続・デリカシーの行方
ニコルを担いだヒジリが戻ってきた。
その光景に私達は目が点になる。
「オスカー、ちょっといい?」
「はい、これはどういう状況ですか」
茫然としていたオスカーも、ヒジリの声に我に返り、席を立つ。
ヒジリとオスカーは部屋を出て行った。
「あれ、何があったの」
「さあ」
結局戻ってきたのは、ヒジリだけだった。何の説明もなかった。聞いていいのかわからないまま時間が流れる。
「今日の勉強はここまで。ジュリエットも早めに戻っていいよ。私が見てるし、」
ヒジリの言葉に私は教科書を片付ける。アランはカップにお茶を淹れ始めた。レイカは早速お茶を飲み休憩している。
「いいえ、ヒジリさん。わたくしは時間までおりますわ。」
「そう?ならお願いするね?」
「それよりも、ヒジリさんこそお部屋に戻って休まれては?」
「うーん、寮の部屋は無いんだよね。宿直室で休もうと思うんだけど、みんなの寝る支度が整ってからにするし、それまでここで、だらだらしてる。」
部屋が無い。殆ど帰らないから、無駄だと思い鍵を返したそうだ。
オスカーはちゃんと部屋の契約はそのままらしい。
性格がでるなぁ、と内心思っていると
「あ、そうだ。リオ、ニコルの奴、やっぱり殺る気だったわ。間一髪間に合った。昏倒させたんだけどさ、アイツの寮の部屋知らなくて、オスカーに丸投げしたんだ」
聞けなかった状況を説明してくれたのはいい。
ただデリカシーはなかった。
「そうでしたか」
「あの言葉、本気だったのね」
「ああ」
「それより、リオー。今度いつ休み?」
それよりで片付けていい問題なんだ。凄いな。
「明日が休みですけど、どうされましたか?」
「下着買うの付き合って欲しくてさ」
ごふっとアランがお茶を吹き出した。
それを無視して、続ける。強い。
「最近、下着買ったんでしょ?いい店があれば教えて」
「わかりました。丁度街に出る予定でしたので、構いませんよ」
「どっか行く予定だった?ごめんな」
「いえ、頼んだ商品を受け取るだけなので」
「へぇ、何頼んだの?」
「アクセサリーとワイヤーの改良型です」
ごふっ今度はレイカが吹き出した。
ウォルター工房で頼んだワイヤーは私の希望通りにはいかなかった。私の説明不足だ。最初に作ったワイヤーに色々試行錯誤して改良を重ねている。
「ワイヤー?何に使うの?」
「支えたり、形を綺麗にみせたり、揺れの軽減の為です」
「本職超える気か?」
「ここまできたら、満足するまでやろうと思い」
「こだわるタイプなんだね、リオって。すごいな、だったら『キャミの調節するやつ何だっけ、アレでは?』」
「駄目です。あれだけでは」
「うーん、難しいね。あ、そうだレイカはどんなのがいい?」
「ヒジリはデリカシーを覚えるべきだわ。それと、リオも。話を広げない!!」
レイカに怒られた。
赤らんだ頬をアランが隠しながら、
「クリスのところにいるから話をするといい」
と席を外す。
「アランは大人だな」
「ヒジリが子どもなのよ」
「レイカはどうしたらいいと思う?」
はぁ、と大きなため息をつきながらも、話にのってくれる。
「私は、揺れないのは大事だけどリオが買ってくれた下着で充分だと思うわ。『ワイヤーブラ』と比べたらあれだけど、『ブラトップ』よりは全然安定してるし。紐で調節できるから、そこまでの不安は感じないわ」
「なるほど。」
「あとクリスと遊ぶ日は、リオが作った方の下着を使ってる。動き易いし、あの刺繍?芯がしっかり入ってるけどワイヤーほどキツくなくて私はそっちのが合ってるわ」
「リオ、下着まで作るの?すげーな」
「裁縫は趣味の範囲です。あ、夜は、どうしてます?」
「リオが試作品で作ったチューブトップの上と下で紐できつさを調節する下着があったじゃない?アレは結構苦しくなくて、寝る時用にしてるわ。」
「なるほど。」
メモを取り、合わなくなったらいつでも言って欲しいと伝える。
レイカや自分用に作ったのはフルカップブラだ。ワイヤーがない代わりにサイドボーンやアンダー色々細工してある。可愛いと実用性を両立させたい。
買ったのはビスチェ。クラリスの持ってたものもビスチェだ。身体のラインが綺麗に見える。
「趣味にしてはやり過ぎじゃない?」
確かにやり過ぎ感は否めない。
普段の格好で動くようにミランダから言われているから、趣味の範囲に留めている。けど、本当は作り方を確立してサイス領で作って普段から着たい。
その願望の為かついついこだわってしまう。
日本にいた時は下着に今のような拘りはなかった。
改めて技術力の凄さに感心する。ちゃんと下着の可愛さだけじゃなくてその他の部分にも目を向けておかなかったのか。とちょっとだけ後悔する。
理想を現実にするために試行錯誤を繰り返すしかない。
と考えて、趣味じゃ駄目だと気づいた。
これは、
「裁縫は私の武器なので、今は趣味ですが、戦える所まで持っていきます。」
私の磨くべきものだ。
魔法だけじゃ駄目だし、転移者支援だけでも駄目。もっと出来ることを増やしていかないと。
「何考えてるか知らないけど、焦ってもいいことないんだから落ち着きなさいよ。意外とせっかちよね」
レイカは本当に人の事をちゃんとみてる。
焦っている。確かに焦っている。
これはサイス領での読書三昧の日々に感じたことと同じ。それでも、やっていかないといけない。
「そうですね。すぐには、」
目を瞑り、深呼吸を繰り返す。空気を鼻から吸って、口から長めに吐き出す。しばらく繰り返し、目を開ける。
『禅?』
『ただの癖よ。テンパってる時によくやってるわ』
二人がなにやらコソコソと言い合ってる。私と目が合うと、ヒジリがニヤリと笑った。
「レイカも明日行くって」
「ちょっと、そんなこと言ってないわ!」
すぐさま反論するレイカに唇を尖らせぶーぶー文句を言う。
「行かないわよ」
「えー、行こうぜ。私は太ったから下着新調するんだよー。細いリオと二人だけだと恥ずかしいだろー?」
「何よ、私が太ってるみたいな言い方しないでよ」
「バストサイズ的に、大きいのが並んでた方がいいかなって」
「ヒジリはデリカシーを何処で捨ててきたのよ」
「三十八年育った試しがない」
真剣な表情で言い切ったヒジリにレイカが諦めの表情を浮かべた。
「わかったわ。行くわよ、行きますよ!」
男が駄目とか言ってられないんだからと自分自身に言い聞かせていた。
買い物の順路を考えておかないとと決心する。




