら、サディスがフィネリアを見た。
「ちょっと陛下に声をかけてみてくださいませんか」
珍しく企んだ顔をしたサディスに、フィネリアは首を傾げた。こそこそとフィネリアに耳打ちする様子に、カリーナがじとっとした視線で見ている。
サディスの言葉にフィネリアが慌てたように彼を見る。
「なんでそんなこと言わなきゃいけないのですか」
レキアスを止めるための提案にフィネリアが赤くなる。
「これならどんな小さな声でも聞こえると思います」
サディスの自信満々の笑みに、フィネリアは困惑する。しかし周りを見ると騎士たちもそろそろ困り顔だ。上司と皇帝に声を掛けられる者などいない。
「ここにいるみんなのためですよ」
そう言ったサディスの言葉に仕方なく頷く。
終わらせなければと思い、フィネリアは大きく深呼吸してからレキアスに声をかけた。
「へ、陛下……!早く終わって、一緒にイチャイチャ、しましょ……!」
若干投げやりに、サディスが考えた言葉を恥ずかしそうにそうに口にすると、明らかに動揺したレキアスがこっちをみた。フィネリアも言っていることが恥ずかしくなったのか、途中から声が小さくなったのだが、十分に聞こえたらしい。思わずフィネリアは自分の顔を両手で覆った。
……恥ずかしすぎる!
相手から目を離した時点でレキアスの負けである。動揺で剣を握る力が弱まったのか、ガンダルフの振り下ろした剣に負け、レキアスの持っていた剣が地面に落下して大きな音がした。
「陛下は、皇后陛下に弱いですな」
ガンダルフがおかしそうに笑った。レキアスもなんとも恥ずかしそうな顔をして頭をかく。
「しかし、確かに腕は落ちていないようで安心しました」
「師匠には敵いません」
レキアスに小さな頃から剣を教えてくれたのがガンダルフだった。今でこそ皇帝と騎士団長という関係ではあるが、根本は変わっていない。
だからオーラが穏やかなのね。
戻ってきたレキアスは流石に汗をかいたようで、サディスが準備していたらしいタオルを手渡す。受け取ったレキアスが額を拭きながら、フィネリアをじっと見つめる。
さっきの言葉の真偽を問われている気がして、フィネリアは目を合わせずに答える。
「あ、あの、さっきのは、サディス卿が考えただけですから!陛下がいつまでも終わらないのがダメなんですよ」
言い訳がましくそんなことを言うと、「わかってるよ」と返ってきた。
「どうせサディスの入れ知恵だとわかってても、多少期待してしまうだろう」
「しないでください!」
真っ赤になってそう言ったフィネリアに、レキアスが笑う。
「残念だ。一旦着替えに行くけど、戻ったら一緒に街に下りてみようか?」
先程行かなかったことを少しだけ後悔していたので、提案された内容にフィネリアは食い気味に頷いた。
「行きたいです」
「じゃあ、準備して待ってて」




