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不運な召喚の顛末  作者:
第一章
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ついカッとなって

翌日、グラッドとセシルが様子を見にやってきた。

ミラはもうすっかり良くなって動きも特にぎこちなさは感じない。

「グラッド様、ご心配をおかけしました。」

「良かった、ミラ。今日は、明日サイスに戻るので挨拶にきました。」

「では、今日はリオ様とご一緒下さい」

「は、い?」

「?よろしいのですか?」

「リオ様に刺繍を依頼しようかと思っていました。ので、グラッド様が側にいれば、不運の影響を案じなくていいので」

気持ちいいほど清々しい笑顔で、言い放つ。

「ふふ、ミラらしいですね。いいですよ。リオさんにも協力してほしいと言われたので。協力します。」

あれよあれよと今日は居間で守り石を外した状態のまま、刺繍をすることになった。しかも、グラッドに見られたまま。

ミラとセシルはさっさと買い物に出掛けて、二人きりにされる。

いいのか?婚約前ですよ?いや、それ言ったらもうキ、キスとかしてるし、今更なのか?

「頬が紅潮してますよ。リオさん」

「いいんですか?用事があって王都に来たって言ってましたけど」

「実験だけですから」

「へ、本当にあの実験のためだけに?」

「はい。貴女に会いたかったというのも、ありますけど」

向かいあって座っているから、顔をあげられない。

緊張で手が震える。刺繍に気持ちが向かない。

「刺繍に集中したら、グラッド暇になりますよ。」

「私のことは気にせず、趣味の刺繍を楽しんでください。おや、速いですね。あっという間にできました。確か、出来るだけ沢山とミラは言ってましたが」

そうなのだ。ミラは色んなパターンの刺繍をご所望のようで、集中してない時の刺繍、集中した時の刺繍、大中小あれば嬉しいですと言っていた。

「これは小さい刺繍です。集中できなかった」

「ふふ、私がミランダとミゲルの指導うけてるときも、結構細かい縛りをつけられましたよ」

最初は土属性特化魔法だけで攻撃。

基本的に土属性特化魔法は攻撃に向いてない。強度が出しにくい。金属性や水属性との混合で強度を出していく。それなら、最初から金属性だけでいい。

後は術式札だけ使用や、魔法魔術禁止でミゲルの攻撃を避ける、ミランダから逃げるまで。

グラッドの話を聞きながら、中くらいの刺繍、大きい刺繍を作る。

「おや、もう三つ出来たのですか。流石ですね」

「グラッドはミランダから逃げられたのですか?」

「あればかりは無理でした。未だにどうすればよかったのかわかりません」

「ミランダは魔法を使って探知しているんでしょうか。それなら魔法を使わないと厳しいですよ。物陰から物陰に移動していく、くらいしか浮かびません」

「ええ、地形を利用して一日中試しましたが、結局駄目でした。ミランダも縛りが強すぎたと言ってましたが、悔しくて。まだ九つでしたが、もっと出来ると思ってたんです。二人の弟子として出来ることも増えて、実際ミゲルの攻撃は避けられたんです。まぐれだったとは言え、自信になった。だからでしょうか。色々驕りがあった。天狗になってた所もあったんですが、あの日、本当の無力感を味わいました。ミランダが怖かった。」

ポッキリと変なプライドはへし折られましたと笑うグラッドの手に触れる。

「慰めてくれるのですか?」

「まぁ、そうですね。」

グラッドに触れていた手を握られる。指と指を絡めて握り合う。

「刺繍できません」

「もう少し触れ合いませんか?」

「集中できなくなります」

「残念ですね。春まで、お預けですか?」

「集中して、終わらせるので待っててほしいです。」

「分かりました。終わったら、」

また触れてもいいですか?と微笑む。

私が頷くのがわかっててそんな言い方、本当ずるいし、好きだ。

「いいですよ」

グラッドが手を離す。と、同時に防音ドームを発動させる。

「集中できるかー!!」

恥ずかしい、慣れない、恥ずかしい!!好きだー!!

ひたすら叫んで、解除すると。

グラッドがお茶を淹れていた。

「ミラの淹れたお茶を温めただけですけど、どうぞ」

しかも座る位置をずらしてくれた。

温め直したお茶でも美味しい。悔しいなぁ。もっと練習しなきゃ。

お茶を飲み、心を落ち着ける。

深呼吸しながら、照れとか恥ずかしさとか一旦全部外に出して、刺繍に集中する。

好きな図案を片っ端から刺繍していく。何も考えずただひたすら刺繍に没頭する。

「ふぅ」

「お疲れ様です。」

すぐ隣りから声がした。右を振り向くと、グラッドが微笑んでいる。

「ぐ、らっど。」

「はい、どうしました?」

「あ、あの。隣りにいつ移動しました」

「リオさんが集中して、最初の大きい刺繍を終えた後ですね。真剣な表情のリオさんもとても素敵でした。それに、刺繍をしていると少し微笑まれていたので見惚れていました」

刺繍してる時、私笑ってるの?!しらなかった。

「グラッド、後一つだけ刺繍してもいいですか?」

「ええ、構いませんよ」

「今まで自分が楽しむ為にしてきたんです。でも、あの、誰かのことを思って刺繍したことなくて。ですから、グラッドのこと思いながら刺繍してみてもいいですか?」

「リオさん、嬉しいです。お願いします」

グラッドが照れた笑顔になる。可愛いな、本当。

サイス家の紋章を刺繍する。

初めての、誰かの為の刺繍。なんだろ胸が熱い。ひと針ひと針丁寧に刺し、作り上げる。

「よし、出来た。……出来ました、グラッド」

グラッドを見ると潤んだ黄緑の瞳と目があった。

「グラッド、どうしました」

直ぐに目元を隠すグラッドに詰め寄る。

「いえ、これは、あー、なんでもないです」

「なんでもないわけないですよね」

「……リオさんが、私のことを好きでいてくれるんだと分かって嬉しくてつい、涙が出そうになって」

私がグラッドのことを好きなのがわかって嬉しい。

私は立ち上がると、目元を隠している手をどける。

「リオさん?」

グラッドの頬を両手で掴み、噛みつくように唇を奪う。何も言わずに、何度も口づける。グラッドが私の腰に手を回し、引き寄せる。体が密着したまま、グラッドを真っ直ぐ見つめる。

「グラッドはもっと自覚して下さい。私に好かれていること。こんな気持ち初めてですよ、恥ずかしさで叫び出したくなるほど好きで。キスしたい、触れたいなんて、人生でグラッドが初めてです。」

真っ赤になったグラッドに再び口づける。頬に額に唇に。

「リオさん、これ以上は」

グラッドの言葉を唇で塞いで、飲み込む。

グラッドは私の腕を掴み、体を離そうとする。

「仕方ありません、今日はこれくらいにしてあげます」

私の言葉にグラッドがほっと力を抜いた隙に、もう一度口づける。

「グラッド、可愛いですよ」

「リオ、さん」

言葉を失うグラッドから自ら体を離す。

「リオ様、積極的ですね」

帰ってきたミラが驚き顔でこちらを見ている。その後ろでセシルが顔を手で覆っているのが、目に入った。

「ちょっと怒ってます?リオ様」

「私の好きをちょっと分からせてやろうかと思って」

「ふむ」

ミラは私に近寄ると、手を引き更にグラッドから引き剥がす。

「ミラ、なんですか?」

「ちょーっと落ち着きましょうか、リオ様」

ミラに正面から強めに抱きしめられる。頭をゆっくり撫でられる。

「グラッド様、リオ様の愛を疑ったのですか?」

「そんなつもりは」

「そうですよね。リオ様どうして怒っているんです?」

「わかってなかったので、」

「なるほど、それはグラッド様が悪いですね」

「悪いとかじゃないです」

「ふふ、落ち着いてきましたか?」

「恥ずかしくなってきました」

「ああ、落ち着きましたね。防音室には籠らないで下さいね。無理矢理開けますよ」

「わかりました。」

ミラは拘束を解くと、グラッドの方へ私の体を向ける。恥ずかしい、冷静になるとかなり恥ずかしい。

驚いているグラッドを見つめ、謝る。

「グラッド、ごめんなさい。つい、カッとなってしまって」

「いえ、私の方こそ申し訳ありません。全然分かってませんでした。こんなに熱烈に思われていたなんて」

耳まで真っ赤なグラッドは

「やっぱり可愛いなぁ」

「リオ様、お気持ちが漏れ出ています」

口を押さえる。

更に真っ赤になったグラッドはしばらく机に突っ伏したまま動かなくなった。

その隣りで刺繍の説明をすることになり、なんとも形容しがたい光景が生まれた。

「これは、私が保管してサイス領に戻る際に持ち帰ります。」

「うん、その方がいいと思います。私達では下手したらサイス領に辿り着けない可能性があります」

五時間の道のりを不運と共には怖い。

あ、そうだ。

「ちょっと失礼します」

私は一旦部屋に戻り、それからすぐに居間に引き返す。

「グラッド、これを持っててほしいんです。」

グラッドから貰った守り石のイヤリングと指輪をグラッドに差し出す。

グラッドが顔をあげる。

「返すんじゃないです。私の代わりにこれを預かっていて下さい。出来れば肌身離さず持っててほしい。不運避けです。グラッドへの贈り物が用意できるまでの間、持ってて」

グラッドが、仕方ありませんねと嬉しそうに笑った。

効果を検証していないので、刺繍はミラが持ち帰る予定のままでこの日は別れた。


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