報告
翌日からは、遠距離射撃の練習と採取狩猟の依頼を繰り返しこなし、空いた時間にぬいぐるみの服を作る。偶に王都観光をしつつ、射撃が少し上達した頃。
ミラから
「リオ様は割り切って中近距離で戦ったほうがいいかもしれません」
と、神妙な顔で言われた。
射撃の才能がないようだ。コントロールが定まらないのが問題で、練習では改善できていない。
中距離の攻撃方法を考えるように言われた。
今は、魔力の形状変化で鞭の様にしているが、もう少し距離を稼ぎたいそうだ。
何かあるかな?
コントロールが問題なら、私のコントロールに頼らない自動照準の銃はどうだろう。でも、これだと
「消費魔力と効果が釣りあいとれてるかな」
何度か試し撃ちしてみる。やはり消費が大きい。
銃火器の知識がないから細部まで想像できない。それがそのまま消費魔力に繋がっている。
魔力の形状変化は、魔法の基礎の技術だ。
定型化しているから誰が使っても消費魔力が少ない。
その為多用されている魔法だ。
その後も色々試行錯誤しながら訓練の日々が続いた。
射撃の腕は言うまでもない。
「リオ様の冒険者ランクを三級へ上げたいのですが」
「まだ、基準値に達していないので、遠慮します」
というギルドとミラのやり取りも見慣れた頃。
ニコルが突然やってきた。
「久しぶりですね、リオさん」
ジャックのせいで、ニコルの人当たりの良い笑顔を素直に受け止められなくなっている。
「お久しぶりです。ニコル様、本日はどのようなご用件で?」
今日のニコルは魔法省の制服ではなく、白衣を着ている。前回は研究の途中と言ってたけど、ジャックからは研究職だとは聞いていないので、輪をかけて胡散臭い。
「いやー、やっと最終報告書が完成して、方々への報告が完了したので挨拶にきました。しかも私が暇してるとか言ったらしいじゃないですか、あの鬼上司。でも、まぁリオさんが凄いの贈ったんでしょ?アレのせいでてんやわんやで、いい気味でしたよ」
流れるようにつらつらと気安く話すニコルは最初の印象と全然違い、驚きを隠せなかった。もう少し畏まった感じだったと思う。ここまで砕けてなかった。
お茶を出したミラも本当にニコル本人か疑うような目をしている。
「ニコル様、最終報告ということは、」
「はい、今回の事件の全貌が明るみになり、調査は終了しました。まず、先に報告していた内容に追加があります。リオさんが思い出した、ジュリエット嬢ですがリリアナ嬢に利用されていました。エレーナ嬢がクラリス嬢を羨んでいるという噂の元になる発言をされた時に現場にいたそうです。」
クラリスとの交流が増えた頃、リリアナから髪色を変えるよう指示があった。髪を染めた後から様々なお茶会へリリアナと一緒に参加するようになった。王都周辺地域の貴族とのお茶会が多く、重用されていると感じていたという。
今年に入り一人でお茶会へ参加する機会を与えられた。一年半交流を持っている相手とのお茶会だったので参加していたが、少し違和感が付き纏うお茶会になった。
何か流れが変わったように感じ、リリアナにも報告したが然程気にも留めていないようでそこにも不信を感じるようになった。
「クラリス様に対して良い感情を持たない人のお茶会へ送られるようになったと証言している。そして、」
エレーナへ新しい布を贈るお茶会に同席した時、
『その布はクラリス様のような髪色の方のほうが似合うのでしょうね』
と数ある布の一枚を手に取り呟いた。思わずといった様子だったそう。
その言葉が免罪符として使われた。
「ジュリエット嬢は召喚事件の後から体調を崩していたみたいだよ。まぁ、調べたら毒物反応が出たんだよね。怖いねー貴族社会」
あるあると軽くさらりと怖いことを言われた。
「そこまでしても、詰めが甘いんだよね。リリアナ嬢は。と言うか、悪巧みに使える部下が少なすぎ。自分が動くしかない状況なんて悪手だし。」
「ニコル様、それでジュリエット様は大丈夫なのですか?」
「うん。毒盛った相手も捕まえたから。この相手最悪だよ、聞きたい?」
「はい」
「ジュリエット嬢の婚約者候補。そして、リリアナ嬢の部下で着服したアイツ。わぁ、凄い目つきになってますよ、リオさんもミランダさんも」
頭が痛い。どうしてと理由を聞きたいけど聞きたくない。
「着服は嫉妬が理由だけど、毒はさ、事件がリリアナ嬢が仕組んだことだと気づき、自主的にジュリエット嬢を始末しようと毒を手に入れたと自供している。どこまで自主的かはわからないけど」
怖すぎる。
フレッドが彼の身柄を確保した理由が真実味を帯びる。真相に近い人間が消された後調査の不備などを訴えられたら色々ひっくり返ることもあり得そうだ。
「ジュリエット嬢は魔法省が保護してますので安心して下さいね。えーっと、追加報告はこれだけかな。何か聞きたいことありますか?」
「衝撃的すぎて色々追いつかないです。ちょっと待ってもらえますか?」
「いいですよ」
お茶を飲みながら、頭の中を整理する。
エレーナ様の立場を利用してクラリスやグラッドに、サイス領に良い感情を持たない人を集めた。そして、各自の不満をエレーナ様の言葉を免罪符に晴らそうと画策し、召喚クラブを隠れ蓑とする。そして、不運にも発動してしまったかのように装い入れ替え召喚を成功させた。
でもこんなに手間暇かけて色々細工した計画なのに、失敗した。最終的な詰めが甘いというのは分かる。
「他の案が裏で走ってるってことはないですか?」
「んー、それね。魔法省でもここまでやるんだから、次策がありそうだと話になったんだ。でも、事件後のリリアナ嬢に目立った動きがないから、召喚課の存在を知らなかったからでは?と結論づけたんだけど。」
「行動歴を聞いても?」
「カルセドニー子爵令嬢とのお茶会があった位だよ」
「それが次策では?」
「は?」
ニコルが言葉の意味を理解してない声をだした。
「いえ、マリア様はクラリス様を慕っているので、クラリス様の見舞いに行くように仕向けたのでは?」
「確かに、マリア様からお見舞いへ赴きたい旨の手紙が届いていましたが、事が事だけにお断りしました。諦めきれなかったのか寮の部屋の周りを彷徨かれたので追い返しましたが」
「マリア様に会ってたら、確実に別人ってバレてましたね」
ミラと頷き合うとニコルが若干引き気味に尋ねる。
マリアの細かい情報は仕入れなかったのだろうか?
「えー、そんなにアレな人なんですか?確かにクラリス様を姉のように慕っているとは聞いていましたが。でも、リリアナ嬢との会話に特別仕向けているような言葉はなかったと思うのですが。一応、マリア嬢にも聞き込みをしていますよ?」
姉のように、良いように表現したらそうなるのか?
お茶会は終始クラリスの話だったようだ。
「前もって組まれていても、急遽組んだお茶会でも次策の可能性はあります。リリアナ様は多分何も言ってないと思います。マリア様の言葉に頷いていただけかもしれません。マリア様の性格上、自発的にお見舞いに行こうと考えますがそれと同時に気を遣うんです。今は駄目かしら、でもお見舞いに行きたいと思っていた所に相槌のように頷くだけではありますが、自分に共感、同意してくれる存在が現れたらお見舞いへ行く方へ気持ちが流れることもあるかと。決めたら迷いませんから、彼女は」
「うわー、それじゃあ次策も駄目だったから、クラリス様の確認を自分でするしかなかったと言うことですか」
「可能性の話です」
可能性の話だ。
あの時、周囲にグラッド達が居なければ、召喚課の動きが遅ければ、召喚された私がクラリスの記憶を見れず言葉を知らなければ、言い出したらキリがない。
これに関しては運が良かったと思う。
それからニコルと魔法省入省時期について話し合う。
ミランダがそろそろサイス領へ戻る頃だからだ。
冬の始まりはすぐそこだった。




