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番外編1:カリーナとサディス

唐突にカリーナの過去の話です。

 顔のいい男にあまり良い印象がない。

 自分がいかに女性に魅力的に映っているかわかっているやつほどたちが悪いと思っている。


 クイネ伯爵家の長女として生まれたカリーナは、16歳の時には決まった婚約があった。小さい頃に決められた婚約で、相手はとても顔の良い男だった。同じ伯爵家で、幼い頃からよく知っていた。丁度良い年頃で、同じ家格。ただそれだけの理由だった。

 

 カリーナ自身も彼をかっこいいと感じていて、淡い恋心を抱いていたのだと今考えれば思う。

 その男と知らない女性との情事を見てしまうまでは。


「ただの遊びだよ。まだ婚約なんだから普通だろう?」

 そんな相手の言葉をカリーナはとても受け入れられなかった。


 悲しい、辛いという感情よりは、どちらかというと気持ち悪いという感情の方が大きかった。吐き気が治らず、しばらく碌に食事も喉を通らなかった。


 すぐに婚約は解消されたものの、カリーナはそれが原因で男性恐怖症になった。特に顔の良い男性がダメだった。勝手にこの人もあの男と同じに違いないと考えてしまう。貴族は身分が高ければ高いほど、顔の作りも良い。社交に出る程、そういう男性に会うことが当然多く、その度に気持ち悪さや吐き気に襲われ日常生活がまともに送れなくなってしまった。


 母はカリーナを心配し、無理に新しい婚約を進めたりはしなかったが、父親には見放された。とくな結婚が望めなくなった娘には価値がないということなのだろう。

 正直カリーナ自身も自分がもう一度婚約して、結婚に至ると言う想像ができなくなった。


 だからカリーナは働くことを望んだ。男性に嫁ぐことを諦めるなら自分が働くしかない。父のあの態度では、無理やり適当な婚約をさせられるかもしれない。それはなんとしても避けたい。


(結婚なんて、きっと生きてる心地がしない)

 

 貴族女性が働ける場所は限られている。

 丁度その頃、タイミングよく第一皇子の侍女を募っていた。侍女たちを一斉に入れ替えを行うと言う珍しいことを行うらしく、カリーナには願ったりだった。相手が皇子であること、側近の大半が男性であること、皇城に上がる貴族も殆どが男性であることなど、不安な要素は多かったが、カリーナはいつまでも家に引きこもっていようと思うほど弱くもなかった。


 勝手に相手を決められてしまうより、自分の道を少しでも選びたい。

 そう心から願った。




 そして、カリーナは第一皇子レキアスの侍女になった。驚いたことに皇子の侍女は、カリーナを含めて数人だった。その理由は皇子が殆どのことを自身で出来ると主張したからだそうだ。

 侍女になる道を掴んだものの、城に上がることさえも毎日のように内心怯えていたが、常に周りには凛とした姿に見えるように振る舞えている自信はあった。それが貴族女性として育てられた自分に最も感謝する点である。


「クイネ嬢」


 カリーナに声をかけてきたのは、皇子と最も親しいと思われる側近サディス=ノキア卿だ。ノキア公爵家の次男で、金色の髪に鮮やかな緑色の瞳を持つ男性で、皇子より王子様のような外見をしており、正直カリーナが苦手なタイプの外見だった。


(きっとこの人も、あいつと同じなんだろう)

 そんな風に勝手に思っていた。 

「今日の殿下の予定ですが……」




 最初の頃は吐き気を感じることもあったが、数年もするとサディスの誠実さはすぐにわかった。この顔を持っていても、浮ついた噂がゼロで逆に不思議に感じた。


 皇子の周りの人間はよくできた人間で固められているのか、カリーナの男性恐怖症が大きく障害になるようなことは起きなかった。側近の男性陣も、皇子自身も、カリーナに必要以上に近づくようなことはない。侍女によっては、そう言うことになることを望む女性もいるため、仕事が近いもの同士で男女の仲に発展する場合も当然ある。

 不安に思っていたことが何一つ杞憂に終わって、カリーナとしてはとても有り難かった。


 ただ、仕えている皇子ですら、全く女性っ気がかけらもなく、逆に周囲の人々を不安に陥れていた。


「ねえ、カリーナはどう思う?」

「何が?」

 他の侍女仲間に皇子やその側近について聞かれることは多々ある。

「殿下とノキア卿よ」

 侍女仲間の中で最近流行っている噂は、皇子とサディスがデキている説だ。皇子が男色家であると言う噂が、そういう話が好きな侍女の間で広まっているのだ。恐らく根拠もないただの誰かの出来心だろう。

「さぁ?」

 そういうのが好きな人がいることも知っているが、仕えている主人の噂に乗っかる気は流石にない。




 ある日殿下へお茶を出すために執務室へ行くと、サディスと目があった。殿下は席を外されているようで、また後から出直そうと戻ろうとすると声をかけられる。いつもは大体笑顔なのだが、今日はなんとも微妙そうな顔をしている。


「カリーナも、もしかして噂のこと知ってる?」

 数年も経つと皇子付きの侍女として、よく話すことも多くなり、名前でお互いを呼ぶようになっていた。同じ主人に使える仕事の仲間としての意識が強くなり、最近のカリーナは殆ど男性恐怖症が顔を出すことすら無くなっていた。


「先程耳にしましたよ」

 先ほど丁度聞かされたあの噂だろうと思い、カリーナが思い起こしているとサディスが珍しく驚愕の表情を向けてきた。

「ないから!殿下とどうとかないから!」

 珍しく動揺しているような様子に思わず吹き出してしまう。

「別に信じてないですよ」

 カリーナの言葉に心底ホッとしたような顔を見せたサディス。

「まさか、そんな噂が広がると思わないだろ」

 サディスがくしゃっと自分の髪を掴み、ガシガシと頭をかく。顔に似合わない動作だと思いながら眺める。

「カリーナまで信じてたらどうしようかと思った」

「そんなわけないじゃないですか」

 年齢差は多少あったが、サディスや他の側近の男性とは気軽に話せる仲になっていた。

 


 特にサディスは顔が良いのに人も良い。


 当然女性陣からの人気もかなり高いのだが、全く浮ついた噂もない。一度他の侍女仲間に頼まれてサディスに聞いたことがあった。

「どうして結婚しないんですか?」

 カリーナの質問にサディスは意外そうな顔で見返してきた。

「と、サディス卿に聞いてほしいって言われました」

 カリーナがそう続けるとサディスが納得したように笑った。

「大した理由じゃないよ。殿下がまだ結婚してないから」

 

 サディスと皇子はとても親しかった。あんな噂が出るのも納得できるぐらい、執務室でも二人で話をしているのをよく見かける。二人のときは、サディスも敬語で話さないようで、二人の会話はまさに仲の良い友人という様子だった。初めてそれを見た時は、サディスが「内緒にして」と申し訳なさそうな顔をしたので、静かに頷いたのを覚えている。

 



 ある日城内をカリーナが歩いていると見知らぬ上級騎士に声を掛けられる。カリーナ自身は見覚えはないのだが、相手の話し振りから以前仕事で話したことがあるようだった。

 

 気づけば仄暗い階段下に追い詰められていた。


 見知らぬ男を前に、カリーナは気持ち悪さや吐き気に襲われまともに身動きを取ることができなかった。ここ最近感じることのなかったものだったが、完全になくなったものではなかったようだ。

 黙っているカリーナに気を良くしたのか、相手は自分の良いように解釈していく。


(気持ち悪い、怖い、やめて)


 恐らく口説かれていたのだとは思う。しかし、もうどうこう考えている余裕すらすっかり無くなってしまっていた。恐怖に足が竦む。こんな思いは侍女になってからほぼ感じることはなかった。皇子の周りの人間がどれほどできた人間であったのか、今になってよくわかる。


 手を取られ、さらに壁に追い詰められる。

 息が止まるかと思った。恐怖に手が震えるのに、目の前の男はそんな些細なことを気にも止めない。どんどんと距離を詰められ、震えが止まらない。


(やめて、やめて、やめて……!)


 もう目の前のことから目を瞑るしかなく、カリーナは瞼をぎゅっと閉じた。そんなことをしたってなんの解決にもならないのに、そんなことしかできない自分が情けなくなる。


 そんな時、聞き慣れた声がした。

 

「カリーナ」

 ハッとして、目を開けると見知らぬ男の向こう側に、サディスの姿が見えた。

「カリーナ、殿下が探してるよ」

 サディスはいつも通りの優しい声だった。そして上級騎士を見るとにこりと微笑んだ。

「邪魔したようですまない。うちの殿下がカリーナに用があるみたいで」

 サディスの顔には見覚えがあるのか目の前の男は、舌打ちをするとカリーナの手を離し、サディスの横を歩き去っていった。


 サディスは男の姿が見えなくなるまで男からその視線をはずさなかった。ようやく見えなくなったところで、ゆっくりとカリーナの側に近づいたが、二三歩離れた場所で立ち止まる。

「これ以上は近づかない」

 後ろを気をして心配そうな表情を向けてきた。

「本当は誰か女性を呼んできた方がいいんだろうけど、一人にするのもちょっと心配だから」


 また同じような輩が来ないとも言い切れない、そんな心配をされているように思えた。そして、その言動から、彼女自身がそれを口にしたことはなかったが、カリーナの男性恐怖症を知っているように思えた。


 サディスの心配そうな顔を見ると、ホッとしてカリーナの瞳から涙が溢れ落ちた。


 その様子にサディスがかつてなく動揺した顔をする。

「やっぱり誰か女性を……!」

 今にも行こうとしたサディスにカリーナは首を横に振った。

「いえ、大丈夫です。……ご存じだったんですね。私が男性恐怖症だって」

 カリーナの言葉にサディスは頷いた。

「殿下から行動に注意するように、一番最初に私たちには伝達があったから」

(あぁ、そうだったんだ。だから、ここは安心していられたのね)

 それはカリーナにとってとても納得できることだった。


「助けてくださり、ありがとうございます」

 お礼を言いながらもまだ涙が止まらないカリーナにサディスは手を伸ばそうとしてぐっとそれを止めた。

「本当に誰か、呼ばなくていいのか?」

 不安そうなサディスの声にカリーナは頷く。

「これは、サディス卿を見て安心しただけですから」

 カリーナの言葉にサディスが少し目を逸らした。



「一応、俺も男だけど」

 そう呟いた言葉はカリーナには届かなかった。

結構前に書いたのに載せるタイミングがよくわからなかった話です。

今載せるのもどうなのかわからない……。

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