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 何故か昼間から寝室に来た皇帝夫妻は、妻の方がベッドに座り、こぢんまりと身をすくめている。

 

 怒られなきゃいけない理由がわからない。

 

 フィネリアは訳がわからないままレキアスに言われた通りについて行くしかなかった。途中カリーナに会い、フィネリアを見てほっとした顔を見せたが、レキアスからは救ってはくれなかった。


「……、陛下、執務はいいのですか」

 なんとか説教から逃れられないから足掻いてみたが、レキアスに鼻で笑われた。

 そう、寝室に入った瞬間、レキアスは笑顔の仮面をとって、盛大にため息をついた。彼にとっては、この夫婦の寝室で有れば笑顔を貼り付けていなくてもいいと判断したのかもしれない。

 

「仕事はあとでやるからいいけど、フィネリア」

 視線を向けられたその表情はいつもの貼り付けられた笑みではなく、真剣な表情だった。

「ミラードは、ダメだ」

 何がダメなんだろうと思いながら、フィネリアはそのままレキアスを見つめる。

「母親が違うのは聞いているだろう?僕もミラードとは、表立って言ってはいないが、対立関係にある。ちょっと国に対する考えかたが違っててさ。悪いけど、僕の考えと対立してる側に行くのは勘弁してほしい。僕と同じ側なら、自由にお付き合いとかしてくれていいよ」

 その言葉にフィネリアは「何を言っているんだ?」と思う。

 

「それって、私に浮気して良いって言ってますか?」

「まぁ、できればあんまり外聞が悪くない程度でお願いしたいけど」

「しません!」

「え?」

「浮気なんかしません!私が信用できないのはわかりますが、あまりに失礼すぎます」

 フィネリアの言葉に、レキアスは腕を組み直す。

「でも、僕との結婚は君にとって望まないものだろう?」

「望まない結婚だったらなんなんです?それが浮気する理由になりますか?私はそんな無責任な結婚をした覚えはありません!」

 あまりのレキアスの言い分にフィネリアは怒りが湧いた。あまりにもフィネリアを馬鹿にしているとしか思えない。レキアスは、少し眉を寄せる。

 

「僕の本心が見える君は、イヤじゃない?柔和な皇帝と結婚する予定だっただろう?」

「貼りついた笑みを見せられるより、今向き合ってる陛下の方がマシです」

 怒りの感情が収まらないフィネリアは、いつもの無表情ではなく、レキアスを睨みつけている。そんな様子の彼女に、レキアスが笑う。

「後悔しない?そんなこと言って」

「しません」

「僕の売りって、先帝と違って温厚だってことぐらいだと思うんだけど。でも、君にはそれが通じないでしょ」

「そんな売り文句と結婚したわけじゃありません」


 何を言っても変に返されてフィネリアはイライラとする。それなりの覚悟を持って結婚したはずなのに、レキアスにはそんな風に思われていたと思うと悔しくなる。

「少しでも君の気が晴れるように、恋愛とかも自由にできた方がいいのかなと思ったんだ」

「意味がわかりません」

「穏やかに微笑む皇帝じゃなかったら、価値がないから」

「本気で仰ってるんです?」

「本気だけど」


 フィネリアは、呆れた。悔しくて泣きそうだった気持ちも引っ込む。

「陛下は、国のための政策をしっかりしているから支持されてるんですよね。ヴェルトリク王国との停戦協定や、ソロイス王国との貿易強化、国内の穀倉地帯以外の土壌改良、都市間の道路整備など、陛下が2年間で行われた政策の価値を皆が理解しているから」

 すらすらとフィネリアから出てきたレキアスの在位からの政策に、レキアスの方が驚く。

「知ってるの?」

「……夫になる方のことぐらい調べます」

 あまりに当たり前のこと過ぎて、フィネリアはそれ以上返せなかった。レキアスとてフィネリアのことを調べているはずだ。例え本人に興味がなくとも、周りの者たちが必ず調べたはずだ。そして、ある程度害がないと判断されているのだろうと思う。


「てっきり、興味がないのかと」

 独り言のように呟いた言葉はフィネリアには聞き取れなかった。

「なんと仰いました?」

 聞き返すとレキアスは何でもないと首を横に振る。すると、唐突な満面の笑みを向けられた。しかもオーラの色がおかしい。

 

 白?ピンク……?


 先程までの黒いオーラがなくなり、色が変わった。あまり向けられたことがない色で困惑する。


「じゃあ、浮気は禁止ね」

「それ普通ですから」

 鋭くフィネリアが返すと、レキアスが真顔になる。

「フィネリアがそのつもりでも、寄ってくるやつらはたぶんいっぱい出てくるから、気をつけて。困ったら必ず僕に言って。誰にもバレないように始末するから」

 黒い笑みを浮かべて言うレキアスに、ゾッとする。この夫は柔和な皇帝とは程遠い位置にいる気がした。


「ちなみに僕もフィネリアのことは調べたよ」

「当然だと思います」

 おそらく同じレベルで調べられているだろうと思って頷くと、レキアスが流麗に語り始める。

「ニジエ王国の第一王女フィネリア=ニジエ。3才の時に、"ニジェラミエの瞳"であることが発覚。言葉を覚えると精霊と話ができるようになる。7才の時に、3日間行方不明になった時は、精霊と遊んでいて城に帰ることを忘れてしまったと発言。12才の時、弟たちと一緒に遊んでいて城の裏の森の池に落ちて、5日間寝込む。13才の時、城の庭園の一画を自分で改良し、不思議な植物を育てて城内の人が被害を受けると言う問題を起こした。15才の時……」

「ちょ、ちょっと待ってください?!情報量おかしくないです?!」

 あまりに細かい情報過ぎて驚きと羞恥に声を上げる。

「これでも掻い摘んでるけど」

「掻い摘んでるんですか?!」

 あまりの衝撃にフィネリアは眩暈がした。倒れそうになると、レキアスがすっと横に腰掛け支える。

「妻になる人のことだからね」

 フィネリアは何も返せなくなった。 


 ただ、気になっていたことがあり、せっかくなので尋ねてみた。

「執務室には、行かない方がよかったですか」

「え?いや、全然来てくれていいよ」

「でも、先程の行った時、とても、真っ黒なオーラだったので……」

 あの時のレキアスのオーラは恐ろしいほどだった。

「あぁ、黒って不機嫌とかそんな感じ?丁度、デミエって街の報告を受けてて、対策を色々立ててるわりに状況が良くならなくて、ちょっとイライラしてたんだ」

「そうでしたか。デミエは、ここから南にある街でした?」

「そう。よく勉強してるね。穀倉地帯を担ってる街なんだけど、どうにも悪い状況が続いててね」

 よほど事態が深刻なのかレキアスはため息をついた。こう言う時に精霊がいると伝言ゲームで状況を聞くことができたりするのだが、ここではそんなことはできない。見ることしかできない自分にうんざりする。

「あまりに改善しないから、明日から視察に行こうと思う。側近を1人置いて行こうと思うから、何か困ったらそいつに声かけて」


「その視察、私も行きたいです」

 フィネリアの言葉にレキアスがぱちくりと瞬きをする。あまりに予想外の言葉だったのか、レキアスが思案する。

 

「ちょっと新婚旅行には不向きな場所なんだけど」

「何で考えた末がそれなんですか!普通に視察について行きたいんです!」

「寂しいの?」

「いえ、それは特にないです」

 はっきり答えたフィネリアに、レキアスが少し切ない顔をする。

「正直楽しくはないと思うけど」

「楽しさを求めてるわけじゃありません」

「じゃあ、僕の側を絶対に離れないって約束できる?危ないから」

「約束します」

 少し前から気になっていたが、どうもレキアスはフィネリアを子供扱いしてくる。25歳だと言うことは知っているはずなのだが。

 

「しょうがないな。じゃあ、明日午前中に出るから、準備しておいて。こちらから侍女たちにも伝えておくよ」

 そう言って立ち上がったレキアスは、にこりと微笑む。あまり違和感がないのでおそらく本心から笑っているのだろう。

「じゃあ、僕は執務室に戻るけど、フィネリアは30分後ぐらいにここから出るように」

「どうしてですか?」

 訳がわからず首を傾げるとレキアスが悪い笑みを浮かべる。

「僕のため」

 じゃあねと手を振り出ていったレキアスに何も返せず、フィネリアは仕方なくベッドに倒れた。

 

 なんだかつかれちゃった。

 

 ごろんと横になるとそのままフィネリアは意図せず、30分ほど眠りに落ちた。




 その日の夜、遅くなってからレキアスが寝室に入ると、ベッドの左半分ですやすやと眠るフィネリアの姿があった。レキアスはベッドに、浅く腰掛けると、広がっている長い金色の髪に触れた。

 

「今日は期待してたんだけどな」

 残念に思いながらも、その一房を取り口元に寄せ、軽くキスをした。

「起きてたら怒りそう」

 想像して笑うと、レキアスはフィネリアとは反対側に寝転がる。横に見える化粧もしていないフィネリアの寝顔は、レキアスから見るととても幼く見えた。

 

「笑ってなくても価値があるなら、それはそれで嬉しいのかもしれないな」

 彼女との会話を思い出しながら、レキアスは眠りについた。

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