小話2:近衛騎士からみた皇后
オレは最近になって皇帝陛下の近衛騎士になった、ノルト=ノキア。
陛下の近衛騎士は城にいる限りは、暇と言ってしまえば暇だった。陛下はほとんど執務室に篭りっきりだ。室内に二人、扉の外にも二人騎士が立っている。
オレは今日は室内側だった。姿勢を正してずっと立っているだけでも慣れるまではなかなかツラい。
陛下は基本的には執務室でもにこにこと微笑んでいる。大量の報告書や資料を文句一つ言わずに読み、処理を進めていっている。
仕事の量がおかしいレベルだなとは思うが、こっそり兄に聞いたらこれでも少なくなった方らしい。
そんな仕事状況だから、まだ結婚したばかりだというのに日中はあまり皇后陛下との時間は取れていないようだった。
そんな風に思っていると、執務室の扉が遠慮がちにノックされた。兄の了承の返事で扉が開くと、淡い金色の長い髪に紫色の瞳の女性が顔を出した。
あ、遠目から見たことがある顔。
「フィネリア、何かあった?」
陛下の呼びかけにやっぱりかと思う。
この人が皇后陛下かと思わずじっと見つめてしまい目があう。
あ、やらかした。
「新しい近衛騎士の方が増えたんですね」
表情の動きは無くほぼ淡々とした話し方だった。怒っているようにも見えないし、好意的にも見えない。
しかし少し首を傾げるとオレと兄を見比べ始めた。
「もしかして、サディス卿の血縁の方ですか」
兄のことは名前呼びなのか。意外。
「そうです。三男のノルト=ノキアといいます」
そう紹介されて慌てて頭を下げる。
兄が微笑みを向けて紹介していたが、皇后陛下は他の貴族令嬢たちとは違い、顔を赤くもしないし、惚れ惚れと兄を見つめることもない。
「そうですか、よく似ていらっしゃいますね」
感心したようにそう感想を言われた。少し嬉しい。
オレも兄も緩く波打つ金色の髪に緑の瞳で色彩はよく似ている。ただ醸し出す雰囲気から、全然違いますねと言われることが多いし、オレは兄ほどモテない。
皇后陛下は、遠目で見るより小さく見え、纏う雰囲気は冷たい感じもする。あまり笑わないと聞いたことがあったが、その通りみたいだ。
つまらなさそうにも見えるその表情は、何を考えているかは想像もつかない。
確かに顔立ちは可愛らしい感じではあるものの、硬い表情は動かない。
何故陛下はこの皇后陛下にぞっこんなのだろう。
不思議だ。
「フィネリアの護衛につくこともあるかもしれないから、顔を覚えておいて」
「わかりました」
「それで?」
皇后陛下がここへ来たのはオレを見に来たわけではないのだから本題があるはずだ。
「陛下、街に行きたいのですが」
淡々としたその言葉に、陛下の表情が固まった気がした。気のせいだろか。
「何しに?」
「買い物がしたいのです」
「城に呼んだら?」
「わざわざ呼ぶほどのことではないかと」
にこにこと微笑む陛下と無表情の皇后陛下の静かな攻防が目の前で繰り広げられる。
「街へ、行きたいです」
もう一度そう言った皇后陛下に、陛下の方が折れたようだった。
「カリーナだけじゃダメだ。……、ノルト、ついて行ってくれ」
え?オレ?
「フィネリアはどこでも勝手に行ってしまうから、よくよく気をつけて」
ちらりと兄を見ると深く頷かれた。
唐突にそんな難しそうな護衛とか無理なんですけど!ってか、さっさとちゃんとした専任の近衛騎士付けるべきだろー!!
そんなことを心の中で思っても仕方ないことはよくわかっている。皇后陛下に伴って執務室を出ることになった。
***
城を出る時には皇后陛下はシンプルなワンピースに着替えており、ドレス姿より幼く見える。そして、侍女と思われる女性も同じような服装に変わっていた。
ついでにオレも近衛服から着替えさせられていた。剣だけ違和感半端ない。
侍女と目が合うとびくりと怯えた様子が見て取れ、そんなに怖い表情をしていただろうかと内心混乱する。
なるべく近づかないようにしよう。
「どちらへ行かれますか?」
そう聞くとすぐに返事が来た。
「種を買いに行きます」
「種、ですか?」
皇后陛下が頷くと続きを侍女が話し始める。
「フィネリア様は温室で植物を育てていらっしゃいます」
花の種とかを買うってことか。
そんな風に納得して種苗の売っている店に行くと、皇后陛下は慣れたように店の中をずんずん進んでいく。
とにかく離れないようにしないとと思いながら足早に追いかける。
さりげなく店の中の案内を見ながら進むが、ふと気づき声を掛ける。
「花の種とかはこっちみたいですが」
店の天井にかかる小さな案内板の文字を指さしてそう言うと、皇后陛下は首を横に振る。
「今日はお花は買わないわ」
え、じゃあ何買うんだ?
皇后陛下が立ち止まったのは野菜の種や苗が置かれた場所だった。
「え?」
思わず疑問を口に出してしまう。
「ニンジンとダイコンとホウレンソウ、ルッコラ辺りが欲しいです」
その言葉に侍女がサッと動き、言われた種を手に取る。
え、野菜育てるの??
そんな疑問が顔に出ていたのか、皇后陛下と目があった。
「野菜、重要ですよ」
全然話が見えね〜!!
ノルトさん気に入ってきました。