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不運な召喚の顛末  作者:
第一章
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教材

「それで、何するの?」

洗濯物を干して戻ったレイカは、完全防備を解きながら尋ねる。

オスカーはレイカに耳打ちした。

少しレイカの表情が強張る。

何をするんだろうか?

レイカは台所でカップにお茶を注ぎ、トレイにのせる。レイカと私のカップだ。

「わかったわ。リオ、こっちにきて」

「?はい」

奥の部屋、レイカのスペースへ招かれる。

「ここに座って」

レイカはサイドテーブルにトレイを置き、ベッドに腰掛ける。そして、その横を手でぽんぽんと叩く。

言われるままに、

「お邪魔します」

座った。

「はい、お茶」

「はい」

並んでお茶を飲む。変な光景。

「レイカさん、オスカー先輩の説明がなかったんですけど、今日はどうすればいいでしょうか」

「お茶、美味しい?」

私の質問には答えずに質問が返ってきた。

「?はい、美味しいです」

「そう。良かった。私が準備したの」

レイカはカップを置くと、私の方を向く。少し言いにくそうに

「昨日、泣いた?」

聞く。

「あー、瞼腫れてます?」

「泣いたんだ。どうしたの?何かあった?」

何かあったのだろうか?よくわからない。

ぐいっとお茶を一気に飲む。

「よくわからないんです。ただ、急に涙が出てきて」

「うん」

カップをサイドテーブルに置く。

「気づいたら寝てて、起きた時に慌てて冷やしたんですけどやっぱり駄目でした」

失敗しましたとなんでもないように笑った私を

「リオ」

レイカは真面目な顔でみつめる。頭を撫でた。

何度も優しく撫でられる。

「リオは頑張ってるわ、無理して笑わないでいいわ」

レイカの言葉に首を横に振る。

「頑張れてないです」

「どうして?」

「出来なきゃ、いけないこといっぱいあって。でも私は全然出来てなくて。まだ足りないことばっかりで」

資料だって全然読めてない、支援についての知識だってまだ全然足りない。アランやレイカには迷惑かけてる。

「うん」

「焦ったらだめだとか思うのに、焦りがずっと胸のどっかにあって、」

足りないことだらけで、なんとかしなきゃと思うのに上手く出来ない。

「うん」

「だから、もっと頑張らないと」

「リオは頑張ってるよ。頑張ってないから出来ないんじゃないわ。今日は、私に甘やかされなさい、ね?」

抱き締められた。ふわっとレイカのいい匂いがして、落ち着く。

「レイカさんのいい匂いがします」

肩に頭を預けて、撫でられる心地よさに身を委ねる。

「リオも石鹸のいい香りがするわよ」

「何だろ、恥ずかしい」

「自分から言い出したことでしょ。」

「レイカさんが優しい」

「リオが無理して笑うからよ。……リオは頑張ってるわ。私が保証する。だから、少し肩の力抜きなさい。」

肩をさすられる。

私は、頑張っている、らしい。

胸が熱くなる。昨日みたいに涙が込み上げてきて、こぼれる。

「ぅぅ」

「偉いわ。よしよし」

背中をさすられて、レイカの胸の中で泣きじゃくる。

訳の分からない感情の波が襲ってきて、自分のじゃないような気がするほど制御不能だった。

「よく頑張ってるわ」

「うん。うぅぅ、ぐす」

鼻を啜りながら、目が溶けちゃいそうなほど泣いた。子どもみたいだって思いながらも、涙は一向にとまらない。レイカからはいい匂いがするし、柔らかい胸の感触にもう少しだけ甘えたいって気持ちが芽生えた。



「リオさんは?」

「寝てる。泣き疲れたみたい」

レイカはオスカーの問いに答える。

「あんなリオは初めてみたわ」

「魔法省で働き始めて一ヶ月、新しい環境に疲れが溜まる頃で、かつ彼女一人暮らしは初めてらしいから、寂しくなる頃。」

「寂しい」

「僕達に心を開いていない訳じゃない。でも、僕達は家族ではないからね。家族に近い関係なら言えてた愚痴や弱音を、僕達には吐き出せない。まぁ、レイカになら言えそうかな?って思って、急遽課題にしてみました」

オスカーの言葉に、ホームシックで泣くクリスのことを思い出した。ここに来た頃、テディベアを抱きしめてはマミィダディとよく泣いていた。

「リオ、大丈夫?」

「大丈夫よ。ちょっとだけ疲れてただけよ」

クリスが心配そうに奥の部屋を気にする。

「それより、クリス。玩具の片付けは終わったの?」

「う、これからするの。」

「手伝ってあげるわ、一緒にいきましょう」

クリスを連れて、二階の魔道具倉庫に行く。

普段遊んだ玩具はその日で片付けるんだけど、昨日は運動の後、もう一度遊びに行ってそのままにしたと今朝申告された。

魔道具倉庫にはボールが散乱していた。散らばったボールを集める。

「レイカ、ありがとう」

「どういたしまして。掃除は、大丈夫そうね。じゃあ戻りますか」

「うん。あのね、レイカ、」

「どうしたの?クリス?」

屈んで、クリスと目線を合わせる。照れたように視線を泳がせ、頬はリンゴのようだ。

「リオばっかりずるいの。」

拗ねたような小さな声で訴える。

「ふふ、そうね。クリスもぎゅーしよう」

抱っこしたまま、一階に戻った。前に抱っこした時よりも重たくなってる。

クリスの成長を微笑ましく思っていると、外の掃除から戻ったアランと一緒になった。

「お疲れ様、アラン」

「ああ」

クリスについては言及せずに部屋に戻る。



レイカさんの匂いがする。

目を覚ますと見知らぬ天井が目に飛び込んできた。

驚いて飛び起きると、レイカのベッドの上だった。

「どういうこと?」

眠る前の記憶を探り、恥ずかしくなる。

大泣きして、寝たの?私。恥ずかしい。

でも、

「なんか、スッキリしてる」

胸の辺りの焦りが落ち着いている。

「あら、起きたの?気分はどう?」

レイカがお茶を片手に、入ってきた。

「レイカさん、あの」

「ほら、お茶どうぞ」

カップを受け取り、お茶を一口飲む。

「ありがとうございます」

温かくて美味しい。

「目元、冷やしたんだけど、どう?重たい?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「丁度良かった、お昼食べましょ」

「もう、お昼なんですか?」

私の問いにレイカが頷く。

「そうよ。ぐっすり眠れたようで良かったわ。顔色良くなってる。」

ベッドに腰掛け、私の髪を手櫛で整える。

「ごめんなさい。」

「?何で謝るの?」

「だって、泣いて寝ちゃうとか、迷惑を」

「迷惑じゃないわ。気にしないで、って言っても気にしそうね。うーん、今日のリオは私の教材でしょ?いい勉強になったもの。感謝してる」

微笑むレイカに私も感謝の気持ちを伝える。

「私の方こそ、ありがとうございます。スッキリしました」

「じゃあお昼食べよう。お腹すいちゃった」

「はい」

レイカの後に続いて部屋から出る。食卓につくと、クリスに

「レイカの独り占めダメ」

って怒られた。

「すみません、クリス先輩」

謝ると

「わかったなら、よーし」

とよくわからない言い回しをした。なんか偉そう?

「なんか、偉そうだな。クリス」

「ニコルが休みだから寂しいんじゃない?」

アランとレイカの言葉に

「違うの。そんなんじゃないの」

必死に反論している。オスカーはその様子を和やかにみつめていた。

「クリス君は可愛いね」

「オスカーも可愛いよ」

賑やかな昼食時間になった。

昼食後、お詫びにと紅茶とセシルのお菓子を出した。

ああ、やっぱり美味しい。幸せ。

「美味い」

「美味しい」

「美味しいね」

「美味しいけど、これ高いんじゃない」

四人の口に合って良かった。知人が趣味で作ったお菓子ですと説明する。

「趣味のレベル超えてるわよ、これ」

「確かに」

やっぱり、そう思うよね。

「クリス、食べすぎよ。お腹ぱんぱんでしょ」

「もっと食べたい」

「駄目です。これは、リオが貰ったお菓子を分けてくれたの。我慢しなさい」

「……はぁーい」

不満そうなクリスの声に、お菓子を差し出そうとするのをアランに止められた。

「それはしまって。リオさんだとクリスを甘やかしすぎるから、口出さないで」

「はい」

小さい子どもが周りにいなかったから、その塩梅が難しい。


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