小話3:近衛騎士からみた皇后と皇帝
オレは、今だけ一時的に皇后陛下の近衛騎士をやっているノルト=ノキア。
皇后陛下の街へ行きたいと言う希望に対して、仕方なく折れた皇帝陛下が、たまたま近くにいたオレを護衛に選んだ。
街に出た皇后陛下は、種苗を取り扱う店で野菜の種と苗をいくつか買っていた。
思ったより皇后陛下の護衛も意外と楽だな。
もう城に帰る気満々で歩き始めたら、侍女に声をかけられる。
「次は本屋に参ります」
え、と思った時にはすでに皇后陛下は少し先を歩いていて焦る。
こう言うところか!
そう思い自由に歩いていく皇后陛下を慌てて追いかけた。何かあったらたまったもんじゃない。
皇后陛下は本屋に躊躇なく入っていく。店は他の客も何人かいたようだったが、静かだった。本のページを捲ったり、木の床の上を歩く足音が聞こえる。
皇后陛下はどんな本を読むんだ?
まぁ真面目そうな感じだし、芸術とか文学とか?
スタスタと歩いていく皇后陛下の後ろをついていく。怪しげな気配もなく、特に問題はなさそうだ。
ふと前の侍女が立ち止まったため、同じく足を止め、目の前の本棚に目を向ける。
「初めての野菜の育て方」って!
また野菜かよーー!!!
顔には出してないつもりだが、侍女に睨まれた気がするのは気のせいだと信じたい。
「案外たくさんあって迷いますね」
皇后陛下は無表情のまま本棚の本を見比べている。興味があるようにも見えないのだが、なかなかその場所から動かないことを考えると本当にこのあたりの本が目的のものらしい。
まぁ、種や苗も買ってたしな。
なんで皇后陛下が野菜育てなきゃいけないんだ?実は皇城の野菜に不満が……?
ニジエが自然豊かだとは聞くけどそんな野菜の味にも差が?え、まじで??
少しの間迷った末に「初めての根菜の育て方」と「初めての葉物野菜の育て方」を購入していた。
本当に皇后陛下が育てるの……?
頭の中でぐるぐると理解できないことが巡る間に、本屋の用事は終わったらしくあっさりと外へ出た。今度こそ城に帰ることができる!と思ったがどうやらその考えは甘いらしい。
お城は方向反対ですけどー。
皇后陛下と侍女はすでに行くところを事前に決めていたのか迷いがない。
ってか、決まってたなら教えて!
内心そんな文句を言いながらも当然顔には出さず、とにかく離れないように危険がないようにしなければいけない。まだ1週間も経ってないのにクビにされたらたまったもんじゃない。
そんな中、皇后陛下が足を止めたのは、カフェの前だった。店内に綺麗な焼き菓子やケーキが並んでいる。
あー、ここか。最近忙しくて来れなかったけど、ここのケーキは絶品だよな。
皇后陛下が珍しく入るのを躊躇っていると侍女が率先して中へ入っていく。オレの方にも視線を向けられて大人しく後ろについて入っていく。人気の店のため、店内は結構混んでいる。
入ってすぐにショーケースがあり、今日のケーキの状況を見ることができる。この店は季節のフルーツをふんだんに使ったケーキが美味しい。生クリームがたっぷりのっていてもくどくない甘さなのもいい。そしてちょっと変わったケーキもある。
ショーケースでケーキを選んでから席について食べるスタイルなのだが、皇后陛下がじっとショーケースを無表情で見つめたまま動かない。気に入らないんだろうか。いや、この店は正直どれでも美味いからぜひ食べてほしい。侍女をチラリと見るが、侍女も珍しく若干首を傾げている。
「どんなものがお好みですか。この店ならどれ食べても基本的に美味しいですけど、この時期のおすすめはやっぱりさくらんぼですかね」
ハッとした時にはもう遅い。女性陣の視線がぐいんとこちらを向いた。
あ、またやらかした。
「ノキア卿はこのお店に詳しいの?」
皇后陛下の質問に、こくこくと首を縦に振る。
「野菜を使っているケーキであまり違和感を感じないのはどれかしら」
って、また野菜かーい!!
まぁ、確かにこの店は他では見ないような野菜を使ったケーキがあるのは確かだ。それが目的で来たってことか。
「それなら、ナスとさくらんぼのショートケーキとかいいと思います。ナスはケーキのスポンジに練り込まれててそんなにナスの風味は感じません。あとは美味しいクリームとさくらんぼが味のメインに出てきます」
そんな風に答えると、皇后陛下の表情が少し動いた気がした。ずっと無表情に見えていたのだが、少しだけ目が喜びを示しているような。……、いや、気のせいかも。
「それ、食べてみたいです」
その返事に頷き、見慣れた店員に声をかける。
「他には何か頼みますか?」
「カリーナとノキア卿も食べたいものがあれば一緒に食べましょう」
その言葉に侍女が遠慮するような仕草を見せたが、皇后が押し切りケーキを選ばせた。
「ノキア卿もどうぞ」
侍女をチラリとみたが諦めている様子に見えたので、ここは遠慮なく新作のさくらんぼケーキを頼んでおいた。
勧められるままに、席についてから思った。
護衛なのに席に座ったらダメだろ。新作のさくらんぼケーキがオレを呼ぶ力が強すぎて……。
あぁあああと頭の中で絶望していると皇后陛下と目があった。
「大丈夫です。全部私が責任を持ちますから」
冷たそうな表情をずっとしていたが、案外懐が深い。そんなことを思いながらも目の前に新作のさくらんぼケーキが運ばれてくると罪悪感はどこかへ吹っ飛んだ。
一方の皇后陛下はナスとさくらんぼのショートケーキを観察しながら、一口ずつ味わっているようだった。少しフォークですくってスポンジ部分を眺めたり匂いを嗅いだりしてから口に入れている。
何やってんだろ。
「確かに、ほんのりナスの味がしますがあまり主張はしてませんね。クリームも程よい甘さで、さくらんぼとの相性もいいです」
そんな感想が出てきてとりあえずホッとする。
「これを陛下のお土産にしたいと思います」
何故かものすごく決意したような言い方だったのが気になったが、美味しいさくらんぼケーキに全ての思考が奪われてそれどころではなかった。まじで美味い。もう一回食べたい。
結局、野菜の種と苗と本と、陛下へのお土産のケーキを買って城に帰った。陛下へのお土産をすぐに渡しに行きたいと言われ、着替えだけ済ますとその足で執務室へ向かう。
執務室では相変わらず陛下が優しい笑みのまま仕事をこなしていた。皇后陛下が無事に戻ったことを確認すると嬉しそうに微笑んだ。
「ノルトもご苦労様」
そう声をかけられてホッとする。
「陛下、お土産のケーキです」
そう言って皇后陛下がずいっとケーキの入った箱を渡した。陛下は不思議そうに瞬きをすると微笑んでからその箱を受け取った。
「ありがとう。丁度休憩しようと思うからフィネリアも一緒にどう?」
「いえ、私はみんなで食べて来たところなので、側近の方たちとご一緒にどうぞ」
さらっとそう返した皇后陛下の言葉に、完全に陛下の動きが固まった。
「……、みんなで?」
陛下の視線が明らかにこっちにきた。しかもなんかめっちゃ鋭い。刺さる。痛い。
「へー、私もまだ城の外でフィネリアとお茶なんてしたことないんだけど」
まじかよそれ先に言ってーー!!!絶対ダメなやつじゃーーん!!!!皇后陛下ー!!!
チラリと皇后陛下を見ると陛下に視線を向けたままコテンと首を傾げている。
「陛下、忙しいですからね」
やっばい、全然通じてないやつじゃん。明らかに陛下に刺されそうな案件になってるんですけどー!
「まぁ、ノルトにはあとでたっぷり話を聞くとして、お土産に買ってきてくれたってことはそんなに美味しいケーキだったの?」
いや何ひとつ聞いてほしくないし、命の危機を感じる。兄に助けを求めて視線を向けてみたがそっと逸らされた。
「ナスとさくらんぼのショートケーキです」
その皇后陛下の答えにまた陛下が固まった。そして横で兄は吹き出した。
え、これも地雷?どこらへん!?
「ちゃんと私味見してきましたから安心してください」
何故か自信満々の皇后陛下に不安になる。一人冷や汗をかいて立っていると、すっと兄が横に立って耳打ちしてきた。
「陛下は野菜嫌いだ」
もっと早く教えてーー!!!!
ってか、もしかして陛下の嫌いなもの1から育ててたべさせようとしてんの?!すごっ!
実はこっちも結構愛深かったりする?いや、逆に嫌がらせ説も……。
でも、まずオレの命が大事だ。
「とりあえず、明日お二人でカフェ行きません?良いところ紹介します」
毎回の自己紹介鬱陶しかったらすみません。どれから読んでも良いような形にしたくて。
でも順番どうりじゃないと楽しめないものになってしまった!
一応ノルト=ノキア視点はこれで一旦区切りです。
次は誰にしよう。