真実
あまりにも突然のことでしたので、男は愕然としてしばらく硬直した後に現状把握の為に細めで眺めるとそれは確かに子猫の尻尾に刺さっていました。子猫の声音は奇声に変わり何度も鳴きますが、かすれた声音は路地裏に響き渡ることはなく、弱っていき、いずれ声音が届かなくなったところに、女は抜きました。それはポケットに収まるほどの十徳ナイフで、その先には血液が絵の具の筆の先のように少し付いています。女は無表情を貫いていますが、吐息が伝わってきます。ナイフを納めようとしましたが、衝動が抑えきれず、凶変して尻尾を左手で掴み、ナイフで切り落とそうとしますが、上手く切り落とせず、のこぎりのように上下にスライドさせて、切り落とすと言うより、ちぎったような感じです。すでに焼失している子猫は手を離しても動きません。苦しむ子猫をしばらく眺めて、眉間から体重を入れて、差し込み脳に到達したところで絶命してしまいました。男は動揺して、逃げようと試みた時、つい足音をならしてしまい、女は音の方に視線を向けると同時に「だれ」と叫びました。男は壁際に隠れて、女が一歩と踏み出した途端に姿を晒し、「すみません。道に迷ってしまいまして」と逃げ口上をしますが、死んだ子猫と血の付いた十徳ナイフの状況からしてあまりにも不自然です。女は「見ていたの」と単刀直入に聞きます。男は首を振りますが、すでに感づいているため、男の否定を無視して話します。
「私は悪くない。刺して、逃げようと必死になっているところを見ると、興奮が抑えきれないの。こう生まれてきた私は悪くない。君は分かるよね」
「分からない。かわいそうだろ」
なぜだろう。適当に肯定しておけば、この女の反感を買わずに収まるだろうに、僕がつい拒絶してしまうこの感情は何か気持ち悪いもので、それが心に残り続きました。途端に女は「偽善者が」と男を睨みます。いきなりの激昂に男はつい躊躇し畏縮してしまいました。
「私の方がかわいそうだよ。私の気持ちも分からないくせに。勝手な事を言うな。」
男は自身が自信を持って誰もが考える正しい事を言ったつもりでいましたが、躊躇してしまい、次の言葉を飲み込みます。
「でも私も最初は躊躇があったのよ。かわいそう。罪悪感。見つかったらどうしよう。捕まったら、親は、友達は、どう思うか。でもそんなものは時間の問題。よく分かった。ため込んでもいずれ爆発するだけ。そのときの私は人を殺してしまうかもしれない。だからこうしてたまにね。私も努力しているつもり。賢者タイムで何言われても説得力ないでしょ。どんなに強い意志を持っていても、溜めこんだ先に何をしてしまうのかなんて想像をつかない。自分の意思や正義感、常識の問題じゃないのよ。」
「それで、君はどうするつもり。警察に言うの」
「君みたいな奴はいない方がいい」
女は男を睨みながら「気持ち悪い」と言いました。
「私はこんなに苦しんでいるのに。正義面しやがって。おまえこそいない方がいい。自分の事も理解していない人間に私を糾弾するな」
「はー、意味わかんねーよ」
「だったら教えてやるよ、おまえの本性。おまえは殺したくて、殺したくて仕方ないんだよ。変態野郎。そして溜めて溜めて溜め込んでいずれ爆発する。その時おまえは自分を正当化しようとする。」
「違う」
「違わない」
「何の根拠があるんだよ」
女は薄ら笑い、こう言いました。
「だったらなんで勃起してるんだよ」




