クラリス2
理央がミランダによって強制退場させられると、ミレニアはなんだか可笑しくなってきた。
「ふふふ、」
肩を揺らして笑うミレニアにクラリスは訝し気な顔をする。
「お、お母様?」
「あー、可笑しい。……はぁ、クラリス」
ミレニアは一通り笑って、クラリスに向き直る。その真剣な表情にクラリスは身構える。
「なにかしら」
「愛してるわ」
愛してる、たったそれだけなのに言えなかった。
「なによ、それ」
「言葉が必要なのでしょう?ごめんなさいね、伝わっていないとは思っていなかったの。クラリス、愛してるわ」
再度言葉にする。愛してる。
真っ赤になった顔で絶句するクラリスに微笑みかける。
先程まで荒れていた感情が静かになっている。リオさんが怒ってくれたからかしら。悲しいけれど。
「では、話の続きをしましょうか?まずは、この世界に未練はないの?」
「無いわ」
「そう、好いている殿方や親しい友人はいない?」
「リリアナ様はもういないもの、好きな殿方もいませんし、」
「マリア様は?コハク様とも親交があったと思うのだけれど」
「マリア様は少し怖いもの、追ってこれないのだから安心するわ。コハク様は、仲良くしててもそれだけですもの。特別な相手ではありませんわ」
「……」
「呆れているのでしょう?リオさんの言う通り、わたくしは何もしなかったし、したくなかった。伯爵令嬢が負うべき責務を放棄したかった。グラッドは口煩いし、お母様とお父様は負担でしかない。ミランダは全然笑わない。息が詰まるわ。そんな所帰りたくないわ。」
クラリスが吐き捨てるように言う。
「クラリス、貴女の気持ちが聞けて嬉しいわ。わたくし達は何も貴女を理解してなかったのね。」
愛情はある。言葉にすることが難しい状況が続いていたが、伝わっていると思っていた。何も伝わっていなかった。
ミレニアはクラリスをじっと見つめる。
「わたくしは貴女の発言に怒っています。帰らないなんて言葉を選ぶ神経も説明を省く怠慢も、全然理解出来ません。恐らくこの先も理解できません。」
目を真っ赤にして睨むクラリスにミレニアは悲しさが込み上げてきた。
「貴女の言葉は真実ですか?本当にわたくし達は負担で、息が詰まるだけの存在でしたか?ミランダに対してもそれだけしか感じていない?」
本当は違うと言ってほしい。
「ミランダの優しさはわたくしに対するものじゃないわ」
「貴女はどうして欲しかったの?」
「わたくしだけを見て欲しかったわ、わたくしだけのものが欲しかった」
自分だけに注がれる愛、それを与えることは出来ない。
「ごめんなさい、それは無理ね」
立場がそれを許さない。最優先するものが違う。
「クラリス、」
もう戻らない娘に面と向かって言う事ではないのかもしれない。
「今年の冬にクラリスの葬儀を行います。」
「え?リオさんがいるではありませんか」
クラリスは目を見開く。唇が震えている。
「?貴女は自分が放棄した責務をリオさんに負わせるというの?リオさんはリオさんとしてサイス領が保護します。クラリス、今日はありがとう」
ミレニアはクラリスの隣で話を聞いていた千加に声をかける。
「チカさん、この度はこのような場を設けていただきありがとうございました。重ね重ね申し訳ございませんが、リオさんのご家族との話し合いの場を設けていただくことは可能でしょうか?」
千加は鏡に近づくとミレニアを近くまで呼び寄せ小声で伝える。
「実はもう来てるので、理央に内緒で話し合いしませんか?あの子はまだ心の整理が十分じゃないので」
接続はそのままに、部屋を移動することにした。
「クラリス、元気でね。後悔しないように頑張りなさい」
ミレニアの言葉にクラリスは返事をしなかった。
鏡に布をかけ、話し合いが終わったように見せかける。
ミレニアは、衝立で仕切られた部屋の奥に連れて行かれて戻ってこないリオに声をかけに、寝台へ近づく。
「リオさん?話し合いは終わりましたので、わたくし達はこれで失礼しますね?」
奥を覗くと、ミランダに抱きしめられている理央と目があった。
「ミレニア様、ミランダがおかしいです。さっきからこのまま動かないです」
「あら、ミランダ。……泣くのを我慢してるだけだから、大丈夫よ。」
頬に手をあて、久しぶりに見たわと呟く。
「え?」
「ミランダ、話し合いは終わりました。鏡の片付けをお願いしたいのだけれど、駄目かしら?」
「いえ、大丈夫です。リオ様失礼いたしました。」
ミレニアの言葉にミランダはリオから離れると謝罪し、戻っていく。
「リオさん、今日はありがとう。怒ってくれて嬉しかったわ。」
「いえ、言葉にすることは大事ですけど、それが容易でない立場だということも付け加えれば良かったと冷静になってから思いいたりました。」
「ふふ、ありがとう。では、部屋に戻りますね。」
少し砕けた口調で話すミレニアにドキドキしながら、見送る。フレッドにバレたら意地悪されるのではないかと考えて、そういえば前も同じことを考えたなとクスリと笑った。




