召喚課一日目1
私達は部屋の掃除を始めた。
掃除道具を持って戻ってきたニコルも加え、三人で掃除をする。
水属性があると掃除は楽ですと宣ったニコルにミラが風属性があると掃除はすぐ終わりますと対抗。
予想以上に早く、綺麗になった。
寝具は後日新品を入れて貰う。それ以外は今使っているものを寮の部屋に運ぶことにした。
慌ただしく二日が経ち、ミラがサイス領に帰る日になった。
「では、また冬の終わりに」
寮まで私を送りミラはあっさり去っていった。
「あっさりしてますね」
「そうですね。でも、ミラらしいですよ」
ニコルから制服を渡され、部屋で着替える。
魔法省の制服は黒に赤のラインの入ったローブ。
見た目は重たく見えるが意外と軽い。あと、ちゃんと温度調整の術式が最初から入っている。
自分用に徐々にカスタマイズしていけばいいとニコルが先輩然として言う。自分は相変わらず白衣だ。
召喚課は管理棟にある。
魔法省内の主な建物は全部で六つ。事務手続きや会議が行われる本館、魔道具局と魔術式局の実験棟、魔導局騎士課のための騎士棟、本館と併設されている寮、資料や実験道具等がある管理棟、魔生物局の飼育棟。後は主要建物ではないが訓練施設が多数ある。
召喚課は魔法省魔導局だが、騎士ではないので騎士棟に居場所はなく管理棟の一部を使っている。
殆どの魔法省職員が召喚課は閑職だと認識している。
何か問題がある職員が配属されると噂されている部署なんだよーそんなことないんだけどねとニコルが説明する。
「今、召喚課職員はリオさんを含め五人。その内の二人は外回り、召喚術式管理魔道具に問題がないかの点検業務についてて、一年中国内を回るから本当1ヶ月王都に居ればいいほうだね。あとの職員は僕とリオさん、ジュリエット嬢の三人。あ、騎士課に一人、召喚課と兼務の子がいるんだ。本職は騎士だから数には数えないけどね。今度紹介するよ」
なんだろう、召喚課のある管理棟に近づくにつれニコルが猫背になっていく。一人称も僕になった。
「ニコル様、あの」
「様付けはしなくていいよー、同僚になるんだし。さん付けで、先輩でもいいかな」
「ニコルさん、ニコル先輩」
「ニコル先輩がいいかな。今までずっと下っ端だったから、後輩がてきて嬉しい」
「ニコル先輩は何で白衣なんですか?研究職じゃないですよね」
「あー、これなら魔術局や魔道具局の実験棟にいても違和感ないからね。あそこの人達、人の顔覚えるの苦手な人多くて。情報仕入れるにはいい場所です」
爽やかな笑顔で語る内容ではないと心の中で突っ込む。
「ジュリエット様も召喚課職員なのですか?保護したとは聞きましたが」
「そうだよ。あれ、言ってなかった?」
「聞いてませんよ、先輩。私の事は」
「ジャック局長の知り合いのお嬢さんってだけ。ジュリエット嬢にはそれくらいしか情報は与えないで。知りすぎると危険だからね」
色々説明を聞きながら着いたのは管理棟の端だった。
管理棟は上から見たらロの字をした建物だ。三階建てで三階は魔術式局の管理、二階は魔道具局の管理、一階の三分のニは資料室になっている。残りの三分の一が召喚課のスペースだった。大体ロの字の二画目の角の辺りだ。
「ただいま戻りました。」
室内にはジュリエットと他に三人の姿があった。
「おかえりなさい、ニコルさん」
記憶の中のジュリエットより痩せた彼女の姿に痛ましさを感じる。髪は元に戻っていた。
「ジュリエットさん、レイカ、アラン、クリス。今日から召喚課に新たに配属になったリオさんです。よろしくね、はいリオさん。自己紹介」
「リオ・ヒグチと申します。これから宜しくお願いします。」
自己紹介って他に何を言えばいいのか。
「わたくしはジュリエット・ベルナー。訳あって召喚課でお世話になっております。宜しくお願いします」
穏やかな印象があったけど少し表情が硬い。最近の流れを聞くに仕方ない。
「クリスです、よろしくです」
少し片言で挨拶するクリスは五歳位の男の子だ。
「アランだ、こっちはレイカ」
ぶっきらぼうな口調のアランは私と同い年位の男の子だった。レイカと呼ばれた女性はアランの影に隠れ、俯いている。ウェーブした長い黒髪の綺麗な女性だった。
「リオさん、こっちの三人は召喚課が保護した転移者なんだ。今言葉や習慣の勉強をしている。レイカ、リオさんに色々教えてあげて」
ニコルの言葉にレイカは視線をあげたが、また俯く。
「ジュリエットさんには術式管理魔道具の発動がないかの確認と外回りの二人から送られてくる報告書をまとめる仕事をしてもらっている。」
「ニコル先輩の仕事じゃ」
「いいの、他の仕事で手一杯なの。……で、これからリオさんが携わるのは転移者の言語教育について。ジュリエットさんは仕事に戻っていいよ。アラン達も後で行くから向こうで待ってて」
アランはクリスとレイカを連れて奥の部屋に入っていった。
ジュリエットは挨拶の礼をして部屋の端にある大きな机に向かう。そこには丸い灯りのついたソルシエールの地図が壁に貼られ、机には山のように積まれた書類があった。
「あそこの書類は触らないこと。手伝う時はジュリエットさんの指示に従って。で、後は台所が向こうにあるから飲み物は好きなの飲んで」
台所と指差した先には簡易コンロと水場、食器棚が壁に沿って並んでいた。その前にテーブルがあり休憩スペースのようだ。広い部屋を衝立などで仕切っている。
「奥の部屋は転移者達の部屋。今はアラン達が使っている。リオさんはこっちの机を使って。」
壁側は資料棚で埋まっている。入り口からすぐ見える位置にあった二つの机の内、左側の机が私の机だった。その隣はニコルの机だそうだ。本が積まれたままになっている。
「アラン達への言語教育だけど、三人の資料を渡すからそれに目を通してから始めよう。『異世界人だと彼等は知ってるから隠さないでいい』」
「わかりました」
「『闇属性単独加護の事は黙ってて、』あと詳しい事情は省いて概要なら教えて大丈夫。」
「わかりました」
ニコルは棚から資料を取り、私の机に積んだ。
「じゃあ、取り敢えず、これに目を通して。書き写したりしないこと。何か質問は?」
「疑問や質問を書くのは、大丈夫ですか?」
「それはいいよ。筆記具は持ってる?」
「はい」
「紙はこれを使って。細かい備品の位置はこれから覚えていくとして、他は何かある?」
「いえ、特にはありません」
ニコルは三人に説明してくると言い、奥の部屋へ入っていった。鞄、といっても筆記具とメモ帳とハンカチくらいしか入れてない小さなポーチをベルトにつけている。ウエストポーチなんて初めて使ったよ。
まぁ、ナイフなどの冒険者必須の道具類の入ったカバン付きベルトをしている私が言うことではなかった。
可愛いポーチは初めてだ。
私は自分の席に着いて渡された資料を開いた。




