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不運な召喚の顛末  作者:
第一章
73/605

召喚課一日目3

奥の部屋に向かった。

部屋に入ってすぐ四人がけのテーブルがある。

そこにクリスとレイカが並んで座っている。

クリスを見つめるレイカの瞳はとても優しい表情をしていた。

しかし、私に気づくと眉間に皺を寄せ、睨む。

うーん、これは、警戒?不快感じゃないな。

「宜しくお願いします。」

笑って挨拶する。

何故か、余計睨まれた。

アンタの無表情が余計苛つくのよと言われた事があったので笑ったけど、間違えたかな。

でも、完全なる無表情は駄目だな。表情筋仕事だ。

レイカの向かいにアランが座った。ニコルに座るよう指示され、クリスの向かいに座る。ニコルは立ったまま喋りはじめた。

「では、勉強の前にリオさんに質問したいことがある人は挙手」

誰も手をあげない。

「居ないじゃない。」

レイカが呟く。

「あれ?クリス?さっきまでリオさんはお花は好きかなとか言ってたのに」

「はずかしい」

顔を隠したクリスがとても可愛い。

「お花ですか?好きですよ。カトレアが好きです。ふりふりしてて可愛いので」

「僕はタンポポ。ふわふわ」

「綿毛を飛ばして、遊ぶのも楽しいですね」

「ふふふ」

照れ笑いをするクリスを微笑ましく見ていると、視線を感じレイカの方を向く。少し目尻のあがった目と目が合う。

『異言語で長めの自己紹介をしなさい。』

日本語で話しかけられた。

『そうですね、えーと、樋口理央、17歳。趣味は刺繍、好きな教科は理科。最近冒険者登録をしました。採取の依頼が好きです。苦手な物は、人混みと球技です。宜しくお願いします』

という内容を日本語、英語、異世界語テリンドングで三度話す。

質問したレイカとアランは目を見開く。クリスは拍手。

ニコルは何故かお腹を抱えて笑っている。

「ニコル先輩、なんで笑ってるんですか」

「だって、君、趣味は刺繍って言った後に、冒険者登録したって面白すぎるでしょ」

ニコルのツボが分からない。

『英語も話せるの?留学していた?』

アランが英語で話しかけてきた。目が少し潤んでいるようだ。

『いえ、そうではありません。友達の家が神社で、観光でいらっしゃる外国人も多く、そこで勉強しました』

『そう、懐かしいな。君の発音は素敵だよ』

英語で話すアランは少し印象が違った。話し方が柔らかい。

『ありがとうございます』

「アラン、僕の発音では不満なのかい」

「ニコルに英語を教えた人の癖がきつい」」

二人の会話をレイカがテーブルを叩き、勢いよく立ち上がり遮る。

『何なの、何様のつもりよ。なんの苦労もした事ないお嬢様が、転移者の何が分かるって言うの!!』

顔を真っ赤にして叫ぶレイカは今にも泣いてしまいそうだった。その声に胸が締めつけられる。

『レイカさん、私は何も知りません。知らないからこそ知りたいのです。貴女の事を教えて下さい。お願いします』

深く、ただただ深くお辞儀をする。

『何でこんなに違うの。私が何したっていうのよ』

ぽつりと呟き、レイカは部屋の奥、衝立の向こうへ走り去った。

「リオさん、ごめん。ニコル、今日は」

「わかった。クリスは、僕がみてる。レイカをお願い」

アランがレイカの後を追う。ニコルはクリスを抱きあげる。

「リオさん、行こう」

「わかりました」

何もできないまま部屋をでる。

「なんで、何も言わなかったの?」

「私が何も知らないお嬢様だと言うことは間違っていません。苦労もしたことありません。だから」

「それでもあれは言い過ぎだと思うけど『不運は苦労の内に入らないの?』」

「『日常です』苦労や辛い経験は人と比べる事ではないと思います。でも、どうしても比べます。」

楽になりたい、少しでもこの苦しさを軽減したい。

「私もあの人よりはマシって考えたことあります。でも、そんな風に考えた自分が虚しかった。マシじゃなかった時の衝撃は逃げ出したい程苦しかった。レイカさんが怒るのも分かります」

「リオ、悲しい?」

クリスが心配そうに此方をみている。

大丈夫だよと笑う。悲しいんじゃない。これは無力感だ。

「ニコル先輩、私、資料室に行ってきます」

「いってらっしゃい。はい、これ鍵。資料は持ち出し厳禁だからね」

鍵を受け取る。

「クリス、さっきは驚かせてごめんなさい。また、お話ししましょう」

クリスに手を振り、部屋を出る。

資料室の鍵を開け、灯りをつけた。

壁は一面本棚、部屋には所狭しと本棚が並んでいる。

「こんなに転移者や召喚者の資料があるの?建国からの資料ってこと?」

資料の多さに呆然とする。

気を取り直して、一通り、全部の本棚を確認する。

ざっと見た感じだと壁側は国内外の召喚者についての資料、その他の本棚が転移者について、年代別に整理されているようだ。

まずは何から読み始めるか。召喚者は後回しにしよう。

私がすべきは転移者の現状の把握。支援の手順を整えてサイス領に持ち込むこと。最終的にはサイス領を選んでもらうこと。

初めの資料と最新の資料、中間期の資料を何点か目星をつける。

この資料室には机がない。

本当に資料を保管するだけの部屋だ。隣りに戻り、椅子と机を運ぶ。

その際に床に座って読み始めるかと思ったとニコルに失礼な事を言われた。クリスがそれはニコルなの、ときゃっきゃしながら突っ込んでいた。

資料に目を通し、二百年かけて少しずつ状況が変移していることに気づく。

初めはただの言葉の通じない奴隷として取引されていた。

ソルシエールが建国してからは、奴隷が禁止、それに伴いサイス領、シノノメ領は転移者保護に乗り出す。

ただ実数がわからないため、このニ領に元奴隷が集められた。領民として移住するもの、平民として他領へ流れたもの、転移者の数はとても少なかったようだ。

その時に作成された資料に出身地の偏りがあると記述がある。

「偏り?どう言うことだろ。」

メモを取りながら、取り敢えず読み進める。

初期、中間期、最新と資料を見て気づいたのは出身地の偏りは時代によって変遷していること。

それから知っている事の裏付けが得られた。

転移当初の行動が生死を分けていること、転移者発見地域条件、発見件数の地域差が激しいこと。

知らなかったことは、転移者の保護の歴史、他の領では転移者の保護が行われていないことだ。

「フレッド様は転移者支援に手が回せていないって言ってたけど、他の領はそこまでいってないってこと?」

そもそもの数が少ないというのが理由。予算を割く必要性を感じないのだろう。その一方で転移者がもたらす知恵や知識の恩恵は享受しているように感じるのは私が公平性を欠いているのか。

発見人数はサイス領が最も多く、次いで王都、コランダムの順。ウパラ、マウリッツは同率。

ウパラも魔障発生地域ではあるが、小規模かつ地下で発生し、火山の定期的な噴火として現れるためサイス領のように魔獣対策に力を入れているわけではない。

マウリッツは中規模の魔障発生地域だ。こちらもウパラと同様発生地域が特殊で観光名所になっている山の山頂付近で起こる。目立った影響がない、魔障発生時は入山が禁止される位だ。

リーベック領、シノノメ領は殆ど転移者が発見されていない。過去100年で一人もいないと報告が上がっている。確かにニ領は魔障発生地域ではない。

「こんなに違うのか、魔障一つ取っても」

でも、魔障発生地域であることに変わりはない。転移者が見つかる土地であるはずなのに、この差はやはり人数?それとも初代様が異世界人だから?

「でも、見つかる地域の目星もたってるって。それに、転移者生存条件の提示があったって記載も。それでも行動しないのはどうして。」

あ、駄目だ思考がそれた。今のは書いておいて、後で考えよう。

「今は転移者の現状把握に努める。」

転移者の多くは、王都やウパラ、マウリッツで一般人として生活している。中には、神殿で魔道具の職人になっている者も少なくない。

生存者は心身共に傷を負い、塞ぎ込み自暴自棄になることも多い。その大半は穏やかな普通の生活を渇望している。

生存率は女性が高いが、保護後の自殺率も高い。

生存に性被害が関わっている場合が多いからだ。転移者がこの世界で生きるには加護膜の形成が必要不可欠となる。食べ物の摂取、または生物の体液を大量に浴びる等の方法がある。

性被害にあった転移者の内九割が転移して二、三日以内の被害であったと証言している。精液中の魔素が加護膜形成に関わっていることは間違いないとされる。

「そんな」

残酷な事実に言葉を失う。



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