不運実験2
ジャック様の目から光が消えましたと報告されても、困る。いや、グラッド達の反応をみて、やってしまったんだと分かってはいた。でも、私にはどうしようもないのだ。
「私のギルドカードに後で入金があるので、それをリオ様のカードに移すことになりました」
がっつり金額は吊り上げましたので、喜んで下さい。と言われても本当に喜んでいいのだろうか?
「では、実験の続きをしましょうか」
水筒やシートを片付ける。
今度は最初からアクセサリーを外して、動物の動きを観察することにした。
外した瞬間、聞き慣れた音が頭上からする。
雨だった。
「こんな事もあります」
魔力壁って便利だなぁと眺めて、やむのを待つ。
全然やまない。
「このまま、実験を再開しましょうか」
グラッドは、自分に集まっている闇属性の光で属性特化魔法が使えるか試してみたいらしい。
影人形を作ってみる。
「普通の魔力人形ですね。うーん、リオさん。ちょっといいですか?」
グラッドが私の肩を抱き寄せる。ふわっとグラッドのいい匂いがして、何も考えられなくなった。
「グラッド様、影人形になりました」
頭が真っ白な私をよそに、二人は他の魔法を展開し、属性特化術式札の使用まで思う存分実験を楽しんでいた。
「グラッド様だけに起こるのかも、検証したいんですが」とミラが言ったのをグラッドは笑顔で一蹴した。
「駄目です。」
「セシルなら、ある程度の好感度でいい実験体です。」
「駄目です。」
「握手くらいならいいのではないですか?」
「だ、」
「せっかく憧れのお菓子職人が目の前にいて、握手も求められないなんて、リオ様がお可哀想です」
「……握手なら、ですが、リオさんが嫌なら駄目です」
「決まりですね。セシル、リオ様と握手して魔法を使ってみて下さい」
ミラは強引だなぁと思いながらも、セシルと握手する。憧れのお菓子職人、かぁ。確かに、そうだ。
「いつもお菓子を楽しみにしてます」
「あ、ありがとうございます」
二人で照れながら笑い合う。
結局、セシルでは闇属性特化魔法は使えなかった。
ただ、術式札の方はレベル2弱並みの効果があったそう。属性特化魔法において属性レベルは結構な差が生まれるのだという。
レベル1は一般人、レベル2は優秀、レベル3は天才。同レベルの中でもまた強弱がつく。加護属性のない人が札を使うとどうしてもレベル1強以上の効果を得られない。
それが、私と握手している間は優秀な術者と同レベルになるのだから凄いことなのだが、どうこれを活かしたらいいのかがわからなかった。
「背に触れるだけでも同じか、確認しましょう。軽く触れる場合としっかり触れる場合での差もみたいです」
ミラの指示にそって実験する間もグラッドに肩を抱かれているから、頭が働いてない状態だった。
「グラッド様、前も言いましたが」
「養父上に似ているんでしょう?諦めました。」
セシルが首を横に振る。
「それだけじゃありませんよ、グラッド様。実母様にも似ておられます。私の母が以前お仕えしておりましたので、話を聞く限りではございますが。」
情熱的な家系なのか、フレッドの妹でグラッドの母親のフローラは一目惚れしてあっという間に自身で婚約を整えたらしい。
ミランダに聞いた健康ではないという情報からは想像のつかない行動力だ。勝手にお淑やかな方だと思っていた。
「グラッド様、リオ様。取り敢えず今のところ思いつく実験はできたと思います。アクセサリーを付けていただいて、」
「ミラ!魔獣です」
セシルの声にミラの目つきが変わった。その視線の先に草むらから此方を見つめるモグラのような生物がいる。
「セシル、ここから移動して下さい。王都の中へ戻って。グラッド様、リオ様を頼みます」
「わかりました。セシル、リオさん、行きますよ」
ミラを残し、移動する。移動しながら、グラッドにブレスレットを身につけるよう指示される。
「あ、あの、グラッド。ミラは、」
ブレスレットをつけても雨がやまない。嫌な予感と嫌な汗が止まらない。動悸が激しくなる。
「あの魔獣は、この辺りで見かけない珍しい種類です。私も本で読んだことしかありません。もし、ミラも同じだとしたら私達は足手まといでしかない。ギルドに報告して、同レベルの冒険者を呼んだ方がいい。そういう判断です」
グラッドは周囲を警戒しながら、更に魔力壁を強化する。冒険者用の入り口まで戻ると、グラッドが門番に状況を説明する。門番は慌てて、ギルドへ早馬を飛ばした。
門の所でミラを待つ。ここからはミラの様子は見えなかった。
「そんなに危険な魔獣なのですか」
ギルドから派遣された冒険者が数名、外へ駆け出していく。緊迫した空気の中、時間が経つのが遅い。
「あれは、もぐらから変化した魔獣で、地下に潜み集団で襲ってきます。ですが、同時に臆病な魔獣でもあります。煽らなければ、積極的に襲ってはきません。ミラもそれを知っているから私達を逃したのだと思います。襲われたら、私達では足手まといです」
もし、襲ってきたらミラは大丈夫なのだろうか。
強い冒険者だと言われても、私はその姿を知らない。不安でしょうがない。手が震える。
強く握りしめて祈るように目を瞑る。
「リオさん、大丈夫ですよ。落ち着いて下さい。ミラは大丈夫です」
グラッドが私を抱き締めて、背を優しく撫でる。
大丈夫だと繰り返す。
暫くして、門から出て行った冒険者達が帰ってきた。
「グラッド様、ここぞとばかりにリオ様に触れまくりじゃないですか」
ミラは何事もなかったように私達の所へ戻ってくる。
その声に振り向き、
「ミラ、無事ですか?」
グラッドから離れ、急いでミラに駆け寄る。
一見して、怪我はないようだ。それでも、安心出来ずに腕や肩を触る。
「心配して下さって、ありがとうございます。大丈夫ですよ、リオ様」
私を安心させるように抱きしめてくれた。そんなミラにセシルが強張った表情で声をかける。
「ミラ、取り敢えず帰りましょう。」
「セシルさん?」
「わかりましたよ、今日は帰りましょう」
ミラはやれやれといった表情で笑う。
門から王都の中へ戻ると雨はあがっていた。
家に戻るまで、セシルはミラの様子を心配そうに窺っている。その視線に、見えない怪我があるのではないかと私もミラの様子を注意して見る。
「そんなに見られると、恥ずかしいのですが」
「心配されているということですよ、ミラ。いいことではないですか」
「グラッド様、やきもちですか。リオ様の視線を独り占めしてますからね。」
「セシルに説教される未来が見えているので、優しくしてるだけです」
「やっぱり、そうですよね。セシルの説教は長いんで、勘弁してほしいです。グラッド様からも言って下さい」
「無理です。」
「主従でこういうとこ似なくてもいいと思います。」




