ヒジリとオスカー
王都も大分寒くなってきた。
就寝前のちょっとした時間にこつこつと冬服に術式を仕込んでいたが、それが完了した頃。
冬が本格的に始まる前に、外回りの二人が帰ってきた。
ニコルが緊張の面持ちで二人を私とジュリエットに紹介する。
「初めまして、オスカー・ラリマーです。一年振りに帰ってきたら、新しい職員が増えて驚いてます。宜しくね、二人共。あ、後ニコルの先輩っぷりも楽しみにしてる。」
プラチナブロンドってこういうのを言うんだろうなと感心するほど、美しくさらさらの髪。宝石のアクアマリンのような薄い水色の瞳。柔和な表情で、微笑んでいる細身で背の高い男性。
「私はヒジリ・ウィステリアラヴィーン。宜しく。こういう時って他に何言えばいいのかわからないので、何かあれば遠慮なくきいてほしい」
黒に紫が混ざったような不思議な色の、背中まで伸びた髪は様々な方向に跳ねていた。そして不敵な笑みを浮かべた赤い唇。瞳は真っ黒。私達を観察するように見ている。オスカーの横に立っても釣り合うほどの高身長でグラマラスな体型をしている。
「ヒジリさん、さすがに自己紹介で質疑応答します?」
「初めまして、ヒジリ様、オスカー様。わたくしはジュリエット・ベルナーでございます。報告書を確認する業務についております。それで質問ですが、報告書の中にありました、」
「ジュリエットさん?仕事以外の話題にしてよ」
「おほん、失礼いたしました。ヒジリ様は紅茶はお好きでしょうか?」
「特にこだわりはないけど、淹れる人の技術が分かる程度には飲んできたかな」
「まぁ、でしたら、是非リオさんの紅茶を飲んでみて下さい。凄くお上手ですのよ」
「へえ」
「初めまして、ヒジリ様、オスカー様。私はリオ・ヒグチと申します。宜しくお願いします」
「あぁ、ジャックの知り合いの娘か。宜しく。」
「宜しくね」
「えーと、今日は二人が戻られたこともあり、これから親睦会を行います。後、ジュリエットさん、リオさん、この人達のことはさん付けか先輩呼びでいい」
「はい」
「うわ、ニコルが仕切ってる。先輩面してる」
「凄い成長だね、あ、涙が」
オスカーがポケットから取り出したハンカチを目元にあてる。ニコルはそれを苦々しく見る。
「レイカやアランが戻ってきたら始めます。全く」
ニコルの表情が一瞬にして後輩になる。珍しい光景だ。久しぶりに会えて嬉しいのだろうか。
今日の昼食の準備はアランとレイカがしている。
レイカが昼食の準備を手伝うと言い出した時は、レイカ以外の全員が心配しておろおろするという変な事になった。
休憩スペースのテーブルは今日もクリスがふいている。
今日は衝立はどけて、仕切りをなくし、私とニコルの机を移動させて席を増やした。
各自用意をしつつ、アラン達を待つ。
私はジュリエットから期待の眼差しを受け、紅茶の準備を始めた。
「お、クリスはいつも手伝いして偉いな」
「ヒーは、また太った?」
「うるせぇよ。クリス、女に体重と年齢は聞くもんじゃねぇ」
「オスカーは痩せた?」
「そうなんだよ。何故だろ」
「私が聞きたいわ」
三人で盛り上がっていると、レイカとアランが戻ってきた。
それに気づいたヒジリはレイカに近づくと、
「レイカ、一年振り。私のことは覚えてる?」
尋ねた。
「覚えてるわ。」
レイカは少し緊張している様子だった。そして、そのまま話し始めた。
アラン曰く、一年前のレイカは人見知りが激しくてヒジリには近づかなかったそうだ。
「そう、レイカは明るくなったね。よし、撫で撫でしてやろう」
「子どもじゃないわ」
「年下らしく、年長者には甘えなさい」
「ふん」
「あら、可愛い」
いちゃつく二人を横目にアランは料理を皿に分け、ジュリエットがそれを配膳する。
「ジュリエットさん、これはアンタの分。寮の食堂でもらってきた。」
「え、あ。ありがとうございます」
「別に、レイカが世話になったから。これくらいは、なんでもない」
「アラン君は言葉もしっかりしてきたね。うんうん、あ、また涙が」
ハンカチで目元を押さえるオスカーにニコルが心配そうに尋ねる。
「オスカー先輩、疲れてるんですか?」
「いやぁ、帰ってきて早々に恋人に振られてさ。気持ちの整理がつかない」
「え?!」
クリス以外の全員が絶句した。
「オスカー、ふられたの?なんで?」
クリスの質問に、オスカーは何故かにこやかに
「他の人と結婚するんだって」
答える。
「かなしいね」
「そうだね、びっくりだよ」
「……あの野郎、殺す」
ニコルの物凄く低い声と不穏な言葉に、オスカーは笑って宥める。
「次代についてちゃんと話し合えてない、こちらにも問題があるんだから。ニコルはいい子だよね」
「オスカー先輩は、同性婚の予定でしたの?後継で揉めることは多いと聞きますし」
「そう、まさにそれだよ。後継指名が上手くいかなくてね、向こうの家に僕が入る予定だったんだけど」
ジュリエットの同情の言葉に、貴族あるあるなんだと感心する。同性婚の知識はあるけど、条件の詳細は知らなかった。
紅茶ポットをテーブルの中央に置き、カップの準備をする。
クラリスの記憶の中に結婚関連の知識は少ない。
婚約者候補が出来てから結婚についての教育が始まるのだろうか?
「え、同性婚?」
アランとレイカは驚いてこちらをみている。ジュリエットがきょとんとした表情で当然の事だと説明する。
「ソルシエールでは同性婚を認めています。知りませんでしたか?貴族の同性婚は、家を継ぐ者が行う場合、次代の後継を指名してからの婚約となります。それが中々難しいのです。」
貴族の結婚は家柄や魔力など色々条件がある。
「貴族って大変なのね」
レイカの言葉にジュリエットがいいえと否定する。
その分の恩恵は受けているし、国を領を守り、民を導く立場なのですからと自信に満ちた表情で答える。
凄いな、私はそういう意識が足りないんだ。
貴族として生きると決めた。でも、私はクラリスの記憶と知識しか知らないし、それを活用出来てない。
しっかりしなきゃ。
「ジュリエット、いい子ね」
ヒジリが今度はジュリエットを撫で撫でしている。
「婚約は、まだ?いい人紹介しようか?」
「紹介してほしいですわ」
「よーし、任せろ」
「はいはい、親睦会始めますよ。」
各々席に着き、カップに好みの飲み物を注ぐ。
「ニコル今更」
「はーい、ヒジリさん、オスカー先輩、おかえりなさい。短い休暇ですが、楽しんでください。乾杯」
ヒジリの野次を無視して、ニコルが乾杯の音頭をとる。親睦会が始まった。
ジュリエットとヒジリは婚約者候補についての話を、それを興味津々でレイカが聞いている。
紅茶の減りが早い。お気に召したようだけど、そんなにバカスカ飲む物じゃないはず、私の認識違いなのか。
クリスはオスカーに私の話をしている。ボールを避けるのが凄く印象的だったようだ。
アランは食事をしながら、クリスの面倒をみつつ、ニコルを宥めていた。器用な。
ニコルはオスカーの話を引きずってて「絶対殺す」と不穏な言葉を呟いていた。意外だった。
食事もいつもよりちょっと豪華で美味しい。親睦会を観察してたら、ヒジリと目が合った。




