召喚3
「私は、樋口理央です」
あえて、日本語で名乗った。
グラッドは、理解していない表情を浮かべていたが、ニコルはすぐさま、
「日本人、なのですね」とやや片言の日本語で返してきた。言葉を戻して、
「『日本語』が分かるのですか?」
と尋ねる。
「仕事の関係上、地球の言語は勉強しています。限りがありますが。この辺りは後でお話しします。」
「そうでしたか。…グラッド様、ミランダさん。改めて挨拶をさせて下さい。リオ・ヒグチと申します。」
グラッドとミランダに向き直り、深々と頭を下げる。顔を上げ、目にしたのは驚く二人の姿だった。
貴族らしくなかったからだろうか。
「まずは、今回巻き込まれた召喚について説明させて下さい」
「はい、お願いします」
ニコルの口から語られたのは、事件というには杜撰な、悪戯計画だった。
この学園には術式研究を行うサークルが幾つかある。
その陰で、召喚術式のみを研究する召喚クラブという非公式の団体があった。その会員の中でクラリスの事を良く思っていない学生が集まって今回の事件を起こした。
術式から推測するに、光や小規模な爆発で驚かす計画が本筋で、召喚対象者設定はただの願望だった可能性がある。
現在、召喚に関わった学生は全員拘束して、取調を行なっている途中だという。
「まだ調査中ですが、何か分かりましたら報告させていただきます」
ニコルは、ふたたびポケットから何かを取り出した。テーブルに置かれたそれは、
「加護を計測する魔道具、でしょうか?」
この世界の人は誰でも一度は見たことのある魔道具だった。クラリスも、5歳の頃計測した記憶がある。
中央にはこの世界の主神、領域神に見立てた大きな石、その周りを属性神の数と同じ7つの少し小さな石が囲む形をしている。持っている加護の属性石が光り、その光り方からレベルが分かる。
「クラリス嬢と、正反対という条件で選ばれたからには、まさにという理由があると思うんですよ。加護か、どうかは調べてみないと分かりませんが」
ニコルの表情が、少し活き活きしているように見えた。興味津々といった感じだ。
研究者気質なのだろうか。少し、親近感が湧く。
「闇属性と言うことですか?全体的に割合が少ない加護ではありますが、結構な人数いますよ。ミランダも、持っていますし」
グラッドがミランダを見ながら言う。
「そうなんです。そこですよ、何故リオさんなのか。私の上司も闇の加護持ちで、かつ高レベルなんですけど。」
さぁ、どうぞとニコルに促され、魔道具を握る。
「……え?」
「?」
私以外の3人が、私の手の中を覗き込み、絶句する。いち早く反応したのはニコルだった。
「闇の単独加護、って存在したんですね。初めて見ました」
「珍しいどころじゃない、ですよね。その反応は」
「色々語りたい所ですが、端的にいって実験体として拉致監禁される恐れがあります。サイス伯爵令嬢で良かったと言わざるを得ない。」
拉致監禁。思わず自分の今の立ち位置に恐怖を感じる。
「リオさん」
怯んだ私にグラッドが安心させるように笑う。
「次期サイス伯爵として、貴女の身の安全を守ります。酷い事はしないとお約束します」
クラリスの記憶の中に彼の情報は数多くあった。が、こんな風に笑っている記憶はない。
美形の微笑みは、衝撃が凄いと心の中で茶化さないと平静を保っていられなかった。
「はい、宜しくお願いします」
目を伏せ、直視を避ける。どうしよう。恥ずかしい。
「まぁ、これで確定しましたね。闇の単独加護は、魔法省の資料の中にも記述がないですし。しかも、レベル4って神の眷属以外に今の世では少数ですから、神の愛し子同士かつ属性が正反対なら召喚成立しますよ。」
ニコルは頭が痛いとぼやきながら、今度は白衣の内ポケットから、何やら豪奢な模様で縁取られた紙を取り出した。一体いくつ仕込んでいるのか。
「ポケットを有効活用してますね」
つい、言葉にしてしまった。
くっ、とミランダとグラッドが小さく吹き出した。
「…ペンも出てきますよ。ほら」
ニコルが申し訳なさそうに、呟く。
二人の肩が震えている。ツボを押したようだ。
申し訳ない気持ちになる。
「えー、気を取り直して。こちらに、リオさんの望みを3つ書き込んで下さい。そして、その下に署名を、お願いします」
署名。危険な匂いがする。気を引き締めなくては、いけない。
「これは、何のための書類ですか?」
「召喚でこちらの世界にこられた方、召喚者といいますが、その方達の気持ちを慰めるための、補償のようなものです。」
「望みとはどういう類のものを指しますか?金品?待遇?支援?例えば、帰国も可能ですか?そもそも望みを叶えるという前提ですか?」
思いつく疑問を、投げかける。
ニコルの顔が一瞬引き攣った。
『名前を書く時は、納得しないと書いちゃダメ。』
と言った小学生の兄は、テストに名前を書きたくないと宣い母にこっぴどく叱られた。
自分の準備不足を棚に上げて何言ってやがると怒鳴った母の顔は忘れられない。半泣きで兄が、
『約束する時に名前を書くのは、ちゃんと理解してから書くんだよ』と訂正していたのが、面白かった。




