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「人間が埋めたものか」


「はい。それが原因で土地が死んでいると精霊は言っていたそうです」

 サディスの報告に、レキアスは執務室で眉を寄せた。


「何か心当たりは?」

「ないですが、我々が行ってきたことの中に該当するものがないので、先帝の代からの記録を洗い出してみた方が良さそうな気がします」

「正しく記録されてるかはわからないが、そうしよう」

 レキアスは少し思案しつつも、ふっと笑う。

「うちの奥さんは働きものだな。まだ日が浅いと言うのに」

「しっかりここに身を置くつもりなのでしょう」


 そうだなとレキアスも思う。少し前にフィネリアとした会話を思い出す。彼女の覚悟を甘く見ていたのはこちらのようだった。

 

「その割に、寝室に行くとすぐ寝るのは何でなんだ。皇后としてのつとめは?」

「それは別の問題なんじゃないか?」

「まぁ、僕もなんかだんだんどうしていいかわからなくなってきて、積極的に先に寝るようにしてるけど」

「いや、絶対それだろ問題は」

 サディスの呆れた突っ込みにも納得いかないレキアスだった。

 

「よく考えてみてくれ。僕が32で、フィネリアは25だ。なんだか子供にしか見えず、そんなこと思ってたら謎の罪悪感が迫り上がってくる」

「いや、たった7歳差だろ?ちょっと見た目が幼いだけで」

「世間知らずなせいか、少し子供っぽいところが余計に幼さを感じさせて、これは大丈夫なのか?って、気になる」

「……正真正銘、25歳だから安心してくれ。ニジエの国王が保証してくれてる」


「色々言ったけど、どちらかと言うと手を出したら嫌われそうで怖い。今のフィネリアの帝国内信頼できる人ランキング一位も二位も僕じゃない」

 謎に自信満々のレキアスの返事に、サディスも空いた口が塞がらない。

「じゃあ、その一位と二位は誰なんだ」

「カリーナとサディス」

 迷いもなくそう告げたレキアスに、サディスは目を細める。

「……、そうか」


 もはや慰めることも諦めたサディスだった。



***



 数週間が経ち、フィネリアがリンザニア帝国での暮らしにもずいぶん慣れてきた頃、カリーナが嬉しい知らせを持ってきた。


「ようやく温室での植物の栽培に許可が出ました」

 フィネリアはそこで初めてここに温室があることを知った。てっきり許可されるとしたら、城の中央の庭園かと思っていたが、あそこではダメだったということだろうか。それでも育てることを許されたのだから、喜びしかない。

 

 人も行きやすいから何かあったら困るものね。

 

 カリーナに頼みフィネリアはさっそく温室へ足を運んだ。



 温室は城の西側にあり、しっかりと管理が行き届いているようだった。少し辺りを見回してみたが、これだけ植物があっても精霊の姿はない。ニジエだと必ず見かけるのだが、誰も飛んでいないだけで寂しく感じる。それでも何かを育てられると思うと嬉しくなる。


「何でも育てていいのかしら?」

 フィネリアの疑問にカリーナは頷いた。

「特に制約などは聞かされておりませんから、大丈夫かと思います」

 フィネリアは一気に気分が上昇し、知らず知らずのうちに頬が緩んでいた。カリーナはその笑みに嬉しくなる。

「欲しいものがございましたら、おっしゃってください」



*** 



 その日は朝から雨だった。しとしとと降る雨を温室の中からぼんやりと眺めていた。


 フィネリアが頼んだ植物たちは、カリーナがすぐに手配してくれ、温室はフィネリアの気になっていた植物が並べられている。


 手入れをした後に休憩ができるように、テーブルを運び込んでもらっていた。椅子に腰掛けたまま、降り続ける雨にむかって、結果が分かっていながら何となくつぶやいた。

 

「ウォーレ」


 そのフィネリアの呟きに、雨の水は何の反応も示さない。「ウォーレ」とは、水の精霊を示す言葉で、ニジエでこれをフィネリアが呟こうものならとんでもない量の精霊たちが集まってくる。

 しかしここでは、呟いたところで何も現れない。

 思わずため息をついてしまうと、目の前にくるりと螺旋の光が現れる。


「ウォーレじゃないけど、じゃかじゃかじゃーん」

 テンション高く現れたのはシルファだった。その登場に驚くが、姿を見せてくれたことに嬉しくなる。


「近くにいたの?」

「あまりにも寂しそうな声だったからさ」

 その指摘にフィネリアはなんと返していいかわからなかった。


 ニジエにいた時には側に居続ける精霊たちに辟易していたが、いなくなるといなくなるで寂しくなると言う自分勝手な思いに申し訳なくなる。


「そうね。思ったより、寂しく感じてるみたい」

 フィネリアはそう言いながら、テーブルに置かれていたお菓子を手渡すと、シルファはパッと笑顔を見せて食いつく。

「ニジェラミエにはたくさん精霊がいるでしょ?」

「もう今は、ニジエって言うのよ」

 一番最初にシルファに会った時は訂正し損ねたが、今日は訂正した。ニジェラミエは、ニジエの前身の国の名前だ。現在はニジェラミエだった国は2つに分かれている。


「たぶん、あなたが思うニジェラミエのお姫様と私は別人よ」


 ニジェラミエはニジエの前身なだけあり、精霊に関する話の多い国であった。フィネリアと同じように精霊が見えるお姫様がいたと言うのは聞いたことがある。実際、ニジエにいた頃もよくそのお姫様と混同されたことがあった。


「じゃあ君は誰なの?」

 興味があるのかないのか、シルファは次のお菓子に手を出しながら聞いてきた。

「元ニジエ王国の王女、フィネリアよ。今はここ、リンザニアの皇后」

「へー?」

 やはり聞いてみただけで興味はないのだろう。

「姫様は何で精霊が見えるのに、こんなところに住むの?」


 シルファの問いに、フィネリアは答えに詰まった。好きで住んでいるわけではないとは、もう言えない。王族に生まれた使命と言えばそれまで。正しい答えを見つけられない。


「姫様は嫌じゃないの?この土地」


 彼に悪意はない。だが、この質問は「嫌でしょ?」と聞いている。何故そんなことを聞いてくるかは理解する。なんせこの土地は今、死んでいる。そんな土地に何故住もうと思うのか、精霊からしてみれば意味がわからないはずだ。少なくとも精霊は住み続けることが難しい。

 

「ニジェラミエの姫様は、始まりの森にいるべきじゃない?」

「……、ニジェラミエじゃないって」

「僕らにしたら一緒だよ」

 お菓子を食べながら淡々と言うシルファの言葉に、どう答えていいかわからなかった。


 フィネリアも自分が、大昔にいたニジェラミエのお姫様とよく似ていると精霊たちに言われていることは知っている。

「姫さまは、唯一だよ」

 ふと視線を向けてきたシルファの瞳がひどく真剣で、フィネリアは何も返せなくなった。


「って、ほかの精霊は言う」

 シルファは表情を崩すとそう言った。

「僕たちも固執しすぎなんだよね、ニジェラミエの姫様にさ。側にいると気持ち良いからさ」

「気持ち良い?」

 シルファの言葉にフィネリアは首を傾げる。

「何か精霊が好きな波長なの。だから、みんなすぐニジェラミエの姫様だとわかっちゃうんだよ。僕も初めて見た時からわかったし」

 

 たしかに彼はリンザニアで会ったにも関わらず、初めからフィネリアのことをニジェラミエの姫さまかと確認してきた。


「それって私だけなの?」

「強い波長なのはそうかな。弱い人もいるから、別に姫様1人ってわけじゃないよ。でも、そんな波長強い人なかなかいないからさ」

 シルファがお菓子と別に置かれていたケーキを見て目を輝かせる。フィネリアは無言で勧めた。その様子にシルファは、喜んで飛びついた。


 波長と言われて思わず手を見てみるが何か見えるわけでもない。うーんと悩んでいた所で、急に声をかけられる。



「誰と喋ってるの?」


 それはシルファの声ではなかった。慌てて後ろを振り返ると、そこにはレキアスがいた。普段、日中は執務室に行かない限り見かけることはない人物の登場に、フィネリアは驚き過ぎて言葉が出ない。


 普段なら執務中の時間なのに。


 固まってしまったフィネリアに、レキアスの微笑みは変わらない。

「驚かせたかな」

 その言葉にフィネリアはこくりと頷く。そしてこの温室のこの一角はとくに好きなように改造してしまった自覚があり、気まずい。

 そうは言ってもレキアスをそのまま立たせておくわけにもいかず、慌てて立ち上がりレキアスに反対側の椅子をすすめる。そして、ついでに余っていたカップにお茶を注ぐ。


「なんだか随分、雰囲気変わったね」

 席に座り、少し周りを見渡したレキアスがそう口にし、ぎくりとする。


 正直変な植物を増やした自覚があった。精霊たちが好きな、ランプの形のピンクの花が咲くものや、花火のように放射状に広がる白い花などがある。彼らはそれらの中に入ったり、ぶら下がって遊ぶのが好きだった。あとは個人的に好きな花も増やしている。自分の好きなものばかりを集めた場所を見られるのはなんとなく気恥ずかしい。


「随分アネモアの数が多いみたいだけど、好きなの?」

 さまざまな見た目の華やかなアネモアの花が植えられている。これは精霊の好きな花というよりは、フィネリアが好きな花だった。

 種類が多く、色んなものを集めるようになってから、好きになっていった花で、ニジエにいたときにも集めていた。しかし、植物を育てることもできなくなってからは、フィネリア以外の人の手で育てられるようになり、久しぶりに自分で世話ができることに嬉しくなっていた。


「は、い」

 返事をすることも気まずく目を逸らす。


「ジキタリスとかは毒性のないもの選ばせたから」

 レキアスの言葉に、フィネリアはこくこくと頷く。精霊が好きな植物のうち、ジキタリスと呼ばれるものは、ランプの形をした花を咲かせるのだが、一部は毒を持つものもある。皇帝の住んでいる城の温室で毒性のある植物を育てるなど言語道断だ。


「変な植物ばかりですみません」

 フィネリアの言葉に、レキアスは相変わらず微笑んだままだ。

「フィネリアに危険がなければ良いよ」


 自分じゃないんだ……。


 そんなことを心の中で、思いながらレキアスを見る。

「私もアネモアは好きだよ」


 側に咲いていたアネモアの花に触れながらそういうレキアスは、妙な色気があり、フィネリアは目を逸らしたくなった。

 そして、ふと気がつくとケーキを食べていたはずのシルファがいなくなったことに気がつく。少し周りを見渡してみてもその姿がなく、がっかりする。

「もしかして邪魔した?」

「いえ、大丈夫です」

 他に答えようがなく、フィネリアはそう返した。

 

「さっき話していたのは精霊?」

 レキアスの言葉にフィネリアは素直に頷いた。レキアスは、見えないけど信じる方が都合がいいという言い方をしていた。

「この国では、1人だけ反応してくれる精霊がいるので」

「へぇ?」

「この間の情報をくれたのも同じ精霊で、……シルファという名の風の精霊です」

 自分にしか見えないのだから説明したところで意味はないかもしれないが、伝えておきたいと思い口にすると、レキアスは少し嬉しそうに微笑んだ。


「覚えておこう」


 一度お茶に口をつけてから、レキアスがここに来た目的であるだろう話を始めた。

「明日、急遽視察に行くことになった」

「そうですか」

「フィネリアのくれた情報をもとに過去の資料を調べ直していたら、先帝時代にいくつか不思議な内容の工事の記録があった。その場所が、丁度今回の収穫量の減りが著しい場所と一致していた」

 その言葉に、フィネリアは心の中でホッとした。


 これで、少し何か解決の糸口が見つかるかもしれない。


 完全に解決はしないだろうが、行き詰まっている今の状況から脱することができるかもしれない。そう思うとフィネリアは、無意識のうちに笑顔になった。その様子を、少しだけ目を見張ったレキアスが不思議そうに見つめていたが、そんなことには気がつかない。


「では、その工事の場所へ行かれるのですか?」

「あぁ、その予定だ。7ヶ所ほどあるから、帰るまでに10日以上かかる。城をしばらく空けるよ」

「承知しました」

 素直に頷いたフィネリアに、レキアスは視線を向けてくる。なかなか外されない視線に、フィネリアはどうしていいかわからず困惑する。


 特に強いオーラは出てないけど、なんか、答え間違えた……?


「フィネリアは、ちょっとはここでの生活楽しめてる?」

 あまり思っていなかった質問にフィネリアは目をぱちくりする。


 最近は、温室も与えられて、本も自由に読めて、皇后としての公務はまだ大して与えられていない状態で、のんびりと過ごしている。精霊がいないことを寂しく感じることもなくはないが、十分に楽しく過ごしているように思う。


 フィネリアが静かに頷くと、そうかとレキアスは安心したような表情を見せた。

「陛下は何がそんなに心配なのですか」

「名前」


 どうでも良くない?と思ったが、話の続きに進めなさそうだったのでフィネリアは諦めて言い直した。


「レキアス様は、何がそんなに心配なのですか?」

「心配しているように見えてる?」

「はい」


 レキアスが何を考えているかは、正直フィネリアにはさっぱりわからない。ただ、政略結婚で和平の証として嫁いで来た嫁のことなど、放って置いても誰も気にしないと思う。それなのに、わざわざこうして足を運んできたり、心配してみたり。考えなければいけないことは他にも山ほどあるだろうに、フィネリアのことなど優先順位を下げて良い事項な気がするのにどういうわけか、レキアスはそうしない。


「たとえ政略結婚でも、フィネリアの覚悟には応えたいし、私としても、本当の意味での夫婦になれればと思っているよ」

「本当の意味での夫婦」


 その言葉を聞いたフィネリアは、重大なことを思い出す。最近のんびりしすぎて若干それが当たり前になってしまい、そのまま過ごしてきた。しかし、結婚後の重要なイベントを実行できていないことに。


 ハッとすると同時に、カァと真っ赤になって俯いたフィネリアにレキアスが動揺する。


「え、いや!今のは変な意味じゃなく!!そりゃあいつかはしなきゃいけないかもしれないが、急いでいる訳じゃないと言っただろう!あれは嘘じゃない!嫌がるようなことはしたくないし、今はこの国に慣れてくれればそれで、って、なんでこんなに言い訳してるんだ僕は」

 頭を抱え始めたレキアスに、思わずフィネリアが吹き出した。その珍しい笑いにレキアスが目を瞬いた後、嬉しそうに微笑む。


「フィネリアは可愛いな。もっと笑うと良いよ」

 直球でそう言われフィネリアは逆に固まってしまう。


 すると温室の入り口が開く音がして、レキアスが振り返る。

「陛下、そろそろお戻りください」

「なんだバレてたのか」

 入ってきたのはサディスだった。フィネリアを見ると簡易的な礼を示してくれる。

「さ、陛下行きましょう」

「わかったよ」


 レキアスはお茶だけ飲み干すと、少しフィネリアに手を振り、出て行ってしまう。2人と入れ替わるようにカリーナが戻ってきた。


「陛下とお話はできました?」

 どうやらカリーナは一枚噛んでいる側だったようだ。


「えぇ。明日から視察に出られるみたい」

「そうですか。では明日朝はお見送りできるようにご準備いたしますね」

花の名前は少し変えてます

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