選択4
ミランダの言う通り、次の日から事態が一気に動き出した。
フレッドと今後の細かな打ち合わせをしていると、魔法省から急ぎの報せが入った。
手紙には、召喚事件の全容が分かったと書かれていた。
「これは、……リオさんも、読むといい」
手渡された手紙にあったのは、私達にとっては幸運な、リリアナにとっては不運な内容だった。
彼とリリアナが結んでいた契約はクラリスを別人に入れ替えこの世界から追い出すこと。そして、成功報酬は彼の実家に寄付金を渡すこと。
だが、リリアナが指示した部下が着服し、寄付金を渡したと偽っていた。
リリアナに可愛がられる彼に嫉妬した末の行動だった。
その事が調査で判明し、契約そのものが破綻したため、彼は事件の真相を話し始めた。
クラリスに嫌悪と妬みの感情を抱いたリリアナから、入れ替え召喚の術式の作成と実行を依頼された。
しかも、その意図がわからないように術式を悪戯目的の術式の中に隠すよう指示があった。
そうして作り上げた術式はリリアナが要求したい召喚者の条件を三つ足して初めて成功する。
ここまでは、ミレニアが術式と作成者の性格を交えて予想した内容だった。
そして、実行の日。
リリアナの役目は、術式の回収とクラリスの監視だった。術式の回収後、クラリスの元へ駆けつけ、保護しクラリスの様子がおかしいとグラッドに近づく算段だった。
「その日、クラリスの側にはグラッドとミランダがいた。人目に触れる前にクラリスを寮の部屋へ運んだと聞いているから、彼女が訪れた時には誰もいなかった。穴だらけの計画だが、成功していれば、クラリスが築いてきた印象は崩れていただろう。まぁ、召喚されたのがリオさんだから、彼女の予想通りにはならなかっただろうけど」
「あはは、お褒めいただき光栄です。でも、リリアナ様は何を期待していたのでしょうか。ここに、条件が闇属性、異世界人、無表情って。」
「彼女の様子が書かれていないから、想像でしかないが。彼女はクラリスの加護属性と表情豊かな所に劣等感、いや嫌悪感を抱いていたとは考えつく。異世界人というのは、リオさんからの報告書にもあった、転移者の言葉を知っていることからも考えて言葉が通じないことを狙ったのかもしれないね。事態の把握が遅くなり対応が遅れればクラリスに取って変われると思ったのか」
「結局、計画と違うことが起こって対応が遅れたのはリリアナ様の方だった。あ、フレッド様、ちょっといいですか?この召喚の正反対、闇属性、異世界人、無表情で、どうして私が引き当たったのかが謎ですが」
条件に合う人は私以外にもいると思う。
「あー、これは召喚課しか知らない情報だが。入れ替え召喚の条件に詳細な指定がない場合、同年代、同性の中から条件を満たした相手が選ばれる。」
条件に正反対としかなかったから、同年代の女性の中でその他の条件を満たしたのが私だった。
「聞かなければよかったです」
「ジャックが教本にも敢えて載せてないと言っていたな。召喚術式は特殊術式ではあるが、この国ではほぼ使用することの無い。しかも教本には基礎術式のみで実用性はほぼない。」
「旨みが、ないですね。それ」
「ミレニアも活用性がないと研究対象から外すほどだ。それを実用できる精度に落とし込める彼の術式構築力は目を見張るものがあるとミレニアが感心していた。しかも一見しただけでは召喚術式には見えない」
「優秀ですね。」
「ああ、だから既に取り込んだ。」
「は、い?」
爽やかな笑顔で、本当になんてことないように繰り返す。
「彼と彼の実家の施設ごと、サイス領で確保済みだ。ウパラに置いていては口封じされる可能性もあるからな。」
「召喚については、」
「契約書で縛られてるから他者には伝えられない。他の子達も同様に縛られる。それ以上の罰は関与の具合によって変わるね。一番軽くて謹慎と罰金、重くて貴族位の剥奪と魔力の封印。リリアナ嬢は首謀者だからな、罰が一番重い。」
「でも、彼は」
「実行犯だが、罰としてはリリアナ嬢よりも軽い。立場の違いもそうだが、契約を結んでたことが大きい。立場が上の人間との契約、しかも不履行に終わったことを鑑みたら罰は重罰金と貴族位剥奪。」
この国の貴族にとって魔力封印は最も厳しい罰。罪を償いながらただの人として生きる。
魔法大国の貴族としての存在意義がなくなる。
極刑は、一瞬で命が終わる罰。魔力封印は終わらない罰だ。
「納得いかない?」
「いえ、首謀者の罪が重くなるのは理解しています。ただ、慣れないだけです。」
「そうか、では。話を戻そう」
「はい」
私は、手つかずだったお茶を飲み気持ちを切り替える。よう努めた。
フレッドとこれから先の予想を立てながら、自分の身の振り方を決める。
「ふむ、では、これでいこうか」
「そうですね。いつから実行しますか?」
「ジャックがそろそろ合流するころだ。その話し合いが終わったら開始しよう」
「はい。」
ジャックが合流するまでの間はお菓子とお茶を楽しむ。
フレッドはセシルのお菓子のファンだった。
甘さ、口当たり、食感、香り。
フレッドと静かに滔々と語り頷きあっていたら、部屋に入ってきたジャックにドン引きされた。
「君たち、なんの話ししてるの?」
セシルのお菓子がどれだけ美味しいのか、説明する前にそっと無言で差し出す。
何、くれるの?と食べたジャックの次を取る手が速い。
「お菓子ってあんまり好きじゃないんですが、これは凄く美味しいですね」
「そうなんです。セシルのお菓子は凄いんです」
新たなファン獲得のため?口を開いたら
「皆様、お菓子は後でまたお出しいたします。」
ミランダがお菓子の盛られた皿を取り上げた。
ひんやりとした目つきに、反論せず下げられるお菓子を見送った。
「では、リオさんに以前にも書いてもらった望みの更新をしようか。」
ジャックが、魔紙をテーブルに出す。
取り敢えず、考えた三項目を伝えると
「弱味が丸わかりですが、大丈夫ですか?」
と心配された。
でも、この契約書の内容を知る人物となれば限られる。叶えてほしいことを言い出せばもっと弱味が晒されるから『フレッド様達に手を出さないで』とかは駄目だ。
「いえ、でもこれ以上具体的にするともっと危険ですよ。」
「リオさんは守備的な考えが強いですね。他の国の召喚者達の望みの一例をお教えします。戦闘目的で呼ばれた方は『お金』『美女』『武具』等即物的な要求が多いです。大陸の、果ての四国と呼ばれる国々では聖女召喚が行われます。その方達は『教育』『自由の保障』『身分の保障』等地位に相応しい権限を求める方々が多い印象です。全てが異世界人とは限りませんが、望みは結構似てくるものです」
「保障……いい言葉ですね。では、意に沿わない行為の強要をしないと自由意志の尊重を統合して、『自由意志の保障』として、『身分の保障』、『心身安全の保障』と三項目でいきます。」
契約書に望みを書き込み、署名する。
「うん、いいかもしれません。安定や平穏を好む性格である、過剰な干渉を避ければ危険性はありませんと陛下には報告しておきましょう」
「宜しくお願いします」
目を伏せ胸に手を当て少し上体を倒す、礼の姿勢をとる。




