樋口家2
戻るか戻らないか。
ベッドに寝転びながら、自分のとるべき選択を考えていた。
戻れば、短くて三ヶ月だけ一緒にいられる。元々先のことなんて考えられなかったし、いいかもしれない。
でも悲しい思いさせたい訳じゃない。親不孝もしたくない。
戻らない、か。私の扱いってどうなるんだろう。クラリスの振りして生きるのかな。それはちょっとしんどい。引きこもっていたからクラリスの振りは続けられた。常時は無理だ。それに不運体質も、もう内緒に出来ない。
「会いたいなぁ、よし、千加にお願いしよう」
取り敢えず今は家族に会いたい、落ち着いて考えるのは後回しにしたい。
手鏡を取り出して、千加に呼び掛ける。
が、映し出されたのは『ただいま、取り込み中』という文字が書かれたボードを持つぬいぐるみだった。
『取り込み中、トイレかな?もうちょっと待ってみよう。……うーんあれここ、千加の部屋じゃないな。』
鏡に映る光景の七割はぬいぐるみとボードだが、端に映るクッションやカーテンは千加の物ではなかった。
てっきり千加の部屋に繋がっているんだと思ったが、そうではないらしい。しかも、ぬいぐるみは千紗の物だ。
『あれ?ここ、千紗さんの部屋じゃない?何でまた千紗さんの部屋に?……』
昼間は千紗さんが神社のほうにいるから置いとくのは別にいい。千加の部屋が使えないのは何故か。
そのままの意味か、取り込み中、何をしている?
さっきまでの話し合いの片付け?別にこれを置いておけない理由にはならないな。
クラリスがまだいる?それなら、あるか。
怒って帰りそうだったけど。
『……、グラッド、……い』
『グラッドって聞こえたけど、誰だろ。千加じゃない』
『ちょっと黙れ』
『うぐっ!』
聞き慣れたやり取りに涙が出た。
『母さん!兄貴!』
気づいてほしくて大きな声を出す。
声は、遠ざかる事なくはっきりと聴こえるようになった。
『理央、何処にいるかわかるか?』
『千紗さんの部屋』
ドアの開く音がして、すぐにぬいぐるみから視界が激しく揺れ動く。映ったのは兄貴の顔だった。
『兄貴』
『理央、鼻水でてる』
『うるさい。馬鹿兄貴』
鼻を啜りながら、ポケットからハンカチを出し拭う。
理央、と呼びかける父さんの声に涙が止まらなくなった。
『父さんまでいるの?なんで』
兄貴から鏡を渡された父さんは、いつもと同じ穏やかな表情で、いつもより悪い顔色をしていた。
『父さん、具合はどう?顔色悪いよ』
『本当に君は人の心配ばかりだね。理央の方こそ、体調を崩していないかい?』
『私は大丈夫だよ。父さんが泣いてないか心配だった。』
『泣きっぱなしだったよ、聡史さんは。理央、久しぶりだね。』
『母さん』
『ところでクラリスさんは黒髪だったか?金髪碧眼と聞いていたけど』
軽い調子で尋ねる母さんの目が潤んでいるのに気づいて、顔が熱くなる。
『ちょっと、あの、、魔力が暴走して、髪と瞳の色が黒になりまして』
と言うと、母さんの目から潤みがすっと無くなり
『理央、説明を』
説教モードになった。
父さんと兄貴が宥めるも、にっこり笑う母さんには勝てず私は昨日の出来事を説明する。
『ふむ、なるほど。わかった。取り敢えず、グラッド君とミランダさんには感謝だな。他にやらかしてない?』
久しぶりに話す娘に対して言うことだろうか?
『やらかしって何さ。』
『虫を男の子の前で素手で鷲掴んだり、思ってる事が口から溢れ出てたり、本の内容を適当推理で当てちゃったり、寝相が悪すぎて人蹴ったり、』
『ちょっと、待って、そんなの、やってない』
いや、虫は鷲掴みしたけど。初代様の日記見ちゃったりしたけど。
『グラッド君の前でやってたら面白かったのに』
面白くないよ!突っ込みをいれ、笑って少し落ち着く。そして、そもそもの疑問をぶつける。
『何で三人共ここにいるの?』
『クラリスさんを引きずってきたのよ。絶対細かく全部指摘が入るのは分かってるから行きたくないって言うから、縛られて行くのと自分から行くのと選んでもらったわ』
そのやり取りが目に浮かぶようだ。
流石クラリス、ミレニア様の怒り方分かってるね。
『理央、千加ちゃんから聞いているわよね?』
『……うん。』
『ならいいわ。貴女が決めなさい。より後悔しない方を。』
『わかった』
母さんの目を見ながら、神妙に頷く。
『なぁ理央、クラリスの元の姿が知りたいんだけど、何か肖像画とかない?』
兄貴の気の抜ける問いかけに、ため息をつく。魔法で髪と目の色を変えてみせた。一応癖毛も再現してみせる。
『おお、これが魔法。すげー』
『クラリスさんはフレッドさんとミレニアさんの良いところどりだね』
『これは、モテるわ』
三者三様の意見に笑いが溢れる。
『フレッド様とミレニア様に会ったの?』
会話の中にグラッドの名前が出た時は千加が何か言ったのかと思ったが、まさか会ったなんて思わなかった。
『まあね、凄いイケメンが二人も身近にいるとか異世界すげぇなと感心したわ。そんでもってミレニアさんは知的美人で、何処となく理央に似てるなって思った。』
『二人と何話したの?』
『娘が可愛いって話、詳細は内緒で』
なんだよそれって口を尖らせるも、嬉しかった。
『取り敢えずこれから出かけるから、もう行くね。理央、またね。』
『母さん、私』
『理央が納得できるまで考えればいいわ。大好きよ』
キザな投げキッスにウインク。
変わらないいつものやり取りに涙がでる。
『ありがとう、またね』
手鏡の蓋を閉める。ぎゅっと鏡を抱きしめた。
すぅー、、、はぁぁぁー
考えるのをやめて、自分の気持ちに正直になるまで深呼吸を繰り返す。
『私は、泣かせたくないな。』
家族の顔とミレニア、フレッド、ミランダ、グラッドの顔が浮かぶ。
『お、決めたの?』
『うわっ!』
突然の千加の声に、大きな声がでた。
急いで鏡を覗く。やっほーと千加が手を振っていた。
『な、なんで』
『?何でって、繋がってるから。声掛けようと思ったら、深呼吸してるから自重してたのよ?』
千加が首を傾げた。
『繋がってた?如何やったら切れるのよ、これ』
『今のところ私から切るしか方法はありません』
勝手に通信が切れてたと思っていた。
『マジか。恥ずかしい』
『鏡が動いてたけど、もしかして』
『はい、母さん達と話してました。来てるなら言ってよ』
『結構スッキリしてるね。私はまだ、整理出来てないかと思って黙ってた。すまん。』
『ううん、話し始めてすぐ説教されたから、毒気が抜かれたというか』
昨日の暴走の話をポロッと口にしたことを話す。
『意外とうっかりさんだな。暴走の件は内緒にしてたのに。まぁ、でも良かった。決めたんでしょ?』
『うん、此処に残るよ。』
『そうか、私の事は必要?』
『千加はいいの?異世界で生活するんだよ。不安じゃないの?簡単に決めちゃだめだよ』
『神様が、うずうずしてるし、不安はあるけど行くよ。なんとかするよ』
『千加は凄いね』
『千加のちは、チートのチだからね』
『なにそれ。じゃあ、千加のかは?』
『神様級』
ドヤ顔で言い切る千加に、若干ひきつつ言葉を返す。
『うわ、自分で言ったよこの人』
『うるせぇ』




