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不運な召喚の顛末  作者:
第一章
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召喚課二日目3

不運体質の話し合いが終わり、二人だけで管理棟に戻る途中。

レイカが急に立ち止まった。繋いだ手に力が入る。

視線の先を確認すると、一人の女性が洗濯籠を抱えて歩いている。

「ミリィ」

レイカは呟くと、手を離し、その女性目掛けて走り出した。

驚き、一瞬動き出しが遅れた。が、すぐに追いかける。レイカの後ろを抜かさないように走り、周囲も確認する。

「ミリィ!」

「レイカ?!」

ミリィと呼ばれた女性は、振り向くとレイカの名前を呼んだ。明るい茶髪にそばかすの目立つ顔。ぱっちりとした目は藤色。背が高く、細身。レイカより少し年上に見える。

洗濯籠を地面に置き、両手を広げる。

「おー、全速力で走れるまで回復したんだ。ほら、ここだよー」

「ちょっと、近づきなさいよ」

「おお、言葉も話せるようになってぇ、良かった」

レイカは広げられた腕の中に飛び込む。

ミリィはレイカを抱き締めて、頭をよしよしと撫でた。

少し離れた所で二人の様子を伺う。

レイカの知り合いということは、奴隷として扱われていた時の知り合いの可能性が高い。

二人の周りに防音の魔力壁を張って、音が外に聞こえないようにした。

レイカが泣きながら何か話している。

終始、ミリィは優しげな笑みを浮かべていた。

レイカが私の方を見て指さして、何か言ってる。

怒ってる?ミリィがニヤニヤしながら、レイカを微笑ましそうに見ているから、ちょっと違うかな?

私の文句かな?ありそう。下着関係かな。朝から怒られたからな。

ミリィが私に手を振る。話が終わったのだろうか、魔力壁を解除する。

「じゃあ、私は仕事があるから、行くわね。レイカ、またねー」

ミリィは洗濯籠を持ち、仕事場に戻っていく。

「レイカさん、行きましょうか」

私が手を差し出すと、レイカもおずおずと手を出した。手にそっとのせられた手をぎゅっと握り、管理棟へ戻る。

「……」

何も喋らず、歩く。

「……」

レイカが何度か口を開こうとしている気配は感じる。

でも声になっていない。

「いいですよ。無理して話さなくても。私は手を繋いで歩いているだけで嬉しいです。初めてだらけなので、今ちょっと興奮してます」

「いちいち物言いが変態っぽい」

この後沈黙を楽しみながら、管理棟に戻ってきた。

「ただいま、戻りました」

「おかえりなさいませ」

部屋にはジュリエットだけがいた。紅茶を淹れている最中だった。休憩のタイミングで戻ってきたようだ。

「紅茶はいかがかしら?レイカさんもお飲みになる?」

「はい、お願いします」

ジュリエットが淹れた紅茶も美味しかった。

「美味しい」

「リオさんに比べればまだまだですのよ。本当に何処かで侍女でもされていましたの?」

「ここにくる前、二ヶ月同居していた方と家事当番を分けていました。料理とお茶係でしたので、上達したんだと思います。」

ミランダにお茶の淹れ方を教えてもらい結構頑張った。ミランダや本職には敵わないけど、いい線いってると思う。

「あの、ジュリエットさん。アラン達はまだ戻ってきていないの?」

「いえ、戻ってきていましたよ。軽く汗を流してくると先程でていかれました。」

「結構運動の時間取るんですね。」

「今日は長いほうよ。朝から興奮してたから、今頃寝てるわ」

「クリスさんの寝顔は、とても愛らしいのよ。今日は見られるかしら」

ジュリエットがそわそわしだした。

子供好きなのだろうか?

「ジュリエットさんは子供好きなんですか?」

「いえ、別に。クリスさんの寝顔が好きなだけですわ」

はっきり言い切った。

召喚課のアイドルだな。ニコルもジュリエットもクリスの虜だ。

そこに件のクリスがアランに抱えられて部屋に戻ってきた。ジュリエットは素早くアランの側に移動して、クリスを眺めている。

アランの肩で頬が潰れて、不細工な顔になっていた。完全に全身の力が抜けている。

「まぁ、このブチャイク加減がたまりませんわ。ニコルさんにも見せてあげたいくらいです」

さっさと奥の部屋に入っていくアランに「もう少しゆっくり堪能させて下さってもいいではありませんか」と文句を言いながら持ち場に戻るジュリエットはなんだか面白かった。

「ニコルはいないけど、午後の授業の説明をするわ。ちょっと待ってて」

レイカは一旦部屋に戻り、すぐ戻ってきた。アランも一緒だ。手には朝とは別の教科書が握られている。

「いつも、このテーブルで午後は授業するわ。習慣や文化について勉強するのは、いずれはここをでて生活していくため。未だに想像できないけど」

「早い人で、三ヶ月。最長で五年、ここで生活してたとニコルから聞いている」

「三ヶ月、早すぎないですか?」

「かなり特殊な例だと言っていた。参考にはならない」

今、勉強しているのはリーベックの気候や領民性などだ。寒冷地で、鉱山都市。そして鍛治師の聖地。職人気質な人が多い。技術力重視、頑固、寡黙、はたまたお酒好きで豪快な人が多い。寒冷地のため強いお酒が多く作られている。

女性の職人も多い。基本的に自分達の技術を理解できる相手を好む傾向がある。

「寒いのはちょっとね。」

レイカは寒さに弱いようだ。

「凄いな、冬は雪に覆われると書いてある。夏の終わりになると北部の山々に冠雪が確認できる、マジか」

所々難しい言い回しは私がフォローして、読み進める。この教科書、良く出来てる。いい塩梅の難易度だ。

「やりたい仕事はありますか?リーベックは鍛治師の聖地ですけど、国中から様々な技術者が集まる土地なので、希望の職業があれば選んでもいい土地だと思います」

「希望の職業。全然考えたことなかった。あっちにいた時の夢は叶わないからな」

「アランは夢があったんですか?どんな夢です?」

「教師になりたかった。高校の」

「なるほど。教師、ぴったりですね。叶えましょう、一緒に」

まずは、と教師になる為の道筋を話そうと口を開く前にレイカに遮られた。

「待ちなさいよ、叶える?何言ってるの」

「?アランが希望の職業につけるように支援します。夢を叶えるのは本人の努力と運次第です。」

「本気でいってるの?」

驚きや疑い、色々な感情が混ざった表情で私を凝視する二人に

「はい、冗談は言いません」

断言する。

「ニコルはそんな事言ってなかったわ」

ニコルと二人の詳しい関係性はまだきちんと掴めていない。でも、昨日、今日と見ていて思うのは、ニコルが仕事と言いつつ楽しそうなこと。上辺だけの関係にはみえないし、彼等を蔑ろにするとは思えない。だとしたら、

「うーん、おそらくですが、ニコル先輩は自発的に将来を考えられるよう自立を促すやり方、私は積極的に方法論を提示していくやり方なだけで基本的なことはかわりません。私達召喚課は転移者の支援を行います」

後ろ向きに捉える必要もないので、前向きにニコルの姿勢を伝える。

二人に何か思い当たることがあったのか、納得の表情へと変わった。

「では、聞き取りをしてもいいですか?」

教師になるにも種類がある。

これは、クラリスが学園で習った知識の中にあった。それとミラに教えてもらったことでもある。

まずは方向性を決めていくことからだ。アランに教師の就職先の選択肢が複数あることを伝える。

「誰に何を教えるか、ここから考えてみましょうか。高校の先生ってことは、相手は成人前の年齢層でしょうか。それとも、大人か。アラン、専攻は何を考えていましたか?」

「あ、ああ。歴史学だ。大学もそれを専攻したくて探していた」

「でしたら、サイス領の神殿は平民の学校としての役割も持っています。あと、王都での生活を希望でしたら、学院の教師と言う手もあります。ただ、この世界の歴史学になってしまいますが。」

「学院って言ったら、平民の中でも富裕層の通う学校だったか」

「はい。そうです。ここなら、魔力が無くても大丈夫です。後は、シノノメ領はどうでしょう。初代シノノメ侯爵は召喚者ですし、あちらの方達は知識の吸収に貪欲な方達ばかりです。……だから、諦めなくていいですよ。」

取り敢えず今知っている選択肢を出していく。

教えるという仕事は結構、数がある。

私としてはサイス領に来ませんかと誘いたいけど、今は何の関係もない立場だ。自重する。


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