将来
「希望、」
レイカの呟きに、触発されるように
「俺は、教師になる。歴史の先生になりたい」
アランが自分の希望を口にした。
「うん、いいですね。」
「シノノメに行ってみたい。異世界の歴史学が残されているか確認してみたい。」
「うん、行きましょう。」
オスカーが力強く肯定する。
「オスカー、私は」
レイカがチラリと私を見た。
「誰かの支えになれる事がしたい。」
「うん。レイカらしくていいと思います」
「私らしい、かしら。」
「レイカは基本的に誰かの為に頑張る人だと僕は思います。だから、本当に自分の希望なのか誰かの希望なのか、」
オスカーはレイカに近づき、視線を合わせる。
「レイカ、僕の目を見て。」
じっとレイカの様子を真剣に探っている。
「揺らぎがありません。貴女自身の希望ですね。レイカ、協力は惜しみませんよ、一緒に頑張りましょう」
笑顔のままオスカーは、これから三者面談をしますと学校の先生みたいなことを言った。
「?三者面談」
説明されたのは、先生、学生、保護者で話し合いをする。
先生役はオスカー、学生役はアランとレイカ、保護者役は私、だそうだ。
自分の意見と知識を交えて希望を伝える、言葉にして具体的に考えるための試験のようなものと考えて欲しいと言われた。
「問題児が保護者」
アランが笑いそうなのを堪えていた。というか、レイカは腹を抱えて爆笑している。
「よろ、よろしく」
肩が震えている。
まずはアランの面談だ。
気を取り直して、面談を始める。
「アラン君は教師を目指しているね。シノノメ領を希望するようだけどシノノメの特徴は知ってるかい?」
教師役は学生の希望を聞いて、質問をする役所。
「はい、知識の宝庫と言われるほどにあちらの領の人達は知識に貪欲です。気候は冬は王都よりも寒く、積雪地帯。春は遅く、夏秋は短い。ですが、知恵により育てる作物は品種改良され気候に左右されず豊富にとれます。そして、魔獣被害の少ない土地です」
「ふむ、それから?」
「俺は魔獣が怖い。できることならもう出会いたくない。そして教師になりたい。この二つの希望を叶える土地がシノノメだと思っています。」
そして、保護者の役所は
「待って下さい。確かにシノノメは教師を目指すにはいい土地です。ですが、あの領は学者が山の様におります。何を教えるのですか?」
学生の希望を阻む壁だ。
その保護者役に自身の希望を説明していかないといけない。
「俺は、歴史を教える先生になります。異世界の歴史です」
「それは、どれほどの人が求めている学問でしょうか?」
「シノノメ領の初代侯爵は異世界からの召喚者です。異世界に興味のある研究者は必ずいます。そうでなくとも、初代侯爵を研究している学者が俺の知識を欲するでしょう。俺は異世界の言語の読み書きができます」
「なるほど、それは確かに有益な人材となりうるでしょう。」
教師役は学生役の言い分に利があると感じたら、話を進める。
「シノノメは魔獣被害が少ないとはいえ、魔獣がいない訳ではありませんよ。その点をどう考えていますか?」
「はい。俺は被害が少ないという一点が重要だと思っています。被害が少ないというのは元々魔獣の頭数が少ないといえると思います」
「それは、そうでしょうか?魔獣は魔素がある限り、切っても切り離せない物です」
再び壁になる。嫌な役所だ。でも、必要なことと割り切る。
「魔獣は魔素の濃度で、誕生するのだと聞きました。なら、元々魔素の濃度の高くならない土地で生活をしたい」
「出会ってしまったらどうするの?」
「……出会ってしまったら、生きる為に出来ることをします。絶対諦めない」
アランのしっかりした声に
「分かりました。これで面談を終了します」
オスカーは満足そうに微笑んだ。
「取り敢えずは、合格です。僕のほうから、局長にシノノメ領への研修旅行を申請しておきますね」
アランもホッとした表情をしている。
でも、レイカの顔色は少し悪くなっていた。
アランと席をかわる。
「宜しくお願いします」
「緊張しないで、合否でどうなる訳ではないから。実は、これニコルも受けてるんだ。」
「ニコル、も?」
「うん、その時の先生は局長、保護者は僕。ニコルは中々合格できなかった。」
「う、嘘」
「本当だよ。あ、この事は内緒ね、勝手に話したら怒られるから……じゃあ、始めようか」
レイカは胸に手を当てて、呼吸を整えた。
「レイカ君は人を支える仕事に就きたいそうだね。説明できる?」
「はい。私はこの世界に来てからずっと自分が一番不幸なんだと思っていました。でも、違った。助けられて、保護されて、支えられて生きていることに気づきました。気づけました。だから、私は私のような人の、理不尽な目にあった人達の支えになりたい」
「なるほど、」
「魔法省魔導局召喚課で働くことを希望します」
心臓が激しく脈打つ。レイカも同じように緊張している。
しっかり、役割を果たせ。
「魔法省魔導局、ここでどんな仕事をするのですか?具体的には?」
レイカが拳に力を入れた。
「転移者の支援をします、ニコルやリオ、オスカーのように転移者支援を一手に引き受けます」
「今の体制に割って入るのですか?」
「はい。私が、」
レイカは、すぅっと息を深く吸い込んだ。
「私がこの職務を担えれば、他の召喚課職員は他の重要な案件に回せます。召喚術式の監視、報告書作成。外回り。その他の魔力を持つ人達でないと出来ない仕事に人材を充てられます」
「ですが、今までの体制でも可能でしたが?」
「私は転移者です。転移者の気持ちは、同じ転移者でなくてはわかりません。私はアランとクリスが居たから今も生きてると確信しています。ニコルやジャック様、オスカー、は確かに私達の事を考えてくれている。でも、本当の意味で私を支えたのは同じ転移者仲間です。だから、必要なんです」
レイカのはっきりとした口調にオスカーが頷く。
「分かりました。ですが、レイカ君は寒いのが苦手だったように記憶しています。他の土地を希望しなくていいのですか?」
「魔法省魔導局である必要があると思います」
「何故?」
「転移者が保護されて集まる場所だから。」
「もっと温かい気候の土地の神殿で働くことも可能では?神殿は転移者を一旦保護する場所でもありますよ」
私が口を出す。
「神殿は各地にあります。でも、召喚課はここにしかない。ここでしか意味がありません。寒いのなんて厚手の服を着れば問題ありません。」
「わかりました。レイカ君、転移者をどんな風に支えていきたいのかな?」
「学習面では、今の体制を引き継ぎながらも、私が必要だと感じたことも付け加えたい。精神面では、寄り添いたい。不安や恐怖をゆっくり取り除いてあげたい。未来を考えられるように、道を示したい。」
潤んだ瞳には強い光が灯っていた。
その美しい瞳をみつめ、それを阻む言葉を口にする。
「転移者は全てが女性ではありませんよ」
「し、知っています」
「男性の転移者にも変わらず寄り添えるのですか?」
ぐっと言葉に詰まる。顔色が悪い。
「転移者全員が善人であるとも限りません。魔力を持たない、しかも女性の身でどうするのですか?」
これは、レイカが考えないといけない起こりうる可能性。そして、私も。
「転移者が転移者仲間を害したら、どうするのですか?」
レイカが完全に言葉を失った。胃が痛い。
「今日はここまでにしましょう。」
オスカーが割ってはいる。緊張した空気が緩んだ。
レイカもホッとしたようで、握った手を解く。
「レイカ、君の気持ちを聞けて嬉しい。まさか召喚課職員を希望するとは思ってなかった。」
「言ったことないもの。」
「俺も驚いた」
「どうして、職員になろうと思ったのか聞いてもいい?」
オスカーが尋ねると、レイカは頬を赤らめた。
私の方をチラリと見て、早口で答える。
「リオみたいになりたいの。」
!?
「困ってることにすぐ気づいて、次の日には解決策を出してくるとことか、凄いって思ったし」
「レイカさん、」
「謹慎させられちゃう問題児だけど、嬉しいこといっぱいあるから」
「レイカさん、嬉しいです。ありがとうございます」
そう思ってくれてとても嬉しい。
さっきまで、胃が痛かったが嘘のように良くなった。
「レイカさんは、リオさんの影響で最近裁縫を始めたのよ」
ジュリエットが、カップを片手に水場にやってきた。作り置きしている緑茶を注いで、また持ち場に戻る。
その背にレイカが叫ぶ。
「ジュリエット!それは内緒って!」
「あら、これは今言うべきですわ」
振り返ったジュリエットは笑みを浮かべていた。
「レイカさん、水臭いです。私に言っていただけたら、一から教えるのに」
「それが、嫌だったから自分でやろうと思ったのよ」
「残念です。だけど、分からない事があれば言って下さいね。裁縫の先輩としてアドバイスはできると思います」
「わかったわ。ありがと」




