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 次の日は予定通り朝から騎士たちの訓練を見ることになった。

 カイザート領はリンザニアの領内の中でも騎士のレベルが高いと言われている。騎士団長であるガンダルフが自ら指導する所も大きいが、昔から多くの優秀な騎士を輩出してきた土地柄である。


 今回このカイザートに来たのは、レキアスたっての希望だった。

「騎士たちが同じ上級騎士でも実力差が大きいのが気になってるんだ」

 そう言ったレキアスは熱心に訓練の様子を見ていた。皇都でも当然騎士団の訓練を見ることはある。ガンダルフが訓練をしているのだが、そもそもカイザートと他の地域からきた騎士たちの力に差があると言う。

 ガンダルフもそれは気になっていたらしく、今回はカイザート領の騎士の訓練を見にきたのだ。


 フィネリアはぼんやりと訓練の様子をレキアスの側で見ていたが、正直なところ騎士の訓練を見ても、皇都の騎士の訓練との差や、騎士たちの実力差はまったくわからない。

 そんな風に眺めていてフィネリアはふと気がつく。


「私も、体力作りのために剣を習うのはどうでしょう」

 フィネリアのその呟きにカリーナが無言で首を横に振る。同じく聞こえたらしいレキアスも同時に首を横に振った。ついでに言うと、レキアスの後ろに控えていた近衛騎士の一人も横に首を振っていた。

 

「じゃあ、どうしたら体力つけたらいいですか?」

「やはり、肉と運動ですな!」

 ガンダルフの言葉にレキアスが手を振る。変なことは言わないでほしいという顔だ。

「まずは散歩から始めるのがいいんじゃないか?暇だったら、城塞内は自由に歩いてきて構わないよ」


 レキアスの言葉に、一緒に騎士団の訓練を見ると言ったのに申し訳ないと思いつつ、フィネリアはそうさせてもらうことにした。フィネリアが行こうとしたところで、レキアスが自分の後ろに控えていた近衛騎士の一人に視線を向ける。


 向けられた緩く波打つ金色の髪に緑の瞳の騎士はすぐに黙礼すると、フィネリアの方について行く。最近よくフィネリアの側に立つことが多いこの騎士は、レキアスの側近サディスの弟ノルトである。ノキア公爵家の三男で、ノキア家には珍しく騎士団に所属している。


「ご一緒します」

「お願いします」

 ノルトの言葉にカリーナが答えると三人は、レキアスと分かれて城塞内を歩き始めた。


 少し歩いたところでフィネリアが立ち止まる。

「ノルト卿は、この城塞に詳しいですか?」

「陛下ほどじゃありませんが、近衛騎士になる前には何度か来てましたのでそれなりに知っていますよ」

「……すみませんが、案内してください。よく考えたら全然どこに行けばいいかわかりません」

 おそらくそれを見越してノルトを側につけたのだろう。それを聞いたノルトは、あっと気づいたような顔をして頷いた。

「お任せください」



 この城塞は、カイザート辺境伯であるガンダルフの居城であり、領地に所属する騎士団の騎士宿舎、訓練場、食糧保管庫なども兼ねている。当然戦時には戦いの拠点となる。


 フィネリアが歩いていると、すれ違う侍女や騎士たちは皆、道を開け頭を下げる。


「こちらは騎士宿舎です」

 カイザート領の騎士は他領の騎士と比べるとその規模も大きい。昔から争いの絶えない土地ということもあり、古くからそれを許されている。

 騎士宿舎も何度も増築されているのか、つぎはぎな形になっているのが面白い。興味が出て眺めていると、昨日の宴会の席にいたガンダルフの長男が現れて頭を下げた。


 ガンダルフより夫人に似ているのか、面差しが優しい男性である。明るい茶色の髪はと緑の瞳はガンダルフと同じである。

 

「トラスティオ=カイザートです」

 宴会の始まりでも紹介はされており、フィネリアは頷いた。上級騎士で、現在は城塞を不在にしがちな父親に変わり、カイザート領の騎士をまとめているという。


「よければ城塞内を案内させてください」

 笑顔でそう言われ、フィネリアは先にノルトを見た。今案内してくれているのはノルトであり、何も言わずに受け入れるのは良くない気がした。しかし、ノルトの方は特に気にしないらしく、逆に勧められる。

「私よりよほど詳しく案内して頂けると思います」

 ノルトがそう言ったので、フィネリアはトラスティオの提案を受け入れるのことにした。


 先頭に立っていたノルトはフィネリアの後ろに下がり、逆にトラスティオがフィネリアの横に立つ。

「それではご案内させて頂きます」

 にこやかに微笑むとトラスティオはフィネリアに合わせてゆっくりと歩き始めた。


 城塞内は、大きく分けて騎士団用の施設と辺境伯の居住としての場所が半分に分かれたような作りになっていた。先ほど見た訓練場や騎士宿舎、武器庫など騎士用のエリアは近くに存在している。そして、フィネリアたちが泊まらせてもらっている場所は居住エリア側にある。居住エリアには、住み込みの侍女や侍従などの部屋などもあるらしい。


 一通り案内されると丁度この城壁内をぐるりと一周したような形になる。


「街の方へは下りてみますか?」

 トラスティオの提案は非常に興味があったが、街に行くには一つ城壁を越える必要がある。また説教をされては困るためフィネリアは首を横に振った。

「それはまた別の機会にします」

「わかりました。街にも色々な店もありますし、旅でお疲れでしたら、温泉もおすすめですからぜひカイザートを楽しんでいってください」


 ぐるりと内部を一周するとそこそこの時間がかかり、良い散歩になった。訓練場に戻る間に、トラスティオがフィネリアに話しかける。


「陛下と皇后陛下は、もっと冷めた関係なのかと思っていました」

 そんな感想にフィネリアはトラスティオを見た。特にオーラはないため、どんな感情でそれを言っているのかはフィネリアにはわからない。


「ここにいると、お二人の様子はなかなか伝わってこないので、正直少し心配しておりました。父からは意外と仲が良いとは聞いていましたが、こんなにも噂と違うことには驚きました」

 ガンダルフも言っていたが、フィネリアとレキアスの関係は結婚式の時から変わっていないというのだから、その時のフィネリアの態度から考えればしかたないことだ。


「新婚旅行後が大変だったとはお聞きしていましたが、陛下が皇后陛下をご覧になる様子がとても微笑ましいです」

 爽やかな笑顔でそう言われて、フィネリアはどう答えていいかわからなかった。

 レキアスがどんな風にフィネリアを見ていると言うのだろうか。フィネリアにはわからないので、曖昧に微笑んでおいた。

 そんなことをしているうちに訓練場に戻ってきたため、トラスティオは頭を下げて去っていった。



「なかなかいい散歩になりました」

「それはよかったです。そろそろ陛下のいる所へ戻りましょう」


 ノルトの言葉に頷きながら、ふと視線を感じてフィネリアは後ろを振り返る。ノルトは視線だけ動かしたが、特に警戒の姿勢をとることもなかった。小声で確認する。


「見られてはいますが、害はないです。気になるようでしたら追い払いましょうか」

 フィネリアはその言葉に首を横に振った。

「害がないならいいです」

 そう答えてフィネリアは歩き出した。相手はうまく隠れているつもりなのかもしれないが、小さな足音も聞こえており、フィネリアさえ気づくあたりで、手だれではない。柱の影に隠れているようだが、緑のドレスの端が見えている。


 この場所でドレスを着て歩いている人はごく限られた人物である。

「騎士団長のお子様ですか?」

 フィネリアが小声でノルトに確認すると、彼も頷く。

「おそらく。一番下の令嬢は確かまだ成人しておりません」

 だから昨日の宴会にはいなかったのだろう。基本的に大人しか参加は許されていない。

「何故後をつけられているのでしょう?」

 それにはカリーナもノルトも答えがなかった。フィネリアも特に理由が思いつかず、首を傾げる。


 なんとなくこの領地では嫌われていそうな感じはあるため、それかもしれないとは思うが、何かを仕掛けてこようと言う感じもない。


 フィネリアは残念ながら気になると即行動してしまいがちである。突然歩みを止めるとくるりと後ろを振り返る。


「何か用かしら」


 いつもの無表情でフィネリアはちらりと見えている緑のドレスに向かって声を掛ける。ドレスがびくりと反応したが、フィネリアは気にしない。


「何か言いたいことがあるなら、出てきて下さい」


 しかし、ドレスの主は柱の影から動かない。どれだけか待ってみたものの出てくる様子がなかったため、フィネリアは諦めて再び背を向けた。


 まぁ、本当に話したいことがあれば出てくるはずよね。


 そんな程度なのだろうと納得して、フィネリアは気にしないことを選んだ。色んなとを覚悟して帝国(ここ)へきたフィネリアは案外強いのだ。

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