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 見送りをしてから数日。

 のんびりとした生活を続けていたフィネリアだったが、青ざめた顔で部屋に戻ってきたカリーナの言葉で一転した。



「陛下が、行方不明とのことです」



 あまりに衝撃的な言葉に、フィネリアは持っていたティーカップを落とした。パリンと音を立ててそれは床で割れ、残っていた紅茶が広がり床に黒い染みを作る。



 視察に行くって言ってただけよね?



 思わずレキアスとの会話を思い出す。人間が埋めたという何かを確認する視察だったはずだ。そんな危険が伴うものだという認識はなかった。ただ埋められたものを確認するだけ。そういう理解をしたのだが、それが間違っていたのだろうか?



 もしかして、危険が伴うと知っていたから直接言いにきたの?



 思わずフィネリアは唇を噛んだ。自分は一体何をしているのだろう。情報だけ手に入れてそれで役に立った気でいた。そんなわけないのに。


「フィネリア様、血が!」

 強く噛みすぎたせいで、唇から血が出る。カリーナが慌ててハンカチでフィネリアの口元を押さえようとするので、ハンカチだけ受け取った。

「ありがとう、大丈夫」

 受け取ったハンカチで少しだけ血を拭うと、すぐにフィネリアは声を上げた。


「シルファ!」

 

 いつもよりずっと大きな声で名前を呼んでみるが、反応がない。数日前にも呼んだがその時は、すぐに反応して姿を表してくれた。


「シルファ、応えて!」

 もう一度声をあげてみたが、2回目もなんの反応もない。


「どうして、こんな時に……」


 フィネリアは改めて自分の無力さを痛感した。精霊なしでは何もできない自分が歯痒い。しかも、レキアスは自分が与えた情報に基づいて動いていたのだ。



「……、カリーナ、陛下がいなくなった場所に行きます」



***



「お待ちください、フィネリア様!」

 上着だけ羽織ると出かけようとするフィネリアの後をカリーナが慌てて追いかける。廊下を早足で歩くフィネリアの前に、不意に誰かが現れる。


「これは、皇后陛下。慌ててどちらへ?」


 現れたのは、皇弟であるミラードだった。あまりレキアスとは似ていない彼とは、関わらないように言われている。

 そして、なんとなくこうして目の前に現れたのは、偶然ではないのだろうと思う。


「少し、外へ行くだけです」

「陛下が、行方不明と聞いています。安全な場所でお待ちになった方がいいのでは?」

 ミラードのその言葉にはカリーナも賛成なのか、黙っている。


「私も今この話を聞いたばかりです。皇后陛下も同じではないですか?不安な気持ちは一緒です。一度落ち着くためにお茶でもいかがですか?」


 以前にミラードと庭園で会ってからは一度も会っていなかった。そのため、フィネリアにはミラードがどういう人間なのかは、相変わらずわかっていない。

 しかし、レキアスはミラードはダメだと言っていた。


 そして、レキアスや側近たちがいなくなった途端、目の前に現れるのはさすがのフィネリアも警戒する。カリーナも黙ってはいるが、ピリピリしているのが伝わってくる。


「申し訳ありません、急いでおりますので」


 フィネリアが丁寧にお辞儀をして、断るとミラードはそれ以上フィネリアの行手を阻んだりはしなかった。すっと場所を開けてくれたため、フィネリアはその先へ進んだ。



「勝手に消えてくれる分には構わないけどね」



 ミラードの呟いた言葉は、フィネリアたちには届かない。



***



「あ、今お姫様に呼ばれたなー」

 シルファの言葉に、レキアスが眉を寄せ付ける。


「あー、めっちゃ呼んでる。いつもより声張って呼んでくれてるのにいけないなんて!」

 黒い檻の中でくるくる回って苛立ちを示す精霊は、フィネリアがレキアスに名を伝えていた風の精霊シルファだった。




 少し時間は戻る。

 レキアスは過去の工事記録に基づき、いくつかの場所の視察をしていた。今回はあくまで何が埋まっているかの確認で、掘り出すことまでは考えていなかった。


 しかし、3ヶ所目の場所が非常に浅い場所にあり、少し土をどかしただけで、明らかな人工物が出てきた。それは黒い色に紫色の煌めきを纏った立方体の何かだった。

 正直なところ、何と表現していいかわからないものだった。


 その四角い物体に思わず手を伸ばすと、触れていないに関わらず、ぶわりとものすごい突風がレキアスを襲い、紫色の煌めきがレキアスを呑み込んだ。




 次に意識が戻った時には、不思議な空間の中にいた。真っ暗なその場所は、暑くも寒くもない、外的な環境からは切り離された場所だった。目が見えているのか、見えていないのかもはっきりしない。ただ、風や匂いも音も無い。どれだけ時間が経ったのかも、レキアスにはわからなかった。

 

「まずいことになったな……」

 そう呟いたレキアスの眼の前に、突然きらきらとした白い光が現れる。それは、羽の生えた小さな男の子の姿をした何かだった。

 

「あれ、これって人間も捕まっちゃう系なの?」


 思っていたよりも軽い喋り方に驚きつつも、レキアスはいつもの微笑みを返す。すると、それは、あからさまに嫌そうな顔を返してきた。

「疑わしく思うなら、まずそっちが名乗るべきだろ〜」

 心の中では、これが何か判断するのに精一杯だった。図星をつかれ、レキアスは諦めることにした。

 

「すまない。私は、レキアス=タラス=リンザニア。一応この国で一番偉い人間だ」


 その言葉に、羽が生えた何かは、「あぁ」と一応の納得を見せる。

「姫様の夫でしょ」

「姫様?」

 レキアスの問いにシルファが眉を寄せる。

「あー、ちょっと名前は忘れちゃったけど、ニジェラミエのお姫様だよ」

 ニジェラミエという国は現在はない。精霊は人間の住む世界をあまり理解はしていないとされている。それを考えるとこのニジェラミエのお姫様というのは、ニジエから来たフィネリアのことを指すのだと容易に想像できる。

 

「もしかして、君がシルファ?」

「あ、なんだ僕の名前知ってるんだ」


 フィネリアが初めて精霊について具体的に教えてくれたことが、レキアスは嬉しかったのだ。なんでもないように答えていたが、忘れるはずがない。


「じゃあ、安心だね」

「何がだい?」

「姫様が名前を教えてるんだから、悪い人じゃないでしょ」

「……、そういうものなのか?」

「精霊の名前は大事なの。姫様にはみんな簡単に名前を教えちゃうけど、名前は悪いこともできちゃうからさ。姫様は考えた上であんたに教えたと思うよ」

 

 少しは、信頼されていると思っていいのだろうか。


 こそばゆいような気分になり、自然に口が緩むが、状況を思い出し、気持ちを切り替える。さっさとこの場所から抜け出さなければいけない。


「シルファ、君もここに閉じ込められたのかい?」

「そう。まさか、近づいただけで取り込まれると思わないじゃん?」


 それには強く同意したい。


「これたぶんずっと入ってると死ぬよ」

 はっきり言った精霊の言葉になんとなく予想はしていたものの、事の重大さを実感する。


「出られる術は?」

「今のところないねー」

 あっさりそう言ったシルファは、ひらひらと舞う。

「徐々に生命力が減ってる気がするんだよね」

 振り返りながらそう言ったシルファの言葉に、レキアスはゾッとした。



 まだ何もできてない。

 山ほど思い出せる国の重要な案件、先帝時代の腐った部分を切り落とすのだけで精一杯で、新しいことはこれから少しずつ進めていくところだった。

 国のことだけでも十分に嫌な脂汗が額を伝う。こんな所で死ぬわけにいかない。


 それに。


 思い出すのは、フィネリアの姿。まだ結婚して1か月しか経ってない。なかなか笑ってもくれなかったのが、ようやく少し打ち解けたような気がしてきたばかりだ。

 しかも、もしここでレキアスが死んだ場合、フィネリアはどうなるのか。新しい皇帝が立った場合、次の皇帝には新しい皇后が当然充てがわれるだろう。


 和平の証として婚姻したのに、早々に未亡人になるなど、誰も予想していない。ニジエへ戻ることを良しとされなければ、誰かに下賜される可能性もあるかもしれない。見知らぬ男が隣に立っているのを想像しただけで、自分の中で怒りの感情が沸き起こる。


 あぁ、こんな状況になって気づくなんて。自分で思っていたより、ずっと大事に思ってたんだな。


 ため息を吐くとシルファがいつのまにか顔の目の前にいた。

「ねぇ、力ある?」

 唐突な質問と近さに驚きつつ、レキアスは眉を寄せる。

「どういう力のことだい?フィネリアみたいな精霊と話す力は……」

 と思いふと気がつく。


 何で、精霊が見えるんだ?


 表情から読み取れたのか、シルファが喋り出す。

「僕のことが見えてるのは、この箱の中にいるせいだと思う。なんか精霊の力が加わってるんだよねー。誰だよこんなの作るの手伝ったやつ!見つけたらただじゃ置かないからな!」

 プリプリと文句を言うシルファは、なんだか面白い。

「でもそういう姫さまみたいな力じゃなくて、もっと物理的な力だよ!」

 レキアスはふと腰に手をやると剣がある。身につけていたものはすべて一緒に入ってきたようだ。

「力はそれなりにあるが、この中で役に立つのかい?」

 精霊の力が宿った箱に、物理的な力で対抗できるのだろうかと不思議に思う。


「精霊の力だけでできているわけじゃないから、物理も効くと思うんだよね。綻びを見つければ、そこからいけるんじゃないかなぁと思うんだけど」

「なるほど」

 納得できたところで、気になっていたことを聞いてみた。

 

「ところで、この箱が土地が死んだ原因なのかな」

 その質問にシルファは簡単に頷いた。

「間違いないでしょ。周辺の生命エネルギーを吸い続けてる。そりゃ、土地も死ぬよね」

 当たり前でしょと言う顔をするシルファに、流石のレキアスも受け入れるしかない。

「吸い続けたエネルギーはどうなっているんだ?」

「そこまではこの中にいるだけじゃわかんないな。作ったやつを特定して聞き出すか、あるいはこの箱自体を研究して、仕様や用途の確認しないと」

 かなり人間らしいことを言うシルファに内心驚きながらレキアスは頷いた。


「ここから出たらこの国に雇われないかい?」

「何言ってんの?」


 心底頭大丈夫か?と言う顔をされたが、レキアスとしては割と真剣だった。

「優秀な人を雇用しようとするのは至って普通だよ」

「そもそも人じゃないし」


 羽をパタパタさせ自分が精霊であることをアピールしてくる姿は、見ててとても癒される。


「人だろうと無かろうと大して差はないさ」

「……、僕は周りから変わり者だって言われてる。それなのに役に立つわけないでしょ」

 ここで言う周りとは、他の精霊を指しているのだろう。

「周りがどう言うかなんて関係ない。僕が君を優秀だと感じて、雇いたいと思った。それだけだよ」


 レキアスの言葉に、シルファは何も言わなかった。そのままどこかへ飛んでいってしまう。キラキラと光るシルファは、移動していてもどこに行ったかはすぐにわかる。


 レキアスもゆっくりとシルファの場所を確認しながら歩き出す。正直彼の光がなかったら、この真っ暗な場所で何も見えず、何もできなかっただろう。

 歩き進めると、キラリと紫色の粒子がいくつも飛んで行く。シルファについて進むほどにその数が増す。


「何だ、これは?」


 掴もうとしても掴めないそれに、レキアスは首を傾げる。少し前にいたシルファが振り返ることなく答える。

「闇の精霊の力っぽいかな。あんま知り合いいないけど」


 精霊には、水、火、風、地、光、闇の属性を持つものがいると言われている。レキアスもそれぐらいしか知識がない。

「さっき言っていた協力している精霊は、闇の精霊ということ?」

「たぶんね。闇の精霊って、気に入ったものがあるとそれに傾倒しちゃう性格なんだよねー」

 そんなことを言いながらシルファはまだ進み続けるため、レキアスも後を追う。歩き続けるほど、紫色の粒子の数が増え行くのがわかる。



 目の前に紫色の小さな渦のような場所が足下に見えた。

「これは……」

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